彼女の声が聞こえる
俺には彼女がいる。付き合ってもうすぐ一年だ。俺のことを一番わかってくれるし俺も彼女のことを一番わかっているという自信がある。周りから呆れられるくらいいつも一緒にいる、大好きな彼女だ。いや…大好きなんて言える自分が恥ずかしいけど。
「もう、俊くんったら…私だって照れるよ?」
彼女がすかさず口をはさんできた。今も彼女と一緒にいるんだけど今日は付き合って一年記念として、彼女との出会いを残しておこうと思う。もちろん惚気ばかりになるのでそれでよければ聞いてほしい。
一年前、俺は大学で合唱サークルに入っていた。合唱といってもグリークラブという男声合唱団だったからサークル内恋愛なんて機会はまるでなかった。別に俺はそれでもよかった。合唱は中学の頃からやっていたし、正直歌には自信があった。バリトンというパートを歌っていたけどいい声だと周りから言われることもあって、けっこうしっかり練習もやっていた。
ある日、俺は合唱の練習中に声が出にくいことに気づいた。たぶん歌をやっていなければ気づかないくらいささいな変化だったけど、いつもの喉の不調とは違う、何かもっと不安を感じるような違和感だった。
数日様子を見ていたけれど、喉の不調はよくなるどころかどんどん悪化しているようで、普通に話していても相手に気づかれるくらい声が出なくなっていった。さすがにこれはおかしいと思い、俺は病院へ行った。何か大きな病気だったらと思うと不安だったけどそれよりもこの不調が治らないとサークルの練習にも行けない。このまま歌が歌えなくなったら、それは俺にとって生きがいを失うようなものだ。
診断の結果、俺はとても珍しい喉の病気とのことだった。このまま放置していると声帯が機能しなくなり一生声を失うと言われた。そして、手術をすることで元通りの声に戻る保証はないけれど、少なくとも声は残すことができる、とも言われた。
たとえ元の声に戻らなくても声が出る限り歌える。俺は迷わず手術を選んだ。
それからは流れるように手術の日取りが決められ、いろいろな検査をして、入院する日がやってきた。このときすでに俺の声はほとんど出なかったから、これからどんな声になろうとも手術をすることで支障なく会話ができることを考えると不安よりも早くやってくれという気持ちのほうが強かった。
手術は全身麻酔だったからどれくらい時間がかかったかはわからない。目が覚めると喉のあたりに包帯がぐるぐる巻かれていて感覚がまるでない。喉を切ったのでしばらくは痛み止めでほとんど感覚がないはずです、と看護師さんに言われた。声を出そうとしても出し方がわからないような感じで出せない。これも薬の効き目らしい。
ぐるぐる巻かれていた包帯は翌日には外れた。それでもやっぱり声を出す感覚が麻痺しているようで声はまだ出なかった。もしかして、このまま声が出ないんじゃないかと不安になり、看護師さんに筆談で聞いてみた。筆談とジェスチャーでしか人に伝える手段がないのは不便で仕方ない。看護師さんが言うには、今使っている強い薬は今日で終わるので明日には声が出せるようになっていますよとのことだった。俺は少しほっとしてその日はぼんやりとしていたら寝ていた。
翌朝、目が覚めると喉の麻痺がほとんどなくなっていた。今なら声を出そうと思えばきっと出せる。俺は心底ほっとした。ただ不用意に声を出すことで声帯の傷が開くとかそういうことがあったら怖いのでとりあえず看護師さんが来るまで待った。
看護師さんは先生と一緒に来た。先生が喉の傷の状態をチェックして、少し声を出してみましょうかと言った。俺はおそるおそる声を出してみる。手術から二日間くらい全く声を出していなかったからどんなふうに声を出すのか一瞬わからなくなったけど声はすんなりと出たと思う、たぶん。
たぶん、というのは俺の声だと全く思えなかったからだ。
俺が歌っていたバリトンというパートは、混声合唱だとベースという一番低い音域のパートに分けられる。俺の声は男の声としても決して高いほうではなかった。それなのに、俺の耳に聞こえてきたのは濁りも曇りも全くない、ソプラノの声だった。
先生は戸惑う俺のことを気にかける様子もなく、いろいろと声を出すように言ってきた。少し大きめの声で、とかささやく声で、とか高い声とか低い声とか、普通に雑談をしましょうとかしばらく俺は先生の言うとおりに声を出していた。もしかしたら俺の耳を通した声が女性の声に聞こえるだけで周りには案外普通に聞こえるのかもしれない。そう思って俺は先生にこの声が普通なのか聞いてみた。先生は落ち着いた様子で、普通かどうかは判断しかねるが声帯としては問題なく機能しています、と言った。声質が大きく変わってしまったというのは、最初は戸惑うかもしれませんがじきに慣れるでしょう、と先生は言い残し病室を出ていった。
