帝国議会
1939年8月3日、大日本帝国帝都東京帝国議会に於いて更なる戦費となる、『第5次追加予算』が成立した。第二次世界大戦時の大日本帝国はGDP約4790億円、国家予算約600億円を誇る世界最大の経済大国であり、軍事予算は4割を占めて約240億円を誇っていた。
その世界最大の経済力を誇る大日本帝国は、今回の第5次追加予算までの第4次追加予算までに、既に軍事予算総額を上回る約300億円を支出していた。それは大日本帝国自身の大規模な軍備増強と量産体制構築に投入され、更には連合国各国に対する大規模軍事援助にも投入された。
そして今回成立した第5次追加予算は巨額であり、総額約200億円にもなるものだった。その予算規模こそが大日本帝国の更なる決意であり、黒崎総理の表明した『連合国の兵器廠』を名実ともに推進し、大日本帝国も更に大規模な軍備増強を開始するものだった。
それは驚くべきものであり現状でも大規模な軍備増強が行われているが、それを更に補うものになり規模はとどまること無く拡大する事になったのである。ただでさえ戦争特需ともいえる大規模な経済活動が行われており、それをより強力に推進する起爆剤にもなった。
古代から戦争に於いて圧倒的戦力差を覆して勝利したものがあり、物量よりも指揮能力が重要となっているが物量も当然ながら重要な要素だった。それは即ち補給兵站線を維持出来るかにもつながり、戦争が単に『最前線での殺し合い』だけではないという証だった。
そして汎ゆる事態を想定しながらも、盤石な補給兵站線を維持し圧倒的な物量を誇れるのは、大日本帝国だけだった。その能力を維持する為に大日本帝国の誇る巨大財閥傘下の軍需企業は、大規模な生産体制を構築していた。それが第5次追加予算という膨大な金額が、それを更に後押しする事になった。
これはアメリカ合衆国や第二神聖ローマ帝国といえども真似出来ず、世界でも大日本帝国しか成し得ないものだった。そしてそれこそが第二次世界大戦を通して、アメリカ合衆国や第二神聖ローマ帝国が想像出来ない程の、軍事力が連合国側に出現する根拠にもなっていたのである。




