転移
ふわりとした意識の中、奈白は目を覚ますとゆっくりと周りを見回した。
「…ここは…?」
すでに夜は明け、太陽が辺りを照らしていた。
今居る場所は、森の中で無いことは確かだ。
「痛っ…!?」
不意の痛みに咄嗟に右目を押さえると、赤い血が涙のように一筋流れて手に付いた。
「…そういや、化け物に目を…ん?…あ……る…」
奈白の中に確かに存在する、右目を抉られる感覚の記憶…。
リアルな夢だったのか、夢だとしたら一体どこから…?
そんな事を考えながら立ち上がる。
眼前に広がる広大な草原。
顔を撫で行く涼しい風が、色とりどりの鮮やかな花びらを運んでいる。
素直に綺麗な景色だ。
丘の向こうに高い建物が見える。
荒く整備されたアスファルトの道を辿って、とりあえずそこに向かうことにした。
近付くにつれ街の雰囲気が今まで見てきたものとは違う様子に気付く。
「何だよこりゃあ…」
見たことの無い動植物に文字の看板。しかし、言葉の意味は何故だか分かる。
街までもう少し、といったところか。
街の入り口付近まで来ると人々の姿も眼に入る。
服装もファンタジー等に出てくるものと良く似ている。
鎧を着た者や、剣や銃のような物を隠すわけでもなく携帯している者もいる。
呆然と眺める泥だらけの奈白を怪しんでか、入り口付近で話し合っていた衛兵の1人が話しかけてきた。
「そこのお前、何を見ている?」
この衛兵は入り口に立っている衛兵達と違い、大きな剣を背中に背負っており、鎧の風体もどこか違っている。
「…あっ!いいえ。気付いたら知らない道に倒れていて…ここは何処なんですか?」
「ここは、アルシフォル大陸の東、マルキスの街だ。それで、お前は何処から来たんだ?」
(アルシ…聞いたことねぇよ。日本の森の中にいたはずだぞ。ってか、言葉が分かるし…!?マジでどうなってんだ?)
奈白には聞いたことの無い地名と街の名だった。
混乱し、言葉が出てこない奈白に衛兵がさらに言葉を重ねる。
「それにお前の汚いなりは何だ?何処かから脱走でもしてきたんじゃあるまいな?」
ボサボサの髪、剃り残しの無精髭、森で転げ回って汚れた衣服。
確かに怪しまれるには十分の見た目だ。
「え?いえいえ!決してそんなことは。ハハ…日本って知ってますか?そこから来たん…ですが…」
恐る恐る奈白が尋ねる。
「日本…?知らないな。少なくとも周辺地域には無い。」
予想通りの答えに、やっぱりかと苦笑いしか出ない。
(夢なのか現実なのかどっちなんだよこれ…)
「まぁ見たところ武器は持ってないようだし、敵意も感じない。が、こちらから見ればこの前捕らえたコソ泥と大差ない格好、正体不明で目的不明の怪しい人物に変わりはない。提案ではあるが兵舎に行くのはどうだ?捕まえるわけではない、兵舎に行けばお前の知りたい情報が何かあるかもしれないし、素性が分からない以上監視を付けたいと言うのがこちらの意見だ。どちらにも得する条件だと思うが。」
(見た目は連行されてるのとあまり変わらない気がするけど、変に波風も立てたくは無いし、まぁ良いか)
「はい、それでお願いします」
背に大剣を背負った衛兵は、直前に話し合っていたもう1人の衛兵の肩を軽く叩くと、奈白を連れて一緒に兵舎へと向かい歩き出した。
目に入るもの全てが真新しく、心が高鳴ったがイメージと違い街の様相は現代のそれに近かった。
(…何か、俺の知ってる異世界ファンタジーよりもだいぶ今っぽいんだな)
街の中に入ると現代風の服装の人々も見掛ける。スーツ姿の人もいる。
コンビニや本屋等も見掛け、予想していた異世界とは違う世界があった。
背の高い建物もあるがちらほらと散見する程度で奈白の世界と比べて数は少ない。
その中でも一際高い塔のような物が遠くからでも確認出来る。
整備された道、電柱なんかもある。バスみたいな乗り物も走っていて、遠くに電車のような物も見える。
多少の案内を受けながら歩き、塔に近付くにつれて大きな城も見えてきた。
塔を囲むように大きな城が建っているようだ。
城と思われる大きな建造物を横目に兵舎に入ると中は予想以上に充実していた。
一通りの武器は揃っているのはもちろんの事、小さな図書館ほどの書物や資料、軽食や飲み物を扱う自動販売機の様なものまで完備されていた。
「お前、何か飲むか?」
衛兵が優しい声色で尋ねる。
