ターラント強襲
同時刻。第二神聖ローマ帝国によりロシア帝国の要塞線が突破されていたのと、同じタイミングで大日本帝国によりイタリア王国攻撃が行われた。正確にはクレタ島に配備している大日本帝国陸海空軍の地中海統合軍総司令官堀悌吉大将が、海軍の地中海艦隊を動員して地中海の制海権を確固たるものにする為に、皇軍統合作戦司令本部の了承の下に開始した作戦だった。
作戦は当初は戦前に計画された通りに援軍派遣を受けて開始しようとしたが、中華民国が予想外にも敵国になってしまった為にその援軍派遣は延期となっていた。だが海上輸送路護衛艦隊により補給兵站線は強固に維持され、孤立する事は避けられそうであった。そこで地中海統合軍総司令官堀悌吉大将は、地中海統合軍と皇軍統合作戦司令本部との合同会議で現状での地中海の制海権を確固たるものにする事を定義した。
皇軍戦略情報局の諜報活動により現時点では第二神聖ローマ帝国海軍とアメリカ合衆国海軍が地中海に進出しておらず、イタリア王国海軍のみを攻撃すれば制海権は確固たるものになるのである。
そこで地中海艦隊としてイラクリオン鎮守府所属の大日本帝国海軍連合艦隊第8艦隊を投入して、イタリア王国海軍の根拠地たるターラントを強襲する事になった。
その作戦には空軍の地中海航空方面隊も支援攻撃を行う事になり、地中海統合軍は創設以来初めて本格的な軍事行動を行う事になったのである。地中海艦隊たる第8艦隊は超弩級戦艦扶桑級8隻を主力にする艦隊だった。ターラント強襲作戦は超弩級戦艦扶桑級8隻の主砲である、46センチ3連装砲4基12門を軍港と停泊するイタリア王国海軍に叩きつけるものだった。
ターラントはイタリア半島の『かかと』部分に位置する港湾都市であり、イタリア海軍にとって極めて重要な役割を果たした。それはイタリア王国海軍の主要艦隊基地でありターラントには、イタリア王国海軍の主力艦のほとんどが常時停泊していた。アドリア海と地中海の中央という地理的な優位性から、地中海全域の制海権を維持するための戦略的な本拠地でもあった。
それは地理的要衝でありターラントは、イタリアと北アフリカを結ぶシーレーン(海上交通路)を守る上で欠かせない拠点であった。その為に強固な防衛拠点にもなっておりターラント港自体が厳重な対潜水艦網、対空砲、および防雷網で防御されており、イタリア王国海軍が最も安全と見なしていた錨地の一つだった。だがイタリア王国海軍にとってはかつての同盟国であり、世界最強の海軍である大日本帝国海軍連合艦隊の能力を侮っていた事が、最大の悲劇だった。




