隣のクラスにいるオドオド系女子が想像を絶する〇〇だった件
「……あ……大丈夫?」
優しげな声音が俺を包み込むように響いた。
そして、俺は顔を上げる。
そこに居たのは――
「……えっと、君は誰だっけ」
俺の知らない子だった。
彼女は俺の呟きに目を見開き、それから悲しそうな表情で俯いてしまった。
その仕草はまるで、俺に好意があるかのような熱っぽいものだった。
「えっと……私、隣のクラスの……」
──誰だ?
他のクラスに知り合いなんていただろうか。いやいないはずだ。
俺は常々誰かと仲良くなれたことがなかった。
「ごめん。やっぱり分かんないわ」
彼女は恥ずかしそうに体を揺らしながら、小さく呟く。
「佐藤……瑠美」
「佐藤、さん……?」
やっぱり知らない子だ。
でも、何だろうこの感覚……。どこか懐かしさを感じるような。
気のせいだろうか……?
面識はないはずなのに、どこかで顔を合わせたような気がするんだが……いや、やっぱり思い出せない。
俺は彼女との接点を考えるのはやめた。
「それで、何か用かな?」
「いや……その、怪我……大丈夫?」
「怪我? ああ……!」
そうだった。
俺は同じクラスの男子数人にタコ殴りにされていたんだった。
声をかけられたことが衝撃過ぎてすっかり忘れていた。
「……いっつ!」
「……大丈夫、ですか?」
「うん。平気だよ……」
一度思い出してしまうと、傷口がひどく痛む。
それに、頭から流れ出る血も止まらない。
──どうしようか。
多分、保健室に行った方がいいんだろうけど。動くのも億劫なくらいに頭がぼんやりとしている。
そんな中で目の前の彼女は、鞄をゴソゴソと漁り出す。
「あの……良かったら、これ使ってください」
彼女はタオルを差し出してきてくれた。
「いや、そんな……」
「遠慮しないでください……怪我、痛みますよね?」
「……まあ、そうだね」
「じっとしていてください」
有無を言わせずに彼女は俺の額をタオルで強く押さえた。
「あの佐藤さん。ありがとう」
「いいんですよ……それより、どうしてこんなことに?」
「それは……」
話してもいいものなのか分からない。
だが、こうして俺を心配してくれている彼女には話しておくべきだろう。
「実は俺、クラスの男子にいじめられててさ。さっきのも、その一環というか……」
「そう……だったんですね……」
「ごめんね。不快な気分になったよね」
こんな話をされて佐藤さんはきっと、反応に困っているはずだ。
そう思っていたのだが、彼女の瞳は真っ直ぐ俺に向けられ、噤まれた口は決意を固めているかのようだった。
「あの……因みに誰にいじめられているのですか?」
「いやだから、クラスの男子に……」
「そうじゃなくて……いじめている人の名前。誰なんですか?」
──名前? なんでそんなことを聞きたがるんだ?
先生にでも言うつもりなのだろうか。
そんなことをしてもきっと解決しないだろう。
しかし、ここで嘘をつく理由もない。
ここは正直に答えておくことにした。
「……長谷川君たちって分かるでしょ。派手な髪色の……ほら、サッカー部の集まってるグループだけど」
「そう……ですか。分かりました。私に任せてください」
──任せるって何を?
俺は疑問を浮かべるが、彼女はもう遠くの方に視線を向けていた。
「あの、これ貸しておくので……私、行くところがありますから!」
「え、あっ……ちょっと! 佐藤さん⁉︎」
──行ってしまった。
今のは、なんだったのだろうか。
考えても答えは出ない。
俺は彼女に貸してもらったタオルを額に当てながら、家に帰ることにした。
▼▼▼
翌日の登校日。
俺は心底憂鬱な気分だったが、クラスに足を踏み入れた時に何か違和感を感じた。
──あれ? 長谷川たちがいない?
俺をいじめていた長谷川たちサッカー部の面々は誰一人として教室にいなかったのだ。
不思議に思いながらも席に着くと、隣の女子生徒が話しかけてきた。
「ねぇ……長谷川君たちのこと聞いた?」
「……え、何を?」
「あいつら昨日、警察に捕まったらしいよ」
「え……?」
──どういうことだ?
