クラスで孤立していたギャルが可愛いって、今更気づいてももう遅い!
ギャルが好きで、つい書きたくなってしまいました。
一部、性的かつ攻撃的なセリフがあったので、R15とさせて頂きました。
コギャル……それは平成という時代を人々に思い起こさせる聖遺物。
最近になってまたルーズソックスだの派手めにデコったプリだのが流行り始め、むしろ平成レトロ、平成ノスタルジックなんて言われて持て囃され始めているらしいが、僕の通う高校では膝上丈のスカートに、脛の半分より下くらいの紺色ソックスが主流だ。
僕の名前は長谷川一。一と書いてエースと読む、いたって普通のキラキラネームだ。ちなオタクな(これ重要!)
キラキラなネームにも関わらず校則に従った完璧なまでに地味な僕には、想い人がいる
それは隣の席のデコ盛り派手系少女、戸崎姫愛空さん。これまたバッチバチのキラキラネーム。ギャルのサラブレッドだ。
戸崎さんは末広の奥二重を、ギャルに必須の幅広並行二重にするために瞼にいつも専用テープを貼ってくる努力家で美意識が高い。
戸崎さんは今日も校則違反のアッシュ系ブロンドヘアをコテで巻いて、かき上げたようにセットされた長い前髪はセクシー。丸いおでこも大変可愛い。
付けまつげはまさに黒アゲハ。眉もしっかり眉マスカラで髪色に合わせている。
今日も戸崎さんはコギャルで、可愛い!!!!!
「おはよう! 戸崎さん! 僕の宿題で良ければ見る!?」
「っはよ。てゆか長谷川、今日もめっちゃ元気」
「僕は元気が取り柄みたいな傾向にあるからね」
「それぇ、やばい」
戸崎さんはくしゃっと笑う。その笑顔が僕は堪らなく大好きだ。一生笑って暮らしてほしい。世界一幸せに生きてほしい。
戸崎さんは本当に可愛い。
僕の渡した宿題のプリントを必死に写している彼女は、多分世界一真面目なギャルだ。
自分でやってくるのが最も理想的かもしれないけど、おかげで僕も忘れず宿題を最後まで解くのだから問題ないと思う。
つまり僕がちゃんと宿題をしてくるのは戸崎さんがいるからで、ある意味では戸崎さんとの共同作業のようなものなのだ。
「長谷川、いつもありがとおね。てぃあバカだから、わかんなくてぇ……」
「戸崎さん……! わからないことを自分で自覚するのは難しいことだよ! わからないって気付いた君を置き去りに授業を進める教師がダメだと僕は思うよ! 仕事を放棄してる! 怠慢だ!」
「でもお、てぃあがこんななのも悪いしぃ、てぃあ、センセ嫌いだからぁ、聞かないのも悪いしぃ」
「そんなぁ!!! 戸崎さんは良いこすぎるよ!!!!」
「てぃあはぁ、あんま良いこじゃないからぁ……みんなてぃあのこと嫌いだし」
「僕は戸崎さんが好きだよ!!?」
「長谷川はさぁ、ギャルに優しいオタクじゃん……」
僕は教室中を見回す。
そうだ。国産アイドルだの声優だの、あれだの、これだの……清楚というジャンルが大手のこの教室で、彼女の存在は極めて異質だ。
昔はどこにでもいたらしいコギャルは、今となっては田舎の不良とまで蔑まれる。
戸崎さんは犯罪に手を染めていない。プチプラメイクに、セルフカラーで少し傷んだ明るい色の髪。経済状況に合わせて努力をしたギャルの結晶だ。
この世のどこにも、彼女に『こういう格好であれ』なんて強制していい者はいない。戸崎さんが好きな格好で笑顔でいること、それが僕の幸せでもある。
コギャルは好きだ。大好きだ。でもギャル系であること以上に戸崎さんは魅力的な人だ。だから、ギャル系ファッションを選んだのだ。僕はギャル系ファッションを選択した彼女が大好きだ。
「でもぉ、てぃあいたら長谷川彼女できないしぃ……今日席替えだしぃ、長谷川ともバイバイかな」
「オタクの僕に彼女なんかいらないんだ! 僕には推しがいればいい。戸崎さん、君がいれば僕は幸せなんだ!」
「そうゆーの、本気で好きなコに言ったほうが良いよお……てぃあ、バカだから勘違いするしぃ……」
ありあまる元気で踊りだしそうな僕とは正反対で、戸崎さんは沈んだ声でそう言って、短く整えた爪を見つめていた。
実のところ僕はスキニーオーバルと呼ばれる長くて先が少し尖ったゴテゴテパーツ大盛りのネイルが好きなのだが、あれはサロンに行ってスカルプが必要だったりといろいろ維持が大変らしい。
僕の母親が定額制ネイルサロンの会員だが、高校生はアルバイトをしないと通えないくらいの値段だ。しかし高校生でできるアルバイトでネイル可というところは非常に少ない。世の中は矛盾している。
きっと戸崎さんも、爪がナチュラルなことが悩みなのだろう。
席替えは朝のホームルームで行われた。
僕は例えどれだけ席が離れていようとも、戸崎さんが好きだから気にしていなかった。
くじ引きで僕に与えられた席は教室の端の端。角にある日当たり良好な席だ。
良かった。紫外線という敵に晒されるのが戸崎さんではなく僕で。
大満足の僕は戸崎さんの席を確認する。彼女の席は教室のド真ん中。フレンドリーなギャルである戸崎さんは、すぐに近くの席の生徒たちに「よろしくねえ」と声掛けをしていた。
戸崎さん明るくて可愛い!!!!
