対処
皇軍戦略情報局が掴んだ中華民国が世界枢軸同盟に加盟する可能性がある、との情報は現状では上層部だけの極秘情報とされた。何せ大日本帝国と国境を接する隣国が一気に敵国になる可能性があったのだ。現場部隊や国民にそれが知れ渡ると、想定外の事態が発生する事がある為に情報は慎重に扱われた。だがどのみち中華民国が世界枢軸同盟に加盟したら分かることである為に、早々に情報を共有する方が良いのではないかとの意見もあった。
しかし黒崎総理は実際に中華民国が動くまで、情報を秘匿する事にしたのである。だがだからといって行動しない訳では無く、中華民国に対応する為に大日本帝国全軍を展開させた。それが南洋府へ援軍を派遣しなかった理由となる。アメリカ合衆国はミッドウェー島占領後は一旦ハワイまで撤退しており、再度侵攻しようとしても太平洋を横断する必要があり今度は海軍空軍共に艦載機と航空機による偵察を平時以上に徹底的に行っている為に、奇襲を受けないようにしていた。
更に緊急措置として車載型のレーダーを全島嶼に配備する事が決定され、それらは最優先で輸送されていた。南洋府ではトラック島とサイパン島・グアム島しかレーダーは設置されておらず、他の島へは配備は計画段階だった。だからこそその空白をアメリカ合衆国に突かれ、ミッドウェー島への奇襲を許してしまった。南洋府へは以上の対策が行われ、大日本帝国の最優先事項は中華民国への対処に決定された。
大日本帝国が日清戦争に勝利しその後辛亥革命により成立した中華民国だか外交的には親日・親英と見られていたが、力関係から従っているに過ぎないと言うのが中華民国側の本音だった。中華民国の動きは、日和見と変節だと言ってしまえばそれまでだが、中華民国を率いる蒋介石にとっては満州地方・山東半島・遼東半島・海南島奪回の千載一遇の機会と考えていた。
しかも蒋介石は計画性も見せており既に第二神聖ローマ帝国と通じて、多くの武器弾薬を海路から入手し大日本帝国に対して密かに軍備を増強していた。そしてそれはエスカレートしシベリア鉄道のモンゴルルートを通じて、輸送する事も開始された。シベリア鉄道はジュネーブ覚書によりロシア帝国領内も大日本帝国が運行するようになっており、しかも武器と隠さずに堂々と輸送した為に即座に大日本帝国の知る所になった。
だが武器の輸入を中華民国が禁止されていた為では無いために、通常の貿易として何事も無く輸送されていた。だが皇軍戦略情報局はその各種情報を入手し、それを総合的に判断し第二神聖ローマ帝国と中華民国にそれぞれ諜報員を派遣し、中華民国が世界枢軸同盟に加盟する可能性が高いとした。
その為に黒崎妖華総理が首相官邸で開催した緊急対策会議に於いて、中華民国が世界枢軸同盟に加盟するとの前提で防衛体制の構築が行われた。大日本帝国は日清戦争の勝利により大量の領土を割譲し、辛亥革命による中華民国の成立により国境を接する事になった。満州地方と山東半島・インドシナが接しており、その国境沿いに要塞線が構築されていた。海南島も対岸の中華民国に備えて要塞化されており、平時から防衛体制は整っていた。それが今回の中華民国の世界枢軸同盟加盟を前提にした為に、大日本帝国海軍連合艦隊を支援兵力として派遣する事が決定された。
その為に大日本帝国海軍連合艦隊は出撃準備を開始した。派遣される事になったのは第1艦隊〜第6艦隊と第11艦隊・第12艦隊であった。第1艦隊〜第6艦隊は打撃艦隊編成であり超弩級戦艦の艦砲射撃と空母による空爆で、中華民国軍を攻撃する手筈だった。第11艦隊と第12艦隊は水雷艦隊編成であるが空母の空爆を行う為に派遣する事になった。だが如何な大日本帝国と言えども海軍連合艦隊はそう簡単に即応出来るものでは無く、ようやく出撃準備が完了した1939年3月1日に中華民国は突如として満州府と山東県に侵攻を開始したのであった。




