アメリカ合衆国の誤算
大日本帝国が中華民国侵攻作戦を開始した1939年4月25日、同じタイミングでアメリカ合衆国は首都ワシントンDCのホワイトハウスで対策会議を開催していた。対策会議を主催したローズエメラルダ大統領は、率直に大日本帝国の動きについて疑問を投げ掛けた。『なぜ動かない?』がそれだった。その疑問は的確なものだった。何せ大日本帝国は第二次世界大戦が勃発して以後は、連合国への軍事援助を行い中華民国の侵攻を防いだだけで、他に大規模な軍事行動を起こしていなかった。それは不気味でありながら、ある種準備を万全に整えている証でもあった。
何せGDP約4790億円を誇る世界最大の経済大国であり、約1020万km²のその広大な領土も『植民地帝国』では無く自国領土として広大な範囲を誇り、人口も約2億2700万人だが最早日本人として同化した為に単一民族としての膨大な数を誇った。その大国が動かないのである。エメラルダ大統領の疑問は尤もなものだった。
その疑問に国務長官が代表して、私見を述べた。大日本帝国は全力で国内体制を戦時体制に移行させている途中ではないか、というのが国務長官の私見だった。大日本帝国は見境無く猪突猛進に物事を進めるのでは無く、万全の態勢を整えてから行動を開始するのが最大の特徴でもあった。そしてその間も決して動いていない訳では無く、連合国に対する大規模な軍事援助は開始しており、更には東南アジア一帯に対しての外交も活発に行っているのであった。これにより大日本帝国は太平洋のハワイ諸島以西から、オスマン帝国とロシア帝国に至る絶対的な影響圏を構築しており、その状況で中華民国を放置する筈は無く、現状は戦時体制への移行と中華民国への軍事行動を準備中であると、国務長官は語った。
その意見には陸軍長官と海軍長官が賛同し、特に陸軍長官はカナダへの大日本帝国の大規模な軍事援助がカナダ侵攻に、時間を要した最大の原因だと語った。それについてはOSS長官が気になる情報があるとして口を開いた。OSSは戦略情報局(OfficeofStrategicServices)の略称であり、大日本帝国の皇軍戦略情報局を真似て1920年に創設された。大日本帝国の皇軍戦略情報局が1775年の田沼意次の開国政策による御庭番の諜報活動を始祖とする164年の歴史を有するのに対して、後追い感が否めないがアメリカ合衆国としても対抗意識から従来の各軍の諜報機関を統合して創設したのである。だが組織規模や資金力、そしてそもそもの技術とノウハウが圧倒的な差としてあった。そのOSS長官が語ったのは、カナダでの大日本帝国がカナダへの軍事援助として提供した兵器が、全て破壊されていたとの事だった。
それはエメラルダ大統領としても驚きだった。大日本帝国兵器を鹵獲して、技術力向上を図れると思っていたからである。だがそれは不可能であった。全ての兵器が徹底的に破壊されており、OSS長官は大日本帝国の皇軍戦略情報局による工作活動による結果だと説明した。この高度な潜入と破壊スキルが、OSSが皇軍戦略情報局に及ばない点であった。
この事からも大日本帝国は表立った動きをしていないだけであり、着実に準備を進めていると思われた。だが諜報活動は皇軍戦略情報局の防諜により失敗し、暗号解読も現状では不可能だった。その為にアメリカ合衆国は大日本帝国が動いてない事から自分達も、第一次世界大戦の反省から大規模な軍拡を強力に推し進めていたのである。