自分の声が好きだったわけではないけれどそれでもこの声でずっと歌ってきたのだから声には多少の自信があった。確かに今の声が悪いとは言えない。むしろおそらく混声合唱だったらソプラノでトップをとれるくらいの声だと思う。でもそういう問題ではない。アイデンティティがなくなったように、俺はしばらく呆けていた。
それから数日、俺は退院した。手術して声が出るようになったらサークルの友達に片っ端から電話をかけて思いっきり騒ごうなんて思っていたのにそんな気分には全然なれなかった。声は出るようになったのに、手術する前よりも人前で話せなくなった。
それでも、先生がじきに慣れるでしょう、と言ったとおり少しずつ声にも慣れていった。もちろん元通りの声というわけにはいかなくても、声のトーンを低くしてできるだけ女性感をなくすように話せるようになったと思う。サークルに復帰できるかはわからないけれど、低い声の出し方をもっと練習すればトップテナーとして歌えるかもしれない。考えてみると、男声合唱におけるトップテナーは圧倒的に貴重な存在なのだから俺の今の声も活かせるんじゃないか。そして手術から1か月後、俺は久しぶりにサークルへ足を向けた。
俺の声が変わった、というのはサークル内でも親しいやつにはラインで伝えていたけれど対面で声を出すのはその日が初めてだった。サークルのやつらは俺を歓迎してくれた。声が変わってもまたサークルで歌ってほしい、という言ってくれる後輩もいた。でも俺が、ありがとう、と声を発した瞬間周りの空気が止まった。
それって女の声?とかめっちゃかわいい、とかざわざわとする声が聞こえる。そのうち、誰かが言った。
ねえ、『頑張ってね、大好き』って言ってみて
ハートつける感じでめっちゃかわいく言ってみてよ
その声を皮切りに、女子から言われたいセリフを俺に言わせて楽しむ大会が始まった。そのときの俺はどういう気持ちで言われるがままのセリフを言っていたのか覚えていない。たぶん思い出したくない記憶なのだろう。ただ、サークルに来るのは今日が最後だという気持ちが固まったことだけは覚えている。
帰宅した俺はベッドに寝転んだ。何も考えられなかった。低い声を練習してトップテナーで歌えたら、なんて考えていた自分が情けなくて吐き気がした。
俺は何をやっていたんだろう。
そのときだった。
「俊くんは、頑張ったよ」
という声が聞こえた。濁りも曇りも全くない、ソプラノの声。
「私はずっと見てたよ。俊くんは何も悪くない。頑張ってる」
それは、俺が今一番欲しい言葉だった。
(あなたは、誰ですか)
思わず俺は心の中で呟いた。声は聞こえるのに姿が見えない。もっと知りたい。この声の主のことをもっと知りたい。
「私の名前は…俊くんにつけてもらいたいな」
俺が?そんなことをしていいのか?でもそうだな…呼びやすい名前がいいかな。
(どんな名前がいい?)
「あなたの好きな名前ならなんでも嬉しいな」
じゃあ…と俺は考えた。
(えみ、は?)
「ありがとう…嬉しい」
そして俺は毎日のようにえみと話した。彼女は俺のことをなんでもわかってる。疲れたときはやさしく話してくれるし、楽しいときは一緒に笑ってくれる。こんなにも性格の合う彼女ができるなんて思わなかった。
(えみは、俺のことなんでも知ってるね)
「当たり前だよ、だって私は俊くんと一緒だから」
(これからもずっと一緒にいたいな)
「うん、私も。ずっと一緒にいられるよ」
大学に行くときもえみと一緒に行く。授業も一緒に受ける。移動中もお昼を食べているときもえみとずっと話していると全然孤独なんて感じない。今までサークルのやつらと話しているとちょっといらっとしたりすることもあったけどえみにはそんなことを全く感じない。よほど気が合うのだろう。
えみと話していると、周りからは変な目で見られることもある。それは仕方ないとも思う。だってえみは声だけの存在だから。でも別にそんなことはどうでもいい。姿は見えなくても声は聞こえる。それだけで俺はじゅうぶんだ。
夜は、えみとエッチなこともする。俺の気持ちいいところを触るとえみが声を漏らす。
「俊くん…そこ、気持ちいい」
(俺も…めっちゃ気持ちいい)
「こういうとこもほんとに同じなんだね」
えみがはあはあと息を漏らす。それに呼応するように俺の動きが激しくなる。そうして俺はえみと毎日繋がっている。
「俊くん…大好き」
(俺もだよ、ってそんなこと言わせんなよ)
「もう、俊くんったら照れてる」
(えみ…愛してる)
そうやって一年が経とうとしている。
いくら好きでも、愛していると言葉を重ねても、気持ちのよいことをしても、キスだけができないのはもどかしい。でも俺はもっと深いところでえみと繋がっている。同じものを食べて同じものを見て、同じ曲を聴く。いつでも、そしてこれからも一生俺はえみとともに生きる。それが俺の幸せだ。