「あっ、えぇ…じゃあ、水をいただけますか?」
(どれがどんな味かも分かんねぇし、というかここでは水は水という名前なのだろうか…)
「別に遠慮なんて要らないのによ」
衛兵はハハッと笑いながら自販機から出てきた水の入ったボトルの様なものを手渡して椅子に腰掛けた。
「ありがとうございます」
余程喉が乾いていたのかお礼を言うなりすぐに水を口に流し込む。
「…何だこれ?あまり…」
奈白はそう言いながら少し顔を歪ませる。
「兵舎のやつは特別に魔力が供給出来るようにマジックパウダーが入ってるからな!味は…まぁ評判は良くないな!」
衛兵がガハハと笑う。
「ところで、名前は?」
「明石奈白、と言います」
「確かにあんまり聞かない名前だな。俺はブラズ・バーズだ」
奈白はここに来るまでの今までの出来事を順番に話していった。
「それは災難だったな。ちょっとした身体検査を済ませたら後は好きに調べ物でもすると良い。何か困ったことがあれば近くの誰かに聞いていいからな」
ブラズは立ち上がると先程までの笑顔は何処かへ、怖い表情を覗かせる。
「…まだ信用したわけでは無い。ここを出る時は声を掛けるように。それと武器には触るな。触ると腕が吹き飛ぶぞ」
ブラズはそう言いながら奈白に腕輪の様なものを装着した。
「これは…?」
「阻逆の腕輪っていう物だ。この腕輪に登録されている武器以外の武器の使用を感知すると腕輪が小範囲を巻き込んで弾け飛ぶようになっている。そして、この腕輪には何も登録されていない。つまり、全ての武器に拒否反応を起こすってことだ。罪人用だが悪くは思わないでくれ、ここを出る時には外すから」
「…え、あぁ…はい」
(さっきの魔力もだけどマジ?やっぱり完全に違う世界来てるよな…。ってか武器以外も触りたくなくなるわ)
その場を離れたブラズを見送り、周りを見回す。
(どうすっかなぁ?…とりあえず地図くらいは見てみるか)
資料棚から地図を取り出し開いてみる。
(んー、分かんねぇ…。取り敢えず世界には海を隔てて9つの大陸があるようだな。やっぱり全く知らない世界だな)
世界地図を閉じ、周辺地図を見てみる。
(んー、同じく分からんから良さそうな店の位置くらいは覚えておくか。というかこの地図かなり詳細だな。…あっ!異世界ならやっぱり魔法だよな。魔法関係の店とか無いのか?)
色々と探しながら地図をゆっくり眺めていると地図上になにやらポンッと可愛い音を立てて追加された。
(…うおっ!?…マジかよ!リアルタイムで新しい建物追加されていくのかよこれ!?魔法じゃん!)
奈白は夢中になって室内にある色々な本を見て回った。
「…どうだ?何か情報は見つかったかい?」
そうこうしてるとブラズが様子を見に戻ってきた。
あれからもう5時間も経過していたらしい。
「うわ、もうこんな時間…。すいません入り浸ってしまって。何というか、何も分からないって事が分かりましたっ」
奈白は結構楽しかったのか屈託なく笑って答える。
「クハハッ、こんな場所で楽しそうにしてるヤツは初めて見た。お前は本当に何も知らないとこから来たんだな」
ブラズの言葉に気恥ずかしさを感じ、ハッと冷静に戻る。
(いい歳して俺は何をはしゃいでんだよ、いやでも魔法見ちまったんだからしょうがないよな、うん!)
「行く当てが無いならここに泊まってもいいが、俺の家に来るか?」
「あぁ…いや、そこまで迷惑は掛けられません」
「そうか、まぁどちらにせよその格好では変な目で見られるだろう。兵士用のシャワー室使っていいから綺麗にしてこい」
「えっ、いいんですか?」
「あぁ。それと汗かいたとき用の着替えだ。古いやつだからやるよ。ちょっと汗臭いかもしれんが」
ブラズがタオルと服を投げ、少し冗談めかして笑う。
「ありがとうございます!いい匂いっすよ」
笑って返事を返したが、ちょっと乾ききっていないのか生乾き臭が香る。
シャワーと着替えを済ませ、腕輪を外してもらうとお世話になったお礼を言って外に出た。
「俺はここに居たり、巡回したりしてるから困ったらまた来いよ」
ブラズに手を振り、兵舎を離れたがもう日が暮れてしまっていた。
(良い人だったな…)
(ちょっと早いが今日は野宿で良いか。盗られるものも持ってないし、この世界のお金も無いし)
公園のような場所の端で奈白は眠りについた。




