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鉄と海の帝国  作者: 007
第0章 巨艦の胎動

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北の楔と新しき志

1858年、長崎の港は鋼鉄船の汽笛と交易船の喧騒で沸いていた。江戸幕府は、田沼意次の開国以来、経済力拡大の巨塔として日ノ本を統治していた。貨幣経済、低率租税、商業・鉱山・工業地帯振興により幕府と各藩の総経済力は発展し、西洋列強に肩を並べた。将軍・徳川家斉はある種『内閣総理大臣』として国の顔となり、老中首座・井伊直弼は『官房長官』としての立場で幕政を統括した。幕府陸軍のマスケット銃部隊と海軍の鋼鉄船は、清国の轍を踏まぬ盾だった。だが、薩摩と長州の尊皇攘夷は嵐の前触れとなり、列強の目は日ノ本に注がれていた。

クリミア戦争で敗れたロシア帝国が、財政難からアラスカ売却を幕府に提示した。そして将軍家斉は決断を下し、長崎のロシア大使館への使者を命じた。井伊直弼は外交奉行を従え、1858年秋、長崎の港を見下ろす大使館へ向かった。

ロシア帝国外務大臣、ニコライ・ムラヴィヨフ=アムールスキーが、厳かな礼装で迎えた。ムラヴィヨフは、クリミアの傷跡を隠さず、率直に語った。「老中閣下、ロシアはアラスカを維持できぬ。英国の脅威を抑え、財政を立て直すため、日ノ本にアラスカ売却を望む。金額にして720万ドルだ」

直弼は冷静に答えた。「外務大臣閣下、太平洋の要衝は我々にとっては価値がある。勘定奉行が費用を用立てる為、現金一括で支払う。日ノ本はアラスカを手にし、列強に対抗する。」

外交奉行が補足した。「米国も入札を狙うが、我々の経済力は十分です。ロシアとの絆を深め、太平洋の楔を共に築きましょう。」

ムラヴィヨフは目を輝かせた。クリミア戦争の疲弊で、ロシアは即時資金を欲していた。「一括支払いは有難い。細部を詰め、条約を結ぼう」

交渉は急ピッチで進んだ。御庭番が米国の動きを監視し、ウィリアム・スワード国務長官の入札意図を報告していた。そして幕府は経済力で圧倒し、1859年1月30日、長崎で『アラスカ売却条約』が調印された。720万ドルでアラスカは日ノ本の領土となった。勘定奉行は長崎の貿易収入(生糸、銅)と佐渡金山の金で資金を捻出し、歳入の1割強で支払いを終えた。軍務奉行はアラスカに鋼鉄船を配備し、アリューシャン列島を海軍拠点とする計画を立案した。家斉は江戸城で井伊直弼に命じた。

「直弼、アラスカは我々の北の楔だ。軍務奉行は海軍を強化し、日ノ本防衛の礎を築け」

だが、喜びは長く続かなかった。薩摩と長州の志士は、アラスカ購入を「赤鬼の愚行」「巨大な氷室を買った」と糾弾した。薩摩の若者は長崎の港で叫んだ。「幕府は西洋に魂を売り、氷の荒野に金を投じた! 日ノ本は我々が守る!」長州の武士も、尊皇の旗を掲げ、反幕の志を燃やした。経済格差――江戸と長崎の繁栄、地方の貧困――が火種を大きくしていた。

井伊直弼は家斉に進言した。「上様、薩長の不満は危険です。普請奉行は地方に鉄道と公共工事を広げ、京都所司代は朝廷との絆を固めるように動いてます。しかしながら御庭番の報告では、志士の動きが止まりませぬ。」

家斉は頷いた。「直弼、薩長を抑え、アラスカを我々の力にせよ。日ノ本の未来は、鉄と金の盾で守る」

アラスカの価値は、後に証明された。金鉱と油田が発見され、日ノ本の経済に新たな柱が加わったのである。だが、薩長の嵐は収まらなかった。


そして時に1865年、江戸城の奥深く。井伊直弼は、土佐藩の脱藩浪人・坂本龍馬を伴い、徳川家茂の前に進み出た。龍馬は、幕府と薩長の橋渡しを志す男だった。井伊直弼は一通の書状を差し出した。「上様、坂本龍馬が纏めた『船中八策』を御覧ください。日ノ本の新しき道を示す策でございます」

家茂は書状を手に、目を細めた。薩長の反発、アラスカの楔、鉄の巨艦――日ノ本の運命は、嵐の中、新たな胎動を刻もうとしていた。

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