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鉄と海の帝国  作者: 007
第1章 開戦

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フランス共和国降伏

1939年4月8日。第二神聖ローマ帝国の侵攻を受けていたフランス共和国が、早くも降伏してしまった。1939年3月3日に侵攻を開始してから37日間、5週間と2日間の短期決戦となった。第二神聖ローマ帝国軍の電撃作戦の真骨頂であり、第一次世界大戦の雪辱を果たす結果となったのである。

イタリア王国も侵攻を開始しており、フランス共和国は多方面からの侵攻を受ける事になっていた。大英帝国も第二次世界大戦勃発により本国陸軍の常備兵力を総動員した、イギリス海外派遣軍(BEF)をフランス共和国に派遣していたがその兵力も併せて第二神聖ローマ帝国軍に連敗を喫していた。BEFは3個軍団にも及ぶ大軍でありフランス共和国を防衛する為に、第二神聖ローマ帝国軍の電撃作戦に真っ向勝負を挑んだ。

だが第二神聖ローマ帝国陸軍と空軍の立体機動は、フランス共和国と大英帝国の予想を遥かに上回る規模で実行されていた。その為に被害は甚大なものになり、更に戦力的にも第二神聖ローマ帝国軍が優勢だった事もあり、後退に後退を重ねる事になった。

そんな中で第二神聖ローマ帝国陸軍はフランス共和国への侵攻開始から約1か月後の、1939年4月1日にはパリを占領した。第一次世界大戦のシュリーフェンの雪辱を果たす事に成功し、1939年4月3日にはヒトラー首相の主催で『パリ占領記念軍事パレード』が行われた。ヒトラー首相は第二神聖ローマ帝国皇帝ヴィルヘルム3世とその父親であるヴィルヘルム2世の2人にも臨席してもらい、盛大な軍事パレードを開催した。その間にも第二神聖ローマ帝国陸空軍によるフランス共和国侵攻は続いており、軍事パレードと同時進行が可能な第二神聖ローマ帝国軍の余裕さをアピールする機会にもなった。

ゲッベルス宣伝大臣によりその模様はラジオにより生中継され、記録映画も撮影された。シャンゼリゼ通りを堂々と行進する第二神聖ローマ帝国陸軍を、ヒトラー首相・第二神聖ローマ帝国皇帝ヴィルヘルム3世とその父親であるヴィルヘルム2世が並んで眺める写真も、翌日の新聞の一面を飾った。

フランス共和国と大英帝国にとっては屈辱的な事であったが、戦力的に劣勢なのは間違い無くどうしようも無かった。第二神聖ローマ帝国軍に押され続けたフランス共和国陸軍と大英帝国陸軍BEFは、フランス共和国沿岸部に追い込まれていた。その大部分はフランス共和国本土最北端ダンケルクに集結していた。もはやフランス共和国の陥落は時間の問題だとして、大英帝国は『ダイナモ作戦』という名の大規模撤退作戦を立案した。

だが大英帝国がダイナモ作戦実行の為に海軍艦艇や徴用した民間船が出港しようとした当日に、大英帝国本土の全ての軍港・港に一斉に雷撃が加えられたのである。

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