第4話 復讐の狼煙(改)
私は架橋鈴音という、極々普通の弁護士事務所の事務社員だった。過労死だったのか、事故か、自分の死因は思い出せない。ただ生前ハマっていたゲームの記憶だけは、かなりハッキリと覚えている。
この世界は乙女ゲーム《葬礼の乙女と黄昏の夢》の舞台にそっくりだった。シナリオは異世界人が魔王の脅威から世界を守るというシンプルな構図の物語。
もっとも胸糞展開が盛り込まれた鬱ゲームとして、有名だったのだから笑えない。悪人が生き残り、善人が無実の罪で殺されていく。あと好きなキャラは序盤で死ぬ。画面越しで何度叫んだことか!
理不尽かつ救いのない世界。
そんな糞みたいな世界に転生したとしたら、全力でその展開を回避する。では、もしその鬱ゲームでヒロインを虐める悪役令嬢であり、ラスボス役として自分が生まれ変わったとしたら、どう思うだろう。
私が出した結論は「悪役令嬢となる未来を変える」こと。そして「ラスボスとして覚醒を防ぐ」という、この二点だった。
特にラスボス――吸血鬼女王の始祖返りによる覚醒は、魂まで始祖と同化して私の自我は消し飛んでしまう。
その原因は魔王だ。
ゲーム設定で魔王討伐の際、ヒロインの援軍としてアメリアも参戦するのだが、その時に魔王の次の器として目を付けられてしまう。
魔王の死後、新たな器として目をつけられた私は転生魔法により魔王の魂が体内に入った途端、始祖返りを起こし双方の魂がぶつかり合い消滅。結果、自我のない厄災級の化物となる──というのがゲームシナリオの裏設定だった。確かファンブックにも載っている。この覚醒も攻略キャラによって時期がバラけるのよね。
めちゃくちゃ迷惑な話だが、この《葬礼の乙女と黄昏の夢》は、そんな理不尽を詰め込んだ悲哀と鬱でいっぱいなのだが、登場するキャラは魅力的で癖が強く、あっという間にファンとなる。特に騎士が格好いいのだ。忠義者も多くて、格好よくて、そして壮絶な最後を迎える。「ここは俺に任せて」とか「帰ったら〜」なんてフラグ的なセリフを言ったら100パーセント死ぬ。
ちなみに私の推しは、ウィルフリードだ。攻略キャラじゃないけれど、生き様がかっこいい。天使族は生涯でただ一人忠誠を誓うという。主人に見合った者でなければならないらしく、選ぶ基準は個人差がある。ゲームでのウィルフリードは、第一王子ランベルトに忠義を誓った。
その結果、彼は行方不明となった第一王子の捜索を行っており、その捜索しているタイミングでヒロインたちの援軍として登場する。
ルートによってはヒロインや攻略キャラを助けようとして命を落とすか、主人のためにかつての仲間を切り捨てるなどの敵エピソードがもの凄く多いのだ。
そのことを魂が覚えていたのか、前世の記憶が戻る前に私はウィルフリードに、こう言ったのだ。
『ウィルフリード様に死んで欲しくないわ。だから私はたくさんお金を稼いで、強くなってウィルフリード様が幸せになるように、ずっと傍で見守っているわ!』
そう彼は幸せであって欲しいと願ったけれど、シナリオ通り一王子の救援は間に合わなかった。前世の記憶が完全に戻ったのが、ランベルト王子が使節団と共に出発した日だったのだ。
ウィルフリードに泣きながら話したけれど、駄目だった。
その日からウィルフリードが死なないように、死亡フラグを折りまくった。もちろん悪役令嬢を回避して、ラスボスにならないため私は始祖の覚醒を封じることに心血を注いだ。シナリオ上、悪役令嬢が必要だとするなら、ラスボスになるよりはマシだと考えたのもある。
保険として信頼できるウィルフリードにゲームの知識を伝えた。
それは幼い日の王城の中庭での約束――。
私が八歳だった頃。
小さくて可憐な青い花が咲き乱れる場所で、当時十四歳だったウィルフリードに未来の話を打ち明けた。私が異世界転生者だということをも包み隠さずに伝えた。この世界では転移者や転生者は割と多いから、大丈夫だと思って。
未来の話にウィルフリードは真剣に聞いてくれた。目下の危機は六年後の王太子授与式だ。
第二王子エルバードは片腕と片目の負傷。妹のローザは亡くなる可能性がある。それだけは絶対に避けなければならない。
エルバードの王太子授与式を完遂するためには、何重もの防御結界を編み出しても難しい。それもウィルフリードに全て告げて、六年後の王太子授与式に臨んだ。
私は自分の記憶と吸血鬼族、始祖の力全てを集約させて、エルバード様とローザを守るために力を使い切った。その結果、私は前世の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまった。
ああ、そう。そうだった。
どうして忘れてしまっていたのだろう。
