欧州の嵐
大日本帝国が中華民国の侵攻に対処している間に、第二神聖ローマ帝国は着々とヨーロッパ侵攻を成し遂げていた。第二神聖ローマ帝国はオランダ王国とベルギー王国・デンマーク王国・ルクセンブルクへと同時侵攻を開始したが、それは四カ国を圧倒する規模となっており各国陸軍の主力は第二神聖ローマ帝国陸空軍の電撃作戦により一瞬で粉砕されていた。
その侵攻速度は従来の汎ゆる軍事常識を上回るものであり、かつて第一次世界大戦で失敗したシュリーフェンプランのリベンジともいえる迅速さだった。それは第二神聖ローマ帝国陸軍ハインツグデーリアン大将の手腕が大きかった。グデーリアン大将は陸軍装甲師団の権威として、装甲車輌と航空隊を組み合わせた『電撃作戦』の研究を行っていた。
(史実と違い)潤沢な軍事予算とアメリカ合衆国との同盟関係は、グデーリアン大将の研究を高い次元で現実のものとした。その結果は見事に証明され、侵攻開始から僅か24時間でデンマーク王国とルクセンブルクは降伏したのである。
特にデンマーク王国には第二神聖ローマ帝国海軍が沿岸部を攻撃しており、デンマーク王国の継戦能力を奪った。投入されたのは51センチ主砲を搭載する超弩級戦艦ビスマルク級10隻と、48センチ主砲を搭載する超弩級戦艦ジークフリート級14隻を主力(更に大日本帝国の第六次軍備拡張三カ年計画に対抗して更なる新型戦艦が開戦直後に竣工)とする有力な艦隊だった。更に多数の巡洋艦と駆逐艦、しかも空母による空襲も行いデンマーク王国は袋叩きにされた。
第二神聖ローマ帝国陸軍の装甲師団も有力装備を多数有しており、デンマーク王国とルクセンブルクを圧倒した。その主力は『IV号中戦車』であり、中華民国陸軍に軍事援助したⅢ号戦車よりも更に最新鋭の戦車だった。58ミリ砲を装備し45キロの速度を発揮する、第二次世界大戦開戦時では世界最強と呼ばれる中戦車だった。
更にはトラックや牽引砲・自走砲も大量に配備され、燃料補給の為のタンクローリーも配備されていた。一部はアメリカ合衆国からの軍事援助により提供されており、第二神聖ローマ帝国陸軍は燃料不足に陥る事無く侵攻速度は低下しなかったのである。
第二神聖ローマ帝国空軍も圧倒的な戦力を見せ付け、双発爆撃機の『Ju88』と『Ju288』は戦術爆撃を敢行した。更には近接航空支援として単発機の『Ju87』も低空爆撃で活躍していた。第二神聖ローマ帝国軍の連携攻撃により、電撃作戦は具現化され驚異的な速さで侵攻は進んだ。
1939年2月27日にはオランダ王国とベルギー王国も降伏し、各国王室は大英帝国に亡命した。大英帝国もフランス共和国に陸軍を急派したが、それは動員が進んでいなかった為に本土で充足率を満たした5個師団だけであった。それはフランス共和国陸軍と合わせても第二神聖ローマ帝国陸軍に太刀打ち出来る数では無く、しかもイタリア王国が第二神聖ローマ帝国に呼号する形で、陸海空軍によるフランス共和国侵攻を開始しており、戦力は幾らあっても足りなかった。フランス共和国に侵攻したイタリア王国陸軍にも第二神聖ローマ帝国陸軍の中戦車スレイプニルが配備されており、イタリア王国空軍も双発爆撃機の『Ju88』と『Ju288』、単発爆撃機の『Ju87』が配備されていた。その為にイタリア王国の侵攻は順調にすすんでおり、それを後押しするかのように第二神聖ローマ帝国は1939年3月3日にフランス共和国に侵攻を開始したのである。




