通商破壊戦
1939年6月15日、太平洋に於いて大日本帝国海軍連合艦隊の潜水艦隊が大規模な通商破壊戦を開始した。アメリカ合衆国は第二次世界大戦勃発の世界枢軸同盟による世界同時侵攻では、大日本帝国南洋府ミッドウェー島とオーストラリア領ニューギニアに侵攻を開始した。これはミッドウェー島の奪還と、大日本帝国とオーストラリア・ニュージーランド間の海上輸送路を撹乱する為の侵攻だった。これにより大日本帝国南洋府ミッドウェー島とオーストラリア領ニューギニアは占領されたのである。
そしてアメリカ合衆国はミッドウェー島を軍事拠点化し、オーストラリア領ニューギニアを占領した部隊はそのまま西部に広がるオランダ領ニューギニアへの侵攻を開始していた。大日本帝国は中華民国による侵攻に対処し、最優先事項として中華民国占領を決定し現在は全力で中華民国侵攻を行っていた。その為にアメリカ合衆国は大日本帝国が何らかの対応をすると考えていたが、肩透かしとなり粛々とオランダ領ニューギニア侵攻に取組んでいた。だが大日本帝国はアメリカ合衆国を完全に後回しにした訳では無かった。
皇軍統合作戦司令本部では中華民国侵攻の作戦会議と並行して、太平洋でのアメリカ合衆国への対応が計画された。連合国各国への大規模な軍事援助を行っていながらの同時多発的な行動だった。しかし放置は許されないのも事実であり、連合艦隊や空軍を総動員するのは時期尚早だと判断され、潜水艦隊による通商破壊戦が最適だと結論付けられ皇軍統合作戦司令本部は作戦を決定したのである。そしてその作戦は黒崎総理の承認により実行された。
大日本帝国海軍連合艦隊が保有する潜水艦隊は12 個あり、潜水艦120隻と潜水母艦42隻を擁していた。各潜水艦隊は10隻ずつ潜水艦が配備され、潜水母艦は任務に応じて随時配備されていた。
第1潜水艦隊は呉鎮守府所属、第2潜水艦隊は横須賀鎮守府所属、第3潜水艦隊は佐世保鎮守府所属、第4潜水艦隊は舞鶴鎮守府所属、第5潜水艦隊はウラジオストク鎮守府所属、第6潜水艦隊はダッチハーバー鎮守府所属、第7潜水艦隊は夏島鎮守府所属、第8潜水艦隊は地中海艦隊としてイラクリオン鎮守府所属、第9潜水艦隊はサイゴン鎮守府所属、第10潜水艦隊はディエゴガルシア鎮守府所属、第11潜水艦隊はペトロパブロフスクカムチャツキー鎮守府所属、第12潜水艦隊はサンダカン鎮守府所属であった。
そして通商破壊戦には第8潜水艦隊と第10潜水艦隊以外の10個潜水艦隊を投入する事になった。大日本帝国海軍連合艦隊の潜水艦隊に配備される潜水艦伊200級は、その世界最大の艦体により継戦能力は非常に高く通商破壊戦での運用には最適だった。その為に通商破壊戦開始から各潜水艦隊は、驚異的な撃沈数を記録した。アメリカ合衆国海軍も輸送船団護衛は行っていたが大日本帝国海軍連合艦隊の、海上輸送路護衛艦隊のような専門部隊は保有しておらず海軍の任務の1つという扱いだった。
そうなるとやはりどうしても練度に差が出てしまいアメリカ合衆国海軍は、大日本帝国海軍連合艦隊の潜水艦隊に全く歯が立たなかった。しかも輸送船団護衛の筈が真っ先に撃沈され、無防備な輸送船は次々と潜水艦隊に撃沈されていった。その為に大日本帝国海軍連合艦隊の潜水艦隊が通商破壊戦を開始した初日に於いて、ミッドウェー島とニューギニア島への航路上の輸送船団は文字通り消滅したのであった。