しかし愚かなる男子生徒たちは目も合わさず会釈で返す。陽キャグループの女子は「よろしく〜」と返しているが、陰キャは完全に萎縮して返事がか細すぎる。僕の席まで聞こえない。
1限の授業が始まるまで少し空いた時間、僕は周りの生徒たちに根掘り葉掘り日陰道36の推しが誰かとか好きなグラビアアイドルはいるのかなどと問われていたが、当然頭の中は戸崎さんでいっぱいだった。
結局チャイムが鳴り、戸崎さんに声をかけてもらえないまま僕は授業に臨むこととなった。
◇ ◇ ◇
昼食の時間になると、僕は今期のアニメの評論会に招待されて隣の教室にいくことになった。
教室のド真ん中でコンビニのビニール袋をバッグから取り出した戸崎さんが一人でいることにも気付かず。
評論会は僕にとっては結構楽しいもので、これまで昼食時に行われるそれに参加しなかった事を少し後悔してしまうような内容だった。
しかし……
「ところで、一ってマジでキラキラネームだよな」
「まあね。僕の母が考えてくれたんだ」
「あ、そう……でもさ、戸崎さんもヤバいよな。ティアラってさ」
「親もバカそうだよな〜」
楽しかった昼食の時間が、一瞬で僕にとって無価値なものになった気がした。
でも考え方や価値観というものは人それぞれで、彼らが僕らのような変わった名前に違和感を持つのは仕方のないことだと思う。
「戸崎さんヤりまくってそうだよな。化粧品買う金とか、パパ活で貰ってんだろ」
だったら何なんだろう。実際戸崎さんはそういうことはしていなくて、近所のレストランのホールで働いているけど、もし異性と交友していたり、そういう仕事で金を貰っていたとしても、こいつらには関係の無いことだ。
「俺も頼んだらヤらせてくれるかなぁ」
ふざけるな。そう怒鳴り声を上げたくなったが、そんなことをしても戸崎さんの株が上がるわけでもない。
冷静に論じたところで、僕のお気持ち表明に価値があるだろうか。
「長谷川はもうヤらせて貰った? 仲良いじゃん」
僕はぐっと感情を押し止める。ここで僕が衝動的になって暴力なんて手段を選ぶと、日本中のキラキラネーム仲間たちの評判が下がる。
それに、戸崎さんにも引かれるだろう。暴行は犯罪だ。
「戸崎さんは、僕みたいなオタクとは釣り合わないよ。あの人は、綺麗な人だから」
僕にはこれが精一杯の言葉なのか。自分で自分に失望する。
僕は僕自身を卑下することで、戸崎さんを守ったように思うことにした。そして情けない愛想笑いを浮かべて逃げ出す。
大好きな人を悪く言われて、それを正すこともできない無力な僕は教室を出る。そして、自分の教室のドアを開けた。
陽キャのグループでご飯を食べていると思っていた戸崎さんの姿は無い。
僕は妙な不安を胸に、午後の授業の準備をした。
◇ ◇ ◇
翌朝、僕が目にしたのは変わり果てた戸崎さんの姿だった。
真っ直ぐな黒い髪に、奥二重のナチュラルメイク。平成をそのまま持ってきていたかのような戸崎さんのルーズソックスは消えて紺色ソックス。一度裾上げしたスカートの長さは変わらなかったが、シャツの第2ボタンを締めた戸崎さんの首元にはしっかりとリボンがついていた。
「長谷川ぁ、おはよ。誰だかわかるぅ?」
「と、戸崎さん……」
「せいか〜い。ね、変じゃない?」
「……そんなこと、ないよ」
「そ。ありがとお」
お礼を言われるようなこと、僕は何もしていない。
今日この日、一人のコギャルが死んだ。
学校の日常は驚くほど平凡で、何も変わらない。平和だった。
先生は清楚というカテゴリーに入ろうとし始めた戸崎さんを「見直した」などと言って、ナチュラルメイクでも可愛い彼女は、クラスの男子の評価もうなぎのぼりだった。
