第19話 かつての推しとの対峙(改)
問い。
どうして、ウィルフリードがこの場所を知っているのか。乙女ゲームの設定やシナリオに詳しいのか。
答え。
私が幼い頃に乙女ゲーム《葬礼の乙女と黄昏の夢》のシナリオを詳しくウィルフリードの語ったから。
私の馬鹿!
あの知識を知っているのなら、封印されている間にジュノン様もろとも滅ぼそうと考える馬鹿がいるかもしれない。そんなことをしても魔獣は消えないだけれど!
ウィルフリードがわざと情報を中途半端に教えて、この場所を攻撃させた?
それともリリスがシナリオ設定を知っていて先手を打った?
ううん、乙女ゲーム《葬礼の乙女と黄昏の夢》の知識があれば攻撃に意味はない。むしろ世界の混乱が早まる……。
ウィルフリードが何を考えているのか、全くわからないわ。本当にジュノン様を殺したいなら「逃げろ」と言わない。……何がしたいの?
「二年前、君が記憶を失うきっかけになったあの魔神は、力ある者を取り込もうとしていた。死神、邪神、魔王、そして君も例外じゃない。……今は協力関係を築くことを勧める」
「……?」
何を言っているのだろう。敵はリリスや大国だと思っていたけれど、ウィルフリードは別の何か、魔神という敵を恐れている?
私が記憶を失った……まだ思い出せない何かがあるの?
「──っ、ウィルフリード、貴方……。(洗脳にかかっていない? ううん、今はそれよりも確認すべきことがあるわ。ランベルト様の安否確認……でも素直に答える? んー、あ!)……剣を捧げる人に再会はできたのかしら?」
「──ッ」
その言葉に、ウィルフリードの表情が崩れる。泣きそうな、けれど嬉しいという気持ちがない混ぜになった──そんな顔をしていた。温かみのある、かつて私が好きだった推しの姿だ。
ぶわぁあ、と一対二翼だったのが突如、二対四翼となって羽根を羽ばたかせた。気のせいか羽根がふわふわと浮かれているような?
「あっ、えっと、………………はい」
グッ。はにかんだ笑顔が最高すぎません?
第一王子に傅いて忠誠を誓うシーンが見たかった! なんて思う自分がまだいることに驚く。
ウィルフリードはゲームでもこの世界でも、私の大好きな人で、最高の騎士だった。そんな彼が私を殺そうとしたのにも、のっぴきならない理由があるはず……と理解すると同時に、自分の心が冷めていくのが分かる。
私を殺そうとしたのも、ルイスやローザを助けたのも彼なりの目的があったからだ。
洗脳の影響もあるかもだけど、今の所ウィルフリードはウィルフリードのままだわ。それを喜ぶべきか、私にはわからない。
いっそ問答無料で殺しに来たほうが、考えなくて死んだのに……。
「君のおかげで……っ、会えた」
「そう、それなら死にかけた甲斐があったわ」
「……君は、どうして。俺に殺されかけたというのに……」
味方を斬るしかないシーンでもこんな顔してました! 絶望の中にいても、誰かに認められなくても忠義を尽くす。その姿が痛々しくて、見ていて──見ていることしかできなくて悲しかった。
その思いに引っ張られて私は思いを口にする
「そうね。貴方には貴方の守るべき者がいる。だから道を違える場合もある。騎士として、心に決めた主人のために、頑張る人だって知っているわ。だから恨みはしない(……恨みはしないけれど、許しはしないし、敵対するのなら躊躇わないけれどね)」
「!」
裏切られたことをなかったことにはできない。ただ私が好きになった人は、そういう人だというのを思い出したのだ。じゃなきゃ今にも泣き出しそうな彼を前にして、こんなことは言わない。
私にわずかに残っている人間性がそうさせるのか。
「君は……何で、そう……」
「それでランベルト様はご無事なの?」
「…………ん?」
「人質として囚われているのなら、私が協力してもいいわ。……ああ、でももし私と敵対するなら──」
「……どうしてランベルト殿が……、もしかして記憶を取り戻した際に、彼に関心が?」
「関心も何も、貴方が剣を捧げた相手でしょう?」
ウィルフリードの表情が冴えない。何か話したらまずいことでもあるのかしら?
それとも洗脳の効果が少し残っている?
「…………その件で君に話すことは何もない」
「ウィルフリード?」
「時間だ。……君も早く脱出すると良い」
手を伸ばしたが空を掴む。ウィルフリードは転移魔法で姿を消してしまった。あ、私と敵対するのなら殺すと言っておけば良かったわ。
意味深な事ばかりだったが、今はそれどころではない! 脱出しなきゃ!
「ジュノン様、コレを羽織って!」
「え、きゃっ!」
「今、乙女っぽい反応は良いですから! ちゃっちゃとシャツになってこれを被って!」
「いやぁだぁあああああ! 破廉恥! お嫁に行けない」
「だあああ、煩いですわ! あとのその台詞は男子ではなく女子の特権です! たぶん!」
着ぐるみモコモコ冬用パジャマで前開き上下セット、フードは垂れ耳兎さんで可愛い。それを無理矢理着させて、フードも深々と被せたのち、ジュノンの手を引いて駆け出す。
極大魔法術式なら発動までに、数十秒ほどのタイムラグがある。外に出た瞬間、羽根を出して跳躍するしかない。
「ぐすん、お嫁に行けない……」
「あとで美味しいものや素敵なものを見せてあげますから、それで機嫌を直しなさいな!」
「ピアノは?」
「新しいのを新調しましょう!」
「……うん。…………どうして、キミはそんなに一生懸命なんだい?」
この神様は邪神であるにも関わらず、優しいのだ。
だから少しだけ口元が緩む。やはり私は元人間だと実感する。あの時、心を捨てなくて本当に良かった。
温かなもの、優しいものがやはり眩しくて、愛おしい。そう感じられる心があったからこそたどり着けた。
「私は正直者や、心優しい者が幸せであってほしい。その優しさを踏みにじる連中は死よりも恐ろしい目にあわせる。それが私の復讐よ」
間一髪で古塔を飛び出した段階で、背中から蝙蝠の羽根を生み出し一気に加速。途中で邪神のジュノンをお姫様抱っこにして抱えて、できるだけ駆ける。
ごぉおおおおおおおおおおおお!!
直後、雷鳴と共に凄まじい熱エネルギーが周囲を海ごと蒸発させた。
「──っ!」
大爆発。
圧倒的な魔力を惜しみなく使い、漆黒の魔法陣の範囲に存在したもの全てを欠片も残さず、この世界から消し去った。
古塔そのものを空間ごと完全に消し去った魔法は凄まじく、その衝撃は大きな津波を起こし、他国やラディル大国の港に大きな影響を与えただろう。下手すれば地形が変わるレベル!
ウィルフリード個人でアレを成した?
それとも──。
周囲を見渡したけれどウィルフリードの姿はない。私が復活したのを知られた以上、復讐を急がないと駄目ね。
今後のスケジュールを前倒しにしなくては、と脳内計算をしているせいで、両腕で抱えていたジュノンのケアをすっかり失念していた。
魔王城に戻ったら魔王アルムガルドには爆笑され、死神エーレンに叱られ、ルイスとローザには泣かれるという、とんでもない日となった。
ちなみにジュノンは「お嫁に行けない」と言葉を繰り返しながら、客間に三日間立てこもったのはまた別の話である。
2025/8/26内容を調整しました




