アリシア・ベイコード
「ブラズさん…」
「おう!」
ブラズはニカッと笑うと立てた親指で自分の後ろを指し、下がっていろと伝える。
奈白と女の子は素早くブラズ率いる部隊の後ろへと身を隠した。
「本当は1人ずつ…殺していく予定だったんですけどねぇ」
現れた部隊を一通り見回すと怪物が煩わしそうに首を捻り、コキリと音を鳴らす。
「敵はガレオンバイト、報告より変異体と推測」
言いながらブラズが手を前に振ると半円型にガレオンバイトと呼ばれる怪物を衛兵部隊が囲み、奈白の元居た世界でいうところのマシンガンのような武器を構える。
「フリージアッ!」
ブラズが手に持った玉をガレオンバイトに向けて握り潰すと、空気が爆発したような衝撃波を放ち、対象の周囲に冷気が舞う。
次の瞬間、ガンッという鈍い音が響きガレオンバイトが天を仰いだ。
ガレオンバイトの顎には真新しい打撃痕。
気付けばブラズは背に携えていた大剣を抜いており、振り上げたであろうその切っ先が勢いのまますでに半円を描き終えて地面に向けられるところだった。
顎が上がり前足が浮いたところで、それに合わせるように衛兵部隊が一斉掃射。
弾丸が無際限に浴びせられる。
よく見ると普通の弾ではなく、氷の弾丸だ。
着弾した箇所は次々と氷結し、渦巻く冷気がその隙間を埋めるようにまた氷を張り付け、更に強固な氷へと変わっていく。
数秒の後、銃撃が止んだと思ったらあっという間に首から下は氷漬けとなり、首から上は霜が付いたような形になっていた。
「…なんだ?生け捕りにでもしたつもりか?」
挑発するように笑うガレオンバイトの口から蒸気のように白い息が吹き出している。
「いや、すぐに氷を砕いて出てくるだろうな」
確かに氷の軋む音は止まず、ブラズの視線の先にはすでにもうヒビが入っている部分もある。
「弾切れになるまで撃ち続けるか?ケケッ」
「勘違いをするな。お前と話すために首を残した訳じゃない。動くと綺麗に斬れない_からだッ!」
ガガガガンッと再度鈍く鋭い音が、今度は幾重にも重なるように響く。
戦いに身を置き、実力のある者なら見えるのだろうが、ただの素人でしかない奈白にはブラズの動きはただ一振したようにしか見えていないようだ。
ガレオンバイトの抵抗によってなのか、ブラズの斬撃による衝撃によってなのかバリィンと砕ける身体中の氷。
気付けば宙を舞っている怪物の首。
ドスン。
と、それは奈白達の目の前に降ってきた。
「うわぁッ!!」
倒れている怪物の体から微かにほの暗い煙の様なものが立ち昇っては霧散していく。
「硬いな。同じ箇所に何度も斬撃を与えなければいけないとは…」
驚いている奈白達を横目にブラズが何か違和感を感じ取り、ガレオンバイトの体と頭部を見比べる。
(…障気が抜けていかない…?)
「離れろッ!まだ頭は生きているッ!!」
パカリ。
奈白達の眼下で口を大きく開いたそれからゴポッと聞こえたかと思ったら口腔内から爆発。
2人に向かって毒の液体が噴射された。
「クソッ!」
奈白は咄嗟に女の子を庇うように背中に爆風と多量の毒を浴び、2人とも吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた痛みに、体を起こしながら頭を押さえる女の子。
その傍らで動かない奈白が目に入る。
「ねぇ!返事しなさいよッ!ねぇッ!!」
「イレンツ、解毒はいけるか!?」
「やってみるが浴びた量が多すぎる!気休め程度にしか…」
「大丈夫だッ!すぐに病院へ運ぶからな」
「気をしっかり持つんだぞ」
「諦めるな!すぐに助かるからな」
薄れゆく意識の中、みんなの励ますような声がいつまでも鳴り止まなかった。
ーーーーーーー
一週間後
ーーーーーーー
「…うぅ…」
奈白が目を覚ますと目の前には白い空間。
もとい、見知らぬ白い天井が広がっていた。
「あ!やっと起きたわね!?先生とブラズさんに連絡してくるから、まだ大人しくしてるのよ」
(聞き覚えのある声…あの女の子だ…。良かった、無事だったんだな。…どれくらい寝ていたんだろう、まだ視界がぼやけてるや…)
手を開いたり閉じたりして感触を確かめてみる。
まだ微かに痺れが残っているようだ。
しばらくするとあの女の子と医者らしき老人が部屋に入ってきた。
「よく生還しましたねぇ!毒自体はわりとポピュラーなものだったんですが、量が量だったんでもう無理かもなって噂してたんですよ!ハハハ…ぃギッ…」
女の子から静かに腕をつねられている医者というのもまた珍しい光景である。
そうこうしていると今度はブラズが部屋に入ってきた。
