幕府の終焉と新生の誓い
江戸城の御座之間。冬の冷気が障子越しに忍び込み、畳に落ちる松明の光が揺れる。14代将軍・徳川家茂は上座に座し、その顔に重い決意を宿していた。その前で、老中首座・井伊直弼と土佐藩の脱藩浪人・坂本龍馬が平伏する。井伊が差し出した一通の書状――龍馬が纏めた『船中八策』――を、家茂は手に取った。田沼意次の開国以来、経済力の拡大した幕府は、鋼鉄船の海軍とマスケット銃の陸軍で列強に肩を並べ、アラスカを領土とした。だが、薩摩と長州の尊皇攘夷は、経済格差を背景に反幕の嵐を巻き起こしていた。
家茂は書状を開き、船中八策を読み上げた。「一、大政奉還と立憲君主制。徳川家は天皇陛下に政権を奉還し、日ノ本は天皇陛下の下に立憲君主国となる。二、全国賢才の登用。藩の枠を超え、才を新政府に集める。三、海洋国家として海軍を主力に拡充。鋼鉄船の建造を更に拡大し、アラスカを軍事拠点とす。四、議会の設置。上下両院で民の声を反映し、立憲君主制を支える。五、経済基盤の強化。低率租税とアラスカの金鉱で富を全国に広げる。六、法制度の近代化。憲法を定め、統治を固める。七、教育と技術の普及。蘭学を元にした教育制度を全国に広げ、技術革新を更に推し進める。八、天皇陛下の下、男女差別の撤廃。世界初の平等社会を築く」
静寂が部屋を包んだ。幕臣たちは一様に驚愕した。船中八策は、江戸幕府を根本から否定し、新たな国家を志向するものだった。老中の一人が顔を真っ赤にし、声を荒げた。「井伊殿、龍馬、これは謀反だ! 幕府を滅ぼし、帝を担ぐ気か!」刀に手をかけ、斬りかかる勢いだった。
井伊直弼は老中を一瞥し、冷たく威圧した。「静まれ。我が志を聞かずして、謀反と決めつけるか?」そう言って井伊は龍馬と同じく平伏し、畳に額を擦りつけ、将軍家茂に語り掛けた。「上様、もはや幕府の形では日ノ本を維持できませぬ。大政奉還で帝に主権を明け渡し、議会を開き、憲法を定め、西洋列強と同等の国家を築かねばならぬと、判断致します。だが、それだけではない。御庭番の報によれば、薩長は既に同盟を結び、倒幕に動いておるのです。」
幕臣たちがざわめき、老中が叫んだ。「薩長の倒幕? 何の証拠が!」家茂もまた、驚きの目を井伊に向けた。将軍は、幕府の危機を初めて実感したのである。
井伊は声を低く、だが力強く続けた。「御庭番が薩長の動きを掴みました。西郷隆盛や大久保利通、桂太郎等が密かに手を組み、尊皇の旗で幕府を倒す策を練っております。この土佐藩の脱藩浪人坂本龍馬は、薩長の情報を我々に持ち込み、幕府の名誉を残す道を示したのです」
龍馬は平伏したまま語った。「直弼様に協力し、薩長の動きを探る中、幕府が最後に名誉を残す道を考えました。薩長より先に、幕府自らが改革を成し、新国家を築く。それが日ノ本の未来を守る唯一の策と判断しました」
幕臣たちのざわめきが静まった。老中の一人が呟いた。「謀反人ではなく、薩長を出し抜く策だと?」家茂は書状を握り、龍馬と井伊を見据えた。「龍馬、直弼、そなたらの志は理解した。だが、幕府を解体するは重い決断だ」
井伊はさらに衝撃的な言葉を口にした。「上様、それだけでは足りませぬ。列強に日ノ本の力を示し、新政府の礎を固めるため、薩長を朝敵として討伐せねばなりません。薩長は既に倒幕に動き出しています。戦国時代のごとき内乱になりますが、幕府軍でこれを滅ぼすのです。それが新国家へのケジメであります。」
幕臣たちが息を呑んだ。老中が叫んだ。「朝敵? 薩長を滅ぼすだと?」家茂の目も揺らいだ。だが、井伊の言葉は揺るがなかった。「薩長が先に仕掛けたも同然であります。幕府陸軍のマスケット銃、海軍の鋼鉄船で、薩長を殲滅し、乱の火種を断つ。それが日ノ本の統一への道であります」
家茂はしばし沈黙した。幕府の繁栄――経済力拡大、列強国交、アラスカの領土――は、薩長の反発を抑えきれなかった。御庭番の報、龍馬の八策、井伊の決意。将軍家茂は、歴史の岐路に立っていた。やがて、家茂は立ち上がり、声を張った。「直弼、龍馬、そなたらの志は日ノ本を救う。薩長を朝敵とし、京都所司代を通じ朝廷に直訴する。幕府軍で薩長を討伐せよ! そして、討伐後、江戸幕府は私が解体する。大政奉還で新政府を樹立し、立憲君主制の『新しい日ノ本』を築くのだ!」
幕臣たちが息を呑んだ。畳に響く家茂の声は、300年の幕府の終焉と新国家の胎動を告げた。薩長の嵐が迫る中、日ノ本の歴史が動いた瞬間だった。




