夏の終わり
三題噺もどき―ななひゃくさんじゅういち。
ベランダに出ると、ぬるい風が頬を撫でた。
陽の沈む方は橙に染まり、反対側には白く透明な月が浮かんでいる。
夏の初めはまだまだ明るかったこの時間も、夕日に染まるのが早くなってきたような気がする。記録しているわけでも正確に測っているわけでもないから分からないが。
気づけばあっという間に暗くなるのは変わらないだろうけど。そのタイミングが少し早くなったくらいだ。
「……」
だからと言って起きる時間が早くなるわけでもない。大抵同じ時間に起きるので、冬になればすでに暗い時間だ。……どうだろう。どうだったかな。まだ明るかっただろうか。分からない。記憶力はいい方だが、思いだすのに時間が掛かる。
「……くぁ」
思わず漏れたあくびを噛み殺しながら、ベランダの窓を閉める。
同時に、カチン―と、窓のロックが掛けられた音が聞こえた。
毎度のことではあるが、開ける面倒があるのにこうして律義に鍵を閉めるのは何なのだろうな。ホントに嫌がらせに余念がないと言うか……従者の癖に。
まぁ、アイツの事はそこまで従者だとは思っていないのだが。どちらかというと、兄弟とか家族とか、そっちの方がしっくりくる。
「……」
持っていた煙草に火を付けながら、ぼうっと町を眺める。
遠くから電車の走る音が聞こえ、救急車かパトカーのサイレンも聞こえてくる。
車の音が聞こえたと思えば、走り回る足音がすぐそこで聞こえてくる。
いつまでも変わらずに、賑やかな町だ。
「……ん」
すこしだけ、涼しい風が吹いた。
溶けるような暑さを誇っていた夏も、もう終わりに近づいているのだろう。
今年の夏はなんだか長かったような気がする……春のはずの4月あたりからすでに暑かったような。
まぁ、これからも相変わらず暑さは続くのだろうけど。昨年もなんだかんだと言って暑い日々が続いていた記憶がある。秋なんてものはもうなくなったのだろうか。夏が過ぎれば、あっという間に冬になっていそうだ。
「……」
眼下に広がる住宅街を走る道路では、子供たちが毎日駆け回っている。
お盆の時期は少し静かだったけれど、いつの間にか戻ってきた喧騒は似合いすぎる程に、すぐに日常になっていた。
変わったことと言えば、少し黒くなったくらいか?
「……」
これが夏の正装だとでも言うように、毎日同じような格好をして。
半袖、短パンに、帽子をかぶって。虫かごを肩にかけて。片手には身長よりもかなり高い虫取り網を持って。
そんなに毎日虫が採れるのかと疑問がわくが、そこはそれ。摂れなくても楽しいのだろう。遊びの天才だからなぁ。
「……」
それに、最近、気づけばトンボも飛んでいる。
公園に行けば、草の影に鈴虫やコオロギなんかも跳ねていた。
木にはもちろんまだセミが鳴いているし、季節問わずいる虫だってそこら辺にいる。バッタとかカマキリとかカナブンとか。
彼らが何を探して何を捕まえようとしているのかは知らないが、あの公園はいいスポットだろう。普通に遊具も充実しているからな。
「……」
思わず嫉妬してしまいそうなほどに、この夏を満喫している彼らだ。
もう残り僅かになった夏休みを最後まで遊びつくすのだろう。
遊ぶだけじゃなく、勉学も彼らの本分ではあると思うが……きっと終わっているからこんな時間まで遊んでいるんだろう。それとも帰って怒られながらやるのだろうか。
どちらにせよ、賑やかで愉快な毎日だろう。
それを忘れたときに、彼らはつまらなくなり、大人になる。
「……」
バタバタと駆け回る彼らを尻目に、陽は静かに沈んでいく。
少しずつ空は暗くなり、月の光が町を照らす。
「……ふ」
最後に残った煙草を灰皿に押し付けて、火を消す。
じゅうと小さく音を立てて消えた残り火を、少しだけ惜しみながら、窓に手をかけ、部屋に戻る。
ガチャ―!!
……まぁ、閉められているので開けてもらわないと入れないのだけど。
「全くお前は飽きもせずに……」
「何の話ですか」
「……鍵をいちいち閉めるな」
「煙草をやめたらいいんですよ」
「……」
お題:嫉妬・溶ける・正装




