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アオハル・スノーガール  作者: 無月弟
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ここに来て良かった

 ……気がつけば、一気に捲し立ててしまっていた。

 髪を染めた理由を、ちょっと話すだけのつもりだったのに。質問に答えているうちに感情に歯止めがきかなくなってしまって。いつの間にか転校してきた理由にまで話はのぼっていた。

 自覚はなかったけど、もしかしたらずっと、誰かにこの事を話したかったのかも。秘密にして抱え込んでいるには、辛すぎたから。


 けど、ダメだなあ。悪くなった空気を変えるつもりだったのに、逆に悪化させてしまった。

 今や空気が重たいどころか、冷たさまで感じるようになってしまっている……いや違う! これは本当に、気温が下がってるんだ! 


 ネガティブな気持ちになると冷気を放出してしまう、雪女特有の冷え冷え体質。無意識のうちに、部屋を冷やしてしまっていた。

 幸い、吹雪を起こしたり霜を降ろしたりはしていなかったけど、見ると里紅ちゃんや楓花ちゃんは深刻な顔をしつつも、寒そうに腕を擦っていた。

 ごめん、真剣に話を聞いてくれていたのに、寒い思いさせちゃって。


「綾瀬……」


 冷気を出さないよう気持ちを落ち着かせていると、岡留くんが声をかけてきて……ひいっ!?


 目を向けて、悲鳴をあげそうになった。

 彼はまるで、この世全ての怒りを自らの内に閉じ込めて、だけどとても抑えがきかずに漏れ出しているような、それくらい物凄い形相をしていた。

 鬼のコスプレをしている最中だったけど、本物の鬼よりもよっぽど恐いよ!

 ひょっとして、今の話つまらなかった? 下らない話を長々としてるんじゃねーよって、怒らせてしまったのですか!?


「なあ、今の話…」

「ご、ごごごごめんなさい! つまらない事を話しっちゃってごめんなさい!」

「は? 待て、いったい何を言っているんだ?」


 普通に話しているはずなのに、まるで彼の一言一言に怒気がこもっているように思えて。

 見れば他の皆も恐る恐ると言った様子で、「岡留くん抑えて」、「千冬ちゃんに噛みつかないでよ」なんて心配している。

 だけどそんな中唯一白塚先輩だけが、苦笑いを浮かべた。


「あー、みんな待ってくれ。岡留くんは何も、千冬ちゃんを取って食おうとしているわけじゃない。彼は普段は能面のような面構えだけど、度を越した怒りを覚えたら今みたいになってしまうんだ」

「そ、それじゃあやっぱり、私に怒っているんですね」


 もう血の気なんてとっくに引ききってしまっていたけど、さらにもう一度全身に冷たさを感じながら。再度頭を下げようとしたけど、その前に岡留くんが言ってくる。


「いや、そうじゃなくて。怒ってるのは綾瀬にじゃなくて、先生や難癖つけてきた上級生の方にだよ」

「えっ……?」

「だってそうだろう。学校のイメージだかなんだか知らないけど、そんな下らない理由で髪を染めろとか。嫌がらせをしたり、それを守ろうと知んなかったり。神経を疑うよ」

「私も同感。千冬ちゃんは何も悪くないだろう。むしろ怒るべき案件だ」


 私を怖がらせまいと気遣うように、声の調子を落として喋る岡留くんに、白塚先輩が同意する。

 そして、怒っているのは彼らだけじゃない。


「その先生も先輩も酷すぎ。今からでも訴えられない?」

「千冬ちゃんが転校してきたのには、そういう理由があったんだね。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」


 不機嫌を露にする里紅ちゃんと、心配そうな目をする楓花ちゃん。他の写真部の人達も、顔をしかめている。


 何だか、思っていた反応と違う。

 出る杭は打たれる。向こうでは理由はどうあれ、悪目立ちしていた私が悪いって雰囲気だったのに。


 予想外の展開に戸惑っていると、白塚先輩が腕を伸ばしてきて。暖かな手が、そっと頭を撫でた。


「どうやらずいぶんと、嫌な思いをしてきたんだね。でも、こんな事を言っても慰めにならないかもしれないけど、辞めて良かったって思うよ。無理をしてそんな場所にいても、苦しいだけだからね」

「白塚先輩……。でも私、逃げ出しただけですし」

「それのどこがいけないんだい? 少なくとも私達は、君と会えて嬉しかったよ。ここに来たのは、間違いじゃなかったって事だ」


 頭を撫でながら、優しく微笑む白塚先輩。

 鬼姫の格好をしているけど、まるで聖母のような包容力があって。見つめられると、目の奥と胸の中が熱くなっていく。

 毎日が苦しくて逃げ出してきただけなのに。かけられた言葉が全身を駆け巡り、溶けてしまいそうなくらい、嬉しかった。


(……そっか。私は、ここに来ても良かったんだ)


 ……まずい、泣きそう。

 みっともない姿を見せたくなくて泣くのを我慢していると、里紅ちゃんと楓花ちゃんも先輩に続く。


「別に逃げるのは悪くないじゃん。だいたい逃げるのって戦うのと同じくらい、勇気がいる事でしょ。千冬は嫌な所から抜け出せて、アタシ達は楽しいんだからウィンウィンじゃない」

「そんな酷い学校なんかより、絶対にこっちの方がいいよ。偏差値はあんまり高くはないけどね」


 ……うん……うん。

 そうだね。私も今の方が楽しいって、心から思えるよ。


 向こうの方が周りにたくさん物があるし、有名大学への進学率の高い名門校だったけど、もう戻りたいなんて思わない。

 今さら戻っても居心地が悪いというのももちろんあるけど、一番の理由はここにいると楽しいから。ちゃんと私の事を受け入れてくれる。当たり前みたいなそんな事が、今はとても愛しく思えてならない。

 嬉しくて、胸が熱くて、溶けちゃいそう。


「なあ、綾瀬のその髪、染めて黒くなっているんなら、元に戻す事はできないのか?」


 暖かな気持ちで胸がいっぱいになっていると、岡留くんがそんな事を言ってきた。


「元々、好きで染めた訳じゃないんだろ。たぶんだけど、元の白色に戻した方が、似合ってそうな気がするし。シャンプーで洗い流すなんて、できないのか?」

「うーん。汚れを落とすのとは違うので、そう簡単には落ちないかと」


 だいたい、頭は毎日しっかり洗ってるんだもの。それくらいで落ちるくらいなら、もうとっくに元に戻ってしまっている。


 戻すとしたら髪が伸びるのを待つか、改めて白に染め直すか。

 だけど伸びるのには時間がかかるし、白は白でも、作った色で染めるのってどうなんだろう?


「脱色剤使ったら、どうにかならないかなあ?」

「けどあれって、髪を痛めない? アタシもよく知らないけどさ」


 楓花ちゃんと里紅ちゃんも一緒に考えてくれるけど、こればかりはどうしようもない。だから黒く染める時は、最後まで悩んだんだっけ。


 けど、私もやっぱり、元の色に戻したいなあ。

 もう変に目立つのは嫌だと思って染めたけど、本当は大好きだった白い髪。おばあちゃんとお揃いの、雪みたいに白い髪に、戻すことができれば……。


「ん……ああっ!」

「どうした?」


 突然叫んだ私に岡留君が目を向けてきて、他のみんなも、一様にこっちを見る。

 ふと思い出したのだ。お気に入りの髪を染めて、元気の無かった私に、おばあちゃんが言ってくれたこと。確かあれは……。


「もしかしたら、あるかもしれません。髪を痛めなくて時間を掛けずに、元に戻す方法が」


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