ハンターキラー
1939年9月2日。アメリカ合衆国東海岸フィラデルフィアで補給整備を行った第二神聖ローマ帝国海軍対潜哨戒部隊が、太平洋進出の為に出撃した。第二神聖ローマ帝国がアメリカ合衆国からの陸軍と海兵隊の派遣を受けて、相互支援として太平洋に派遣する事にしたのは海軍対潜哨戒部隊であった。アメリカ合衆国にとっては待ちに待った援軍であり、強力な助けとなるものだった。
第二神聖ローマ帝国海軍が派遣した対潜哨戒部隊は、巡洋艦ドイッチュラント級と駆逐艦Z50級であった。第二神聖ローマ帝国海軍は合計48隻もの超弩級戦艦を保有し五大海軍国(大日本帝国・大英帝国・ロシア帝国・アメリカ合衆国・第二神聖ローマ帝国)の一角を占めるが、どちらかといえば水上艦よりも潜水艦であるUボートの整備に力を入れていた。
その為に潜水艦保有数に関しては世界最大であり、それを投入した結果として大英帝国の海上封鎖を成し遂げていた。第二神聖ローマ帝国海軍は潜水艦や超弩級戦艦に関しては、国産技術として建造したがそれ以外の艦艇つまりは空母・巡洋艦・駆逐艦に関してはアメリカ合衆国との共通を図っていた。
当初は部分的な共通であったがその共通は進み、巡洋艦ドイッチュラント級と駆逐艦Z50級はアメリカ合衆国海軍の設計した、巡洋艦ボルチモア級と駆逐艦ベンハム級はその船体は完全に共通化されていた。さすがに武装はそれぞれ自国でのものになっていたが、船体は設計図が同じであったのだ。
これにより第二神聖ローマ帝国海軍は太平洋までの長距離航海を支障なく行えるのであった。それはアメリカ合衆国海軍が行っている対潜哨戒任務を、第二神聖ローマ帝国海軍対潜哨戒部隊が担う事になり、アメリカ合衆国海軍は大日本帝国海軍連合艦隊と艦隊決戦が行えるという目的に繋がるのだ。
ロシア戦線とオスマン戦線にはアメリカ合衆国陸軍と海兵隊が派遣され、太平洋には第二神聖ローマ帝国海軍対潜哨戒部隊が派遣されるという、両国がそれぞれ欲しい援軍が訪れる事になり同盟関係の成果が表れていた。
第二次世界大戦は明らかに、次の段階へと移行していたのである。




