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鉄と海の帝国  作者: 007
第2章 加熱

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ロシア平原会戦

ロシア平原での大規模会戦は、壮絶なる力と力のぶつかり合いだった。第二神聖ローマ帝国は約350個師団約700万人・戦車は約8000輌・航空機は約7000機・火砲約1万2000門、ロシア帝国は予備役動員により約400個師団約800万人・戦車は約7900輌・航空機は約6000機・火砲約2万門であった。ある意味拮抗した兵力となっており、趨勢を決するとはいかないが、侵攻を進めるか食い止めるかの戦いにはなるものであった。

第二神聖ローマ帝国国防軍最高司令部はこの戦いに勝利し、穀物庫であるウクライナと燃料供給源であるバクー油田を確保し戦争を優位にしたいと考え、ロシア帝国軍総司令部は何としても第二神聖ローマ帝国の侵攻を食い止める事を目標にしていた。

今回の大規模会戦はロシア帝国にしては、待ち構えていた戦いでもあった。情報の出処はやはり大日本帝国の皇軍戦略情報局であった。ロシア帝国も日露戦争後の日露協商締結により、大日本帝国を見習い軍事改革を行いその一つに皇軍戦略情報局を参考にし、1906年に『参謀本部情報総局(GRU)』を新設した。

だが大日本帝国の皇軍戦略情報局が江戸幕府の御庭番の流れを汲み世界最古の情報機関であるのに比べると、やはり歴史的ノウハウに圧倒的な差が出ていた。皇軍戦略情報局を参考にし特殊工作員も養成していたが、その能力もまだ及ばなかった。

そんな中で皇軍戦略情報局は第二神聖ローマ帝国の大規模攻勢を入手し、ロシア帝国に対して情報提供された。そしてロシア帝国軍総司令部は徹底的な防戦を行う事にし、ロシア帝国軍最高総司令官ミハイルトゥハチェフスキー陸軍元帥は現状のロシア帝国軍の総力を集結させた。それが約400個師団約800万人・戦車は約7900輌・航空機は約6000機・火砲約2万門に及ぶ大規模兵力であったのである。

そしてロシア平原で激突した第二神聖ローマ帝国軍とロシア帝国軍は、双方共に大規模な砲撃戦を開始した。ロシア帝国陸軍は大日本帝国陸軍を参考に、ロシア帝国軍最高総司令官ミハイルトゥハチェフスキー陸軍元帥が直々に『縦深戦術理論』を確立していた。

縦深戦術理論は陸上戦闘における攻撃に関する戦闘教義の一種で、前線の敵部隊のみでなくその後方に展開する敵部隊までを連続的かつ同時的に目標として攻撃することで敵軍の防御を突破し、その後に敵軍を包囲殲滅しようとする理論である。圧倒的な戦力による縦長の隊形での連続的な攻撃と、長距離火砲や航空機による敵後方に対する攻撃、空挺部隊などによる退路遮断を組み合わせて実施されるものだった。

それを支える1つが『縦深砲撃戦』でありこれも大日本帝国陸軍の大規模砲撃戦を参考にした、壮絶な砲撃戦だった。スタフカのトゥハチェフスキー総司令官の命を受け現地では、陸軍参謀総長ゲオルギージューコフ陸軍元帥が直接指揮を執っていた。

それに対して第二神聖ローマ帝国陸軍はゲルトフォンルントシュテット陸軍元帥、エーリヒフォンマンシュタイン上級大将、ハインツグデーリアン上級大将、エルヴィンロンメル大将等歴戦の司令官が揃っていた。全員が第二神聖ローマ帝国のヨーロッパ制圧に貢献し、その全員がバルバロッサ作戦に参加している事からロシア帝国侵攻の重要性が示されていたのだ。

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