これでようやくリリスの荒唐無稽な話が理解できた。間違いなくリリスも《葬送の乙女と黄昏の夢》をプレイしたことがある転生者だ。
パキン。
宝石が跡形もなく崩れた瞬間、自分がしてきた結果を知って後悔と憤りでいっぱいになる。まだ『シナリオの強制力の影響で』とか、『回避不可な状態だった』ならまだ救いようがあった。でもこれはリリスが自分勝手の都合でシナリオを、世界をめちゃくちゃに悪変させたのだ。
なにより操られていたとはいえ、私の敵になったウィルフリードに殺意が湧いた。
操られていた。
しょうがいない。
それでも絶対に裏切らないと思っていた、信じていたウィルフリードの裏切りが、私の心を黒く染める。こんなバッドエンドを、私は認めない。覚醒することを微塵も躊躇わなかったし、破壊衝動が溢れ出す。
《吸血鬼女王の覚醒》。
その日、吸血鬼女王として私は再覚醒した。
「ルイス、ローザ、ミハイル、レーネ、マーガレット、ルー、シルエ……みんなここに連れてこられて殺された……」
そっと手を翳す。
深淵の陽射しも届かぬ場所で、青紫色の炎が燃え上がった。微かに金色の炎が混じり、燃やし尽くす。
美しく恐ろしい太古の炎。神の怒りと称された炎が今、激しく燃え上がる。
***
「おお! 蘇っている! なんと美しい!」
反撃の狼煙の炎を、何か勘違いした馬鹿が姿を見えた。
ああ、なんて愚かな。このタイミングで来るなんて、飛んで火に入る夏の虫とはよく言ったわね。
「二年前から呪術で魔力暴走を起こさせ、始祖の力を強める魔道具がこんなに役に立つとは! 高い金を出しただけのことはあった! お前たち、これで術式は成功なのだな!」
「え、あ……」
「これは……」
声を上げて歓喜に震えているのは、宰相ディカルディオと数名の死霊術者だ。私の遺体でも回収するつもりだったのかしら。死霊術者たちは私を見て真っ青な顔をしているわ。
「ふふっ、ふふふふふふふっ、あはははははは!」
それもそうだろう。死者蘇生による奴隷化をしようと考えたのだろうが、あいにくと私は自力で生き返ったのだから。思わず愚かすぎて笑ってしまった。
宰相ディカルディオが一歩、私の間合いに入った瞬間を待っていたわ。
ようこそ、地獄へ。
「群青色の炎」
「ぎゃああああああああああああああああ! な、なぜぁあああああ!!」
「あああああああああああ」
「たずげあああああ」
宰相を含めた術者を一瞬で火だるまにした。悲鳴を上げて逃げ惑う姿は、死の舞踊のようだ。少しだけ熱を下げて、できるだけ苦しんで死ぬように調節する。
なんともあっけない。
あれだけ謀略の限りを尽くしたのに、初歩的なミスをするなんて爪が甘いわね。
ああ、もっと早くこの男を始末しておけば、リリスもあそこまで増長しなかったかもしれないわ。ううん、あの女はどうあっても、国家転覆ぐらいしていたかもしれないわね。
まあ、メインデッシュはあとでじっくりいただくとして、まずは同胞を掬い上げなければ。
「さあ、目覚めなさい。私の可愛い眷族たち」
吸血鬼女王が生きていれば、眷族は死なない。
生前と同じ姿に復活するけれど、心が完全に死んだ場合、記憶はリセットされる。だから姿形は同じでも、私の知るルイスやローザではない。この復讐を終えるまで私の魂が保てばいいわ。どうせ全てを焼き尽くすのだから。
死んでも復活する──不死の軍団。
さぁさぁ、死の淵から蘇りなさい。守ろうとした者が愚かだったと気付いたのだから、報復をしなければ気が済まないもの。誰のおかげで今まで人類が生き残れたのか、忘れた愚か者を滅ぼしてしまいましょう。
燃え上がる炎に感化され、至る所で同胞の灯火が復活を遂げる。リリスが洗脳で支配した烏合の衆に対して、私の眷族は統率の取れた死を恐れぬ軍隊。さぁどっちが強いからしら。
一方的な蹂躙からの逆転劇。
青紫の炎が国の至るところで反撃の狼煙を上げた。
宣戦布告。
夜空の星は戦慄き、季節外れの流星郡が降り落ちる。
魔王よりも、邪神よりも、この世界の誰よりも起こしてはいけなかったのにね。復讐劇の幕を開けるため――奈落の淵から戻ってきたわ。
「ふふっ」
笑い声が漏れた。
心の底から笑ったのは、いつぶりだろう。
「あはっ、あはははははっはははははは! リリス嬢。悪役令嬢かつラスボスになって上げましょう。もちろん、お前たちがバッドエンドになるように全力を尽くしてあげてよ! そしてウィルフリード! 裏切ったお前も思い知らせてあげるわ!」
生まれ変わったような晴れやかな気持ちだわ。
吸血鬼の始祖返り、吸血鬼女王、夜を統べる者として、この世界に舞い戻った。
2025/08/22微調整をしました⸜(●˙꒳˙●)⸝