緊急対策会議5
1939年7月16日。大日本帝国では黒崎妖華総理が首相官邸で緊急対策会議を開催した。閣僚全員と、風間皇軍統合作戦司令本部総長を筆頭に大日本帝国軍の幹部陣と、川島皇軍戦略情報局長官と幹部陣も出席していた。既に降伏勧告の期限は24時間を切っていたが、中華民国からの反応は無かった。それはある種大日本帝国にしては想定の範囲内であり、実は昨日の黒崎総理による降伏勧告そのものが形だけのものだった。
皇軍戦略情報局の諜報活動により中華民国が降伏する事は無く徹底抗戦すると分かっており、降伏勧告の理由は最後に黒崎総理が語った、これ以後如何なる事態になろうとも中華民国に全面的な責任があると、いう点を世界に表明する為だったのだ。それを国内外に表明したいが為の、生放送による黒崎総理の中華民国への降伏勧告だった。武漢と西安への攻撃も数日以内に開始されるというのも決定事項であり、攻撃準備は全て整っていたのだ。
その為に今回の緊急対策会議は中華民国への降伏勧告期限が切れた瞬間に、武漢と西安に全面攻撃を開始するという確認であった。完全に大日本帝国の思惑通りに事態は進行しており、武漢と西安への全面攻撃は確定事項だったのである。これ以上中華民国に時間をかけ過ぎるのも、他の戦線の進捗を考えると避けたかった。
その事から石原国防大臣は今後の作戦方針として、まずは海軍連合艦隊を先行して対アメリカ合衆国に注力すると説明した。風間皇軍統合作戦司令本部総長がその説明に続いた。中華民国との戦いは既に内陸深くに達しており、これ以上海軍連合艦隊が活躍出来る事は無かった。海上輸送路護衛艦隊は中華民国との海上輸送路を確保する為に活躍していたが、艦隊戦力たる連合艦隊は空母艦載機でさえも攻撃が不可能だった。
その為に第1艦隊は超弩級戦艦大和級の編入により、練度向上の為に訓練中であるがそれ以外の第2艦隊〜第7艦隊・第11艦隊・第12艦隊をまずは即応警戒状態にするとした。具体的にはダッチハーバー鎮守府と夏島鎮守府に集結させて、ハワイ諸島に圧力をかけるとの事だった。
現状ハワイ諸島とミッドウェー島には潜水艦隊による通商破壊戦が行われており、その対処をアメリカ合衆国海軍は行っている事から連合艦隊の集結には即座に対応出来ない筈だった。そうこうしていると第1艦隊の訓練も完了する筈であり、その後にアメリカ合衆国海軍との艦隊決戦になると、風間皇軍統合作戦司令本部総長は語ったのである。
そして黒崎総理は明日の期限が過ぎ次第、全ての作戦を実行するように語り会議を終えた。




