ターラント強襲2
作戦はクレタ県の大日本帝国空軍地中海航空方面隊の空襲から始まった。クレタ県からイタリア王国のターラントまでは約900キロであり、空軍の九七式戦術爆撃機と九七式戦略爆撃機だと余裕で往復出来る距離だった。九八式戦闘機は航続距離が不足しておりターラント上空には、地中海艦隊たる大日本帝国海軍連合艦隊第8艦隊の空母艦載機である九六式艦上戦闘機が護衛についた。
そして悠々とターラント上空に侵入した大日本帝国空軍地中海航空方面隊は、九七式戦術爆撃機と九七式戦略爆撃機がそれぞれ搭載する500キロ爆弾を大量に投下したのである。その空襲はイタリア王国にとっては予想外の攻撃であり、レーダーも実用化していなかった為にドックや造船所・燃料タンク等の港湾設備が次々と破壊された。被害にようやく気付いたイタリア王国空軍が迎撃の為に戦闘機の『M.C.200サエッタ』を離陸させたが、制空権は空母艦載機である九六式艦上戦闘機が握っており離陸途中で次々と撃墜されていった。
イタリア王国海軍は艦隊への攻撃を避ける為には緊急出港が必要と判断したが、そこに次々と巨大な砲弾が降り注いだ。地中海艦隊たる大日本帝国海軍連合艦隊第8艦隊の主力である超弩級戦艦扶桑級からの艦砲射撃だった。超弩級戦艦扶桑級8隻は主砲である、46センチ3連装砲4基12門を一斉に発射し96発もの46センチ砲弾がイタリア王国海軍に降り注いだ。
この時ターラントにはイタリア王国海軍の主力である超弩級戦艦ヴィットリオヴェネト級4隻と超弩級戦艦フランチェスコカラッチョロ級4隻が停泊していた。というより皇軍戦略情報局の諜報員が停泊を確認しての作戦だった。イタリア王国は過剰な軍備拡張による別の意味のナショナリズムが高まり、独自のファシズムを掲げるムッソリーニが台頭した事で更なる軍拡を行ったが経済基盤が劣る為に、相応な規模になっていた。
だが超弩級戦艦ヴィットリオヴェネト級4隻は主砲に48センチ連装砲4基8門を装備し、フランチェスコカラッチョロ級4隻は主砲に46センチ連装砲4基8門を装備する巨艦だった。しかも北部のトリエステとジェノバの造船所では新型の超弩級戦艦であるカエサル級が建造中であり、その超弩級戦艦カエサル級は51センチ砲を搭載する更なる巨艦だった。
だが現状でイタリア王国海軍の主力はターラントに停泊する超弩級戦艦ヴィットリオヴェネト級4隻と超弩級戦艦フランチェスコカラッチョロ級4隻だったのである。これが被害を受けるとイタリア王国海軍は41センチ砲から46センチ砲に換装した、超弩級戦艦フォルミダビーレ級6隻しか存在しなくなり地中海の制海権は大日本帝国のものになってしまう。その為に何としてもターラントに停泊する艦隊は守りたかったが、既に大日本帝国海軍からの艦砲射撃を受けてしまったのだ。これにある種覚悟を決めたイタリア王国海軍は、大日本帝国海軍連合艦隊第8艦隊に砲撃戦を挑んだのである。
こうして第二次世界大戦初の砲撃戦である『ターラント湾砲撃戦』が開始された。




