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プロローグ ~『黒の聖女は追放される』~

新作投稿です。当分の間は毎日更新します!


 聖女。それは癒しの力を持つ者の呼称であり、歴史上でも数えるほどしかいない。


 イグニス男爵家令嬢のアリアも、そんな聖女の一人だった。


 彼女の癒しの力は貴重な能力だ。それは王国に繋ぎ止めるため、公爵家との縁談が組まれるほどだった。


 公爵夫人としての人生が約束された彼女は幸せな日々を過ごす……はずだった。


「アリア、貴様のような根暗な聖女とは一緒に暮らせない。私との婚約を破棄させてもらう」


 王宮での仕事終わり、自室に帰ろうとしていたアリアは、渡り廊下で婚約者のハインリヒ公爵に呼び止められる。


「私との婚約を破棄したい? 正気ですか?」

「ふん、私はずっと貴様が嫌いだったのだ。特に、その眼の下にできた隈は、まるで魔女のように不気味だからな」


 ハインリヒ公爵は金髪青目の麗人だ。この特徴は王国の貴族に共通している外見で、アリアもまた黄金を溶かしたような金髪と、澄んだ青い瞳、そして白磁の肌を持っている。


 しかしアリアの美貌は影を潜めていた。これもすべて長時間労働のせいである。


 聖女としての務めは、太陽が昇ると同時に始まり、夜の帳が落ちる頃まで続く。本日の業務時間も十二時間と、一日の半分を労働に費やすような状況だ。


 労働時間が長いと睡眠も削られる。隈ができるのも不可抗力だ。


 しかもアリアは、聖女の務めを休ませてほしいとハインリヒ公爵に願ったことがある。しかし彼の返答はノー。自分の立場が悪くなるからと、アリアに労働を強要した。


 つまり目の下の隈は、ハインリヒ公爵こそが原因なのだ。あまりに理不尽だと睨みつけるが、彼は態度を崩さない。


「睨みつけても無駄だぞ。私が貴様を嫌っているのは容姿だけではないからな」

「私の何がお気に召さないと?」

「貴様の回復魔術だ。なんでも死者さえ蘇生するそうではないか。不気味な力を持つ女を嫁にするつもりはない」

「はぁ、そうですかぁ」


 アリアはハインリヒ公爵の現状認識能力のなさに呆れてしまう。彼女が王国で重宝されているのは、その死者さえ蘇らせる回復魔術に価値があるためだ。


(私もこんな力がなければ今頃自由に暮らしていましたよ)


 神の領域に足を踏み入れた聖女は、周辺諸国が喉から手が出るほど欲しがる人材だ。だからこそ王国は公爵夫人という餌を用意した。


 公爵夫人になれば、実家のイグニス男爵領にも金が流れてくる。領民が幸せになれるからこそ、アリアはこの婚約に同意したのだ。


「悩んでも結果は変わらん。貴様に婚約破棄を拒否する権利はない。私の要求を大人しく受け入れるのだ!」

「私は受け入れても構わないのですが、我々の婚約は陛下の定めたものですよ。ハインリヒ様の意思で解消できるはずがありません」


 ハインリヒ公爵との婚約関係は、王国に聖女を縛るための餌だ。彼の意思で左右できるものではない。


「ふふ、それなら問題ない。なにせ代理の聖女を確保しているからな」

「代理……まさか⁉」


 王国に聖女は二人しかいない。もう一人の聖女の顔が脳裏に浮かぶ。


「そのまさかだ。なぁ、フローラ?」

「はーい♪」


 建物の影に隠れていた女性が、名を呼ばれて勢いよく駆け寄ってくる。紺のドレスで着飾った彼女は、黄金を溶かしたような金髪と、海のように澄んだ青い瞳に加えて、アリアと瓜二つの容貌をしていた。見間違えるはずもない。双子の妹であるフローラであった。


「どうしてフローラが……」

「ごめんなさいね、お姉様。公爵様は私が貰うことにしましたの♪」


 悪びれる様子もなく、フローラは微笑む。この妹はいつもそうだった。アリアの持っている物を羨み、横から奪っていくのだ。


「フローラは貴様と同じ聖女だ。大臣たちも婚約には賛成するだろう。誰もが望む美しい花嫁になる」

「公爵様、大好きですわ♪」

「ははは、愛い奴だ」


 外見はアリアと瓜二つだが、フローラは甘やかされて育ってきたため、天真爛漫な笑みを絶やさない。きっと男性受けする性格だ。


 一方、アリアは長時間労働で疲れ果てているせいで肌も荒れている。同じ容姿なのに印象は大違いだ。


 だからこそ心無い者は、フローラを白の聖女、アリアを黒の聖女と呼ぶ。ハインリヒ公爵もそんな人間の一人だった。


「白の聖女であるフローラがいれば、貴様にはもう用はない。私はこの娘と幸せになる」

「ごめんなさい、お姉様。私、幸せになりますから」


 あまりに身勝手な言い分だが、怒りはない。冷静に事実を受け入れる。


「これで私は自由の身ですね……」

「王宮には二度と顔を出すなよ」

「ええ、二人の愛の巣にお邪魔するつもりはありません」


 アリアは二人に背を向けて、駆けだしていた。目尻からポロポロと涙が零れる。


「ふふ、私は自由……こんなに素敵なことがあるでしょうか……」


 零れた涙は悲しさではなく、喜びから生じたものだった。


 今までは婚約のせいでブラックな職場環境から逃げ出すことができなかった。だがフローラが聖女の務めを代わってくれるなら話は別だ。


 彼女もまたイグニス家の男爵令嬢だ。公爵夫人となれば領民たちは潤うことになる。


 つまりアリアは何も失わずに、休みを手に入れたのだ。泥を被ってくれた愚かなハインリヒ公爵には感謝さえ感じていた。


(後腐れなく、円満に退職できましたし、第二の人生を謳歌するとしましょう)


 王宮を追放されることになったアリアは、上機嫌でこれからの人生に想いを馳せる。同時に、聖女の業務を引き継ぐことになるフローラを不憫に思うのだった。


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