カナダ自治領降伏
1939年4月10日。8日のフランス共和国の無条件降伏に続き、大英帝国自治領カナダがアメリカ合衆国に無条件降伏した。アメリカ合衆国陸軍と陸軍航空軍による侵攻は、大英帝国自治領カナダの軍事力を大きく上回る規模であった。アメリカ合衆国陸軍はM2中戦車とM6重戦車を主力にしていた。アメリカ合衆国陸軍航空軍も最新鋭戦闘機と爆撃機を投入し、戦力差は圧倒的に大きかった。それに対してカナダ軍は大英帝国からの旧式戦車数十輛を主力にする弱小部隊だった。
大英帝国としてもアメリカ合衆国が世界枢軸同盟に参加している為に、カナダへの軍事援助をしたかったが自らの目の前に第二神聖ローマ帝国が存在している事により、その規模は限られた。その為に大日本帝国がアラスカ県と国境を接する事から、カナダに対して軍事援助を行っていた。当初大日本帝国は戦力的にはアメリカ合衆国が絶対的に優勢だが領土的に、上手く立ち回れば半年以上は時間を稼げるとしてカナダへの軍事援助を強化していた。
それは中華民国が大日本帝国に侵攻を開始した後も変わらず続けられた。その軍事援助があったからこそ、カナダはアメリカ合衆国の侵攻に対抗する事が出来たのである。だが1939年2月25日の侵攻からアメリカ合衆国は常にカナダ軍を圧倒しており、それは大日本帝国の軍事援助を受けていても差を挽回出来る事は叶わなかった。確かに兵器の性能はアメリカ合衆国に対抗するのに支障無く、弾薬の大量提供はカナダの継戦能力を大幅に引き上げていた。そしてそれはアメリカ合衆国の補給兵站線維持に、想定以上の負担を強いる事に成功したのである。
だがそもそもの軍としての規模と練度がアメリカ合衆国とカナダの命運を分けた。アメリカ合衆国はカナダの予想以上の抵抗に驚きながらも、陸軍と陸軍航空軍は断固とした決意で大規模な軍勢を投入してカナダ軍を圧倒した。それに対してカナダはそもそもの軍の規模が弱体であり、更には奇襲攻撃による準備不足により予備役招集や部隊新編再編が、全く間に合わなかったのが致命的であった。
その為に兵器や弾薬は有り余るほどにあったがそれを戦力として運用出来る人間が足りず、速成培養で予備役から投入された者達は深刻な練度不足によりただただアメリカ合衆国の戦果を稼ぐだけであった。こうして大日本帝国の想定より遥かに早くアメリカ合衆国はカナダ侵攻を進めていった。そしてそれは皇軍戦略情報局の諜報員が情報を集め、長官の川島芳子陸軍大将はカナダでの戦況が深刻な事を掴んだ。それが1939年3月31日の出来事であった。