「なんでも、スーパーで万引きしてたのがバレたらしくて、お店から訴えられたんだってさ。それとは別に長谷川たちが色んな人に暴行振るってたっていうタレコミもあったらしくて……」
そしてその女子生徒は、さらに衝撃的なことを口にした。
「長谷川たち……退学だってさ」
「……え? 本当に?」
「本当だって、職員室で先生たちが騒いでいるの聞いた子がいたらしいよ。
思わず耳を疑った。
──退学? そんな急な話があるのか?
「まあ、どうせホームルームの時間に詳しい話されると思うよ」
「そっ……か」
頭に何も入ってこなかった。
長谷川たちが逮捕されたという話は瞬く間に学校中に広がった。
いじめられ続けると思っていた日は、突然終わりを迎えた。
──なにも分からないまま、終わりを迎えた。
▼▼▼
「あの……新垣くん?」
名前を呼ばれ、顔を上げるとそこには昨日と同じような心配そうな顔をした佐藤さんがいた。
「こんにちは佐藤さん。昨日ぶりだね。あっ、タオルありがとう。助かったよ」
「うん……」
当たり障りのない言葉を交えつつ、俺は一つだけ彼女に尋ねた。
「ねぇ……佐藤さん」
「なんですか?」
「長谷川たち……逮捕されたみたいなんだけど……もしかして何かした?」
彼女は少し沈黙を挟んでから、首を横に振った。
「ううん。私は特になにもしてないですけど……」
──そうか。何もしていないのか。
彼女は首を傾げながら、こちらの顔を見上げてくる。
「あの、どうして?」
「いや……何でもないんだ。気にしないでくれ」
「でも……」
「いいんだ。本当に大丈夫だから……」
これ以上聞くことはない。
もしかしたら、彼女が何かしたのかと思った。でも、違うのなら……それでこの話は終わりだ。
「あっ、そろそろ次の授業に行かないと。佐藤さん、昨日は本当にありがとうね」
「ううん……気をつけてね」
そのまま佐藤さんと別れる。
去り際に振り返ると……そこにはもう彼女の姿はなかった。
▼▼▼
──ああ、ああ。良かった。
これで新垣君は救われた。
邪魔者はこの学校からいなくなった。
彼のことを痛めつける存在は許しちゃいけない。
──新垣君、新垣君、新垣君、新垣君、新垣君、新垣君、新垣君、新垣君君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君新垣君……ッ!
どんな危険からも、私が一番に守ってあげる。
廊下で静かに佇む姿を一目見て、私は彼のことが好きになった。
それからは毎日毎日、彼のことをだけを見続けた。
雨の日も。
風の日も。
雪の日も。
学校が休みの日も。
ずっとずっと、私は彼のことを見続けてきた。
彼が傷つけられれば、私もその痛みを味わったように心が痛む。
ああ、辛い辛い。
彼の苦しみを消してあげたい。
彼を縛る悪環境を壊し、整備し、再構築し、何もかもを私と彼の理想郷にしてあげたい。
──だから……彼に手を出そうとする人たちには私も同じ苦痛を与えた。
これは罰だ。
新垣君のことをいじめるだなんて許せない。
私の新垣君。
私だけの新垣君。
新垣君が笑うことのできない世界なんて……必要ない。
──でも、もう大丈夫。
新垣君を苦しめ続けた元凶は消え去った。
──もう、誰にも渡さない。私の大好きな人……。
放課後になり、いつものように帰ろうとすると、背後から声をかけられた。
「あの……佐藤さん」
──ああ、耳がととろけてしまいそう。
新垣君から声をかけてくれるなんて、こんな幸せがあっていいのだろうか。
離れた場所から見ていることしかしていなかった私が、咎人を罰したことによって距離が一気に縮まった。
「あ……新垣君、どうしたの?」
「そのさ……途中まで一緒に帰らない?」
──ついに彼の隣を歩けるのね。
新垣君の後ろ姿を見ているのも幸せだったが、それ以上に幸せな気分だ。
「う……うん。いいよ」
「じゃあ、行こうか」
少し頬を染めている彼が可愛くて仕方がない。
これから先も私が彼を守っていこう。
だって彼は……私だけの王子様になる人。
──その邪魔は誰であっても許さない。