プロローグ
あらすじにもありますが、本作は大日本帝国が八八艦隊計画を完遂し保有した世界線の小説となります。
史実では財政的に不可能となり、何とか八八艦隊を実現させるには何処から架空戦記としてスタートさせるか考え、まさかの田沼意次が老中の時代の江戸幕府から歴史改変を行う事にしました。
老中田沼意次の時代の江戸幕府から物語をスタートさせておきながら、この小説の本筋は八八艦隊を保有した大日本帝国の第二次世界大戦となります。
しばらくは江戸幕府に関する話になりますが、宜しくお願いします。
1980年、大日本帝国南洋府トラック諸島、春島沖。
碧く穏やかな海面が、朝陽にきらめく。波の音が静かに響き、遠く水平線では雲が薄紅に染まる。春島の沖合、広大な海域に浮かぶのは、鋼の巨艦群――大日本帝国の誇りである超弩級戦艦。いま、それらは戦いの日々を終え、記念艦として静かに波に揺れている。錆一つない艦体は、大日本帝国の栄光を今なお語り、観光船の甲板に立つ人々を圧倒していた。
小さな観光船が、艦隊の間をゆっくり進む。船尾には『南洋観光公社』の文字が踊り、甲板には家族連れや老夫婦、歴史好きの若者たちが集まっていた。船の先頭に立つ少年は、目を輝かせて艦隊を見つめる。10歳ほどのその子は、手すりを握り、興奮を抑えきれずに声を上げた。
「すごい! こんな大きな船、初めて見た! ほんとに全部、昔の戦艦なの?」
少年の父親は、笑みを浮かべて息子の頭を軽く叩いた。40代半ば、薄手のジャケットを羽織った男は、穏やかな口調で答えた。
「そうだよ。こいつらは通称八八艦隊、大日本帝国海軍の心臓だったんだ。世界の海をこの超弩級戦艦が支配し、世界中が大日本帝国の力を認めたんだ。」
少年の母親が、隣で微笑みながら言葉を添えた。彼女は日傘を手に、風に揺れる髪を押さえながら、懐かしそうに艦隊を見上げた。
「あなた、この艦隊ができたおかげで、帝国は大戦を戦い抜いたのよね。子供の頃、学校で習ったわ。歴史の教科書に載ってた写真より、ずっと大きい。」
観光船は、戦艦の一隻に近づく。巨大な主砲塔が空を突き、甲板の鋼板は朝陽を反射して眩しい。少年は目を細め、艦の大きさに圧倒されながらも、好奇心を抑えきれずに父親に尋ねた。
「ねえ、お父さん! この船たち、なんでこんなに強かったの? どうやって作ったの?」
父親は少し考え、船の揺れに合わせて手すりに寄りかかった。遠くでカモメが一羽、艦隊の上空を弧を描いて飛んでいく。その白い翼が、鋼の艦体と対比して柔らかく映った。
「それはな、ずいぶん昔、江戸時代から話が始まるんだ。200年以上前、田沼意次って人が幕府を動かしてた頃、日本は鎖国をやめて世界と交易を始めた。オランダやロシアから技術を学び、長崎や江戸がものすごく栄えたんだ。それで、帝国の経済がぐんと強くなった。教科書で習っただろ? 明治維新のとき、日本は多くのお金を持ってたんだよ。」
少年は目を丸くし、母親が話を引き取った。
「色々あったけど貴方にはまだ早いわ。とにかく明治維新で新しい日本が生まれたのよ。その新しい日本が、強い経済力でこの八八艦隊を作ったの。」
観光船は、戦艦の一隻の横を通過する。艦の艦首には、帝国海軍の菊の紋章が輝き、少年はその紋章を指差して叫んだ。
「これ、かっこいい! この船たち、戦争でどうなったの?」
父親は少し声を低くし、真剣な表情で答えた。
「この艦隊は、第二次世界大戦で大活躍したんだ。大日本帝国が世界の列強と戦ったとき、太平洋の海をこの艦隊が守った。戦艦の主砲が響き、敵を追い詰めた。経済力が強かったから、船も兵器もたくさん作れたし、石油や鉄も大量にあった。だから、大日本帝国は大戦を戦い抜けたんだ。」
母親が、遠くの海を見つめながら呟いた。
「でも、戦争は簡単じゃなかったわ。たくさんの人が命を落としたし、帝国も大きな代償を払った。でも、この艦隊のおかげで、大日本帝国は世界に名前を刻んだのよね。」
少年は少し黙り、艦隊を見上げた。鋼の巨艦は、まるで動かぬ山のようにそこにあった。歴史の重みを背負い、静かに海に浮かぶその姿は、少年の小さな胸に何か大きなものを刻んだ。
「いつか、僕もこんなすごい船に乗ってみたい!」少年が笑顔で叫ぶと、両親は顔を見合わせて笑った。
「なら、歴史をちゃんと勉強しろよ。この艦隊の物語は、ただの船の話じゃない。大日本帝国の魂が詰まってるんだからな。」父親の声は、どこか誇らしげだった。
そのとき、カモメがもう一度、艦隊の上空を舞った。白い翼が朝陽を浴び、きらりと光る。観光船はゆっくりと艦隊の間を進み、春島の岸辺へと戻っていく。八八艦隊は、過去と未来をつなぐ碑として、太平洋の波に揺れ続けていた。