「心配したぞ、よく生きててくれたな」
ブラズは笑顔で奈白の肩にポンと手を置く。
多少の他愛のない会話の後、まだ病床だからと医者が安静を促したため2人は出ていった。
「2人とも心配してましたよ。女性の方は毎日、ブラズくんも2日に1回は様子を見に来てくれていたんですよ。早く元気にならなければいけませんね」
医者はそう告げて優しく微笑むと退出していった。
病院での味気無い食事を食べると奈白はまた眠りにつく。
次の日また女の子がやってきた。
「もうほとんど大丈夫そうね。あの時はその…ありがと。…ハイ!これで礼は言ったから」
女の子は少しモジモジと恥ずかしそうにお礼を言った後、いつもの態度に戻った。
「ハハ…それを伝える為にわざわざ毎日…?」
「助けてもらっといてそこまで恩知らずじゃないから。それとアンタお金無いんでしょ?入院費用は私が払っとくわよ。私そこそこ稼いでるし、これで貸し借りはチャラね」
「マジで!?ありがとう!ありがとう!口が悪いだけじゃなかったんだな」
「ハァ?アンタね…」
「失礼するよ」
ブラズが入ってきた。
「元気そうでなにより。仲が良いんだな」
「いやぁ…」
「誰がこんなオッサンと」
空気はそこまで悪くない。
「んー、ま。ところで奈白よぉ、この前の件調べていたんだが結界に侵入された形跡は微量だが確かにあった。ほとんど気付かない程度のな。恐らく魔族側で結界を解析されたと考えて良い。少し時間は掛かったが今はもう結界の魔力構成を変えてある。侵入は出来ないはずだ」
(んー、ハッキングされたみたいな感じか?)
「それと侵入の際、数秒ではあったが白昼にも関わらず他の目撃者は誰も居ない。カメラにも映っていなかった。騒ぎになるまでは誰も敵の存在に気付かなかったんだよ、君を除いてね。さらにあの怪物はガレオンバイトではなくドッペルだった。食べた生物の姿や知識等を吸収して成り代わる魔物だ。壊れた家の家主は消息不明で恐らくだが殺されたんだろう、人の言葉を流暢に話していたしな。最後に毒を吐いたのも今までに取り込んだ何らかの生物の特性だろう」
奈白はまだ何も分からず、話される説明をただただアホみたいな顔で聞くしかない。
「…そういや何も分からないんだったな。単直に言うとお前には何かを視る力があるんじゃないかということ。そして魔族がまた目立つ動きを始めた可能性があること、だ」
「視る力…?」
「何それ、霊視的なこと?魔力探知と何か違うの?」
女の子は見舞い品の果物をかじりながら不思議な顔で聞く。
「いや、俺もよく知らないんだ。都市伝説みたいな資料しか無くてな」
「そうですか…まぁ自分でも全然分かってないので、本当にそんなのがあるならいいんですけどね。それで魔族がどうこうっていうのは?」
「あんたホントに何も知らないのね…」
「ハハハ…」
「この前怪物を倒した際、微かに障気が出ていた。障気を取り込んでいるというのは魔族と何らかの接触があったということ。そして、ガレオンバイトもドッペルも本来ならあそこまでの硬さはない。何か魔族から手を加えられたのではないかと見ている。結界の解析も博識な学者等を取り込めば出来るかもしれないが、ただの野良がそこに時間を掛ける理由が見つからないし、ヤツには明確な目的があったみたいだからな」
「なるほど?うんうん」
奈白は分かったような分からないような適当な相槌を打ちはじめる。
「やはり時期が近付いて…まぁ、なんだ。ここまで話したのはちょっと手を貸してほしくてな。いや、ずっと見回りをしてろって訳でなく、また異常を見掛けた時だけでいいから報せてほしいってだけだ。強制ではない」
「それくらいで良いのなら協力しますよ」
「それはありがたい。魔族はどんな手でも使うからな、奈白が気付かなければ被害は甚大だっただろう。悪いな、一方的なお願いみたいになっちまって。それじゃ、見回りの途中だし俺はそろそろ出てくよ」
「いえいえ、こちらも倒せるような力は無かったんで助かりましたよ」
手を軽く振ってブラズは出ていった。
「んじゃ、私もそろそろ帰るわ。礼も言ったし」
「ありがとうごぜぇました、お姉さまぁ」
女の子に対し、両手を擦り合わせて拝むように頭を下げる。
「何やってんのよ、気持ち悪い。…アリシア・ベイコードよ、名前。私ね、これでも小さいギルドのマスターやってるの。もし、働き口探しててあんたにやる気があるんなら鍛えてやってもいいわよ」
「え…」
「トワイライトガーデン、私のギルド名。気が向いたら探すといいわ」
少し自慢気に髪をなびかせるとアリシアは見舞い品の果物をまた1つ取って出ていった。