僕は一人置いてけぼりを食らったような気持ちで、それでも不思議と戸崎さんのことを好きなままでいた。
やっぱり僕は、コギャルというカテゴライズされたが故に彼女を好きだったわけではないのだろう。
姿かたちがどうであろうと、戸崎さんは人懐っこくて可愛くて綺麗で、誰にでも笑顔で接しててキラキラしていた。
僕は……僕だけはモヤモヤを抱えたまま、それから数日を過ごしていた。
コギャルの死んだ教室は賑やかだ。一躍人気者になった戸崎姫愛空さんは陽キャグループで、ナチュラルに見えるカラコンの紹介なんかをしている。
僕が母に教わったパラパラをキャッキャと喜んでくれた戸崎さんはもういなくて、チックタックという動画の投稿アプリのために異国系のKawaiiダンスをしている。
戸崎さんが楽しそうにしていて、それだけが心の救いだ。
僕は話しかけづらくなってしまった彼女を目で追うことをやめた。
◇ ◇ ◇
体育祭も文化祭も無い、ペーパーテストを除いて何もない月だった。
夏休み中にある大きなイベントを控えて、僕たちオタクはそわそわしている。当然陽キャも楽しそうだ。彼らには彼らの一大イベントがある。
「長谷川は、夏、どっかいくの?」
すごく久しぶりに戸崎さんが声をかけてくれた。
シースルーバングも板について、すっかり清楚系美人に様変わりした戸崎さんは、語尾を伸ばして喋ることさえやめようとしているみたいだった。
「わたし、花火大会行きたいんだ」
「そうなんだね。きっと……うん、戸崎さんは浴衣が似合うよ」
「そかな? じゃあ浴衣買っちゃおっかな。長谷川は花火大会行くの?」
「うん。親戚が屋台出すからその手伝い。戸崎さんにはサービスするから、良かったら来てよ」
そう、僕はいかつい親戚の兄ちゃんと、毎年屋台で焼き鳥を売っている。
「そっかぁ……えと……わ、わたしも手伝いたい! とか言ったら……あはっ、迷惑だよね」
「浴衣汚れるから、やめた方がいいよ」
「……じゃあ、花火大会以外は? もしも暇な日あったら、プールとか海とか……」
「ああ……いやあ……戸崎さん、女子と行くべきだよそれは……」
「……長谷川と行きたいの。長谷川と、どっか行きたい……せっかく髪黒くして、めっちゃ頑張ったのにさぁ、ひどいよ」
梅雨が長引いて、外は雨が降っている。だからかな。僕の視界の隅にもぽたりと降ってきた。
まだ少しひんやりした気温は僕の頭を冷静にさせるから、僕はそれが当然彼女の涙であると気付いていながら窓を見た。
僕は最低な人間だ。好きな女の子の悪口を聞いて上手く反論できず、彼女から彼女の好きなファッションを奪うこの狭い学校社会を傍観していた。
それでも友達ができたしモテてるし、結果的には良かったんだ、とか言い訳をしている。結果がどうであれ、僕らに彼女のファッションを強制する権利などないのに。彼女は彼女のものなのに。
そして、上手く社会の枠に当てはまろうとしている戸崎さんに、僕は烏滸がましくもまだ好意さえ持っている。
誘われたことが嬉しいと思った。なのに、変な劣等感のようなもので断った。女の子は女の子同士で遊ぶべきとか、そういう理由を盾にして、僕は戸崎姫愛空さんを傷つけた。
それなのに何が、好きだなんて。僕は最低な人間だ。
「長谷川ぁ、てぃあ、頑張ったよ。長谷川がてぃあと友達でも恥ずかしくないよおに、みんなのねぇ、人気者になろって頑張ったの。ばあばも喜んでてぇ、せんせぇも、話聞いてくれるよおになって……でもねぇ、てぃあ疲れちゃったからぁ、だから長谷川と遊び行きたい……長谷川はぁ、ギャルに理解ある系じゃん?」
「……戸崎さんは、やっぱりギャルが好き?」
「……そんなん、決まってんじゃん……ギャルはさぁ