小公爵の過去
「お姉様、サイクスお義兄様、ハルト様、ご心配おかけしました…。
もう、平気ですわ。落ち着きましたわ…。」
「リゼ…。あのハルト様、妹を休ませたいのですが…?」
「お姉様、そんなご迷惑で…」
「今、部屋を用意させよう。」
「いえ、あの、ハルト様…?」
「どうかしたのかい?歩けないなら、抱えようか?」
「いいえ!そ、そんな!あの、本当に大丈夫なので…」
「リゼ、少し休ませてもらいましょう?まだ身体が…」
まだ震えている彼女をマリアはとても心配している。
「はい…。お姉様。ハルト様、申し訳ございません…」
「こちらへ。」
ハルトの案内でマリアとサイクスとゆっくり進んでいく。
案内されたのは、空調の整っているシンプルな部屋だった。
「エリーゼ、ここに座って?」
ハルトに促され、ソファに座る。
「あ、ありがとうございます…。
あの、ハルト様にお訊きしたいことが…」
「どうしたんだい?」
「ハルト様とは初めてお会いしたはずなのに、その先程…」
「うん。実はエリーゼとははじめましてではなかったんだ。」
「えっ?」
ーとある茶会ー
ハルトは茶会で令嬢たちに言い寄られるのに辟易し、静かであろう庭園にいた。
一息ついていると、静かだった場所に急に令嬢の声が響いた。
「貴女のような賤しい身分の女のせいで、
婚約者が離れてしまったのよ!どうしてくれるの!?」
「子爵令嬢如きがいい気にならないで!お金しか取り柄がないくせに!」
どうやら、どこかの子爵令嬢が何人かの令嬢から虐めにあってるらしい。彼女たちから、自分は見えないらしく、罵声はエスカレートする。
「子爵令嬢なのだから、男漁りをするなら、下位貴族だけのお茶会にしてちょうだい!」
「目障りなのよ!」
バッシャーン!!
令嬢が突き飛ばされたらしく、噴水の水面が激しく揺れ水しぶきが上がる。
「ふふ!ずぶ濡れがお似合いよ!」
「惨めねー!」
「はは!ではご機嫌よう!」
他の令嬢たちは去っていった。
「エリーゼ!!」
噴水に突き飛ばされた令嬢の元に父親らしき人物の声が聞こえてきた。
(子爵令嬢はエリーゼというのか。)
彼は見つからないように、そっと様子を窺う。
そこいる少女…エリーゼ子爵令嬢を見た瞬間、雷に撃たれたような感覚が襲ってきた。
(不謹慎だが、美しい少女だ…)
濡れているエリーゼを見て、ハルトの頬が染まる。
(エリーゼ…子爵令嬢か…また会えるかな…)
ハルトは当時のことを話して、見て見ぬ振りをしたことを謝罪し、言葉を続ける。
「その後、伯爵家のどの茶会にも君は参加していなかった…
下位貴族だけの茶会に、私は参加出来ない…もう、二度と会うことはないんだって思っていたんだ。
ウォルト侯爵家の養子になってたのだね。
サイクスやマリア嬢から聞いて、
驚いていたんだ。
こんなめぐり合わせもあるのだと…。」
「そうだったのですね…。
まさか、あれを知っている第三者がいるなんて…」
「幻滅したかい?」
「えっ?」
「当時は令嬢同士の醜い争いなど知らぬ存ぜぬだったんだ。」
「いえ。あの、上手くは言えないのですが、
恐らく、その時にハルト様が私なんかを助けたら、
火に油を注ぐことになったと思うんです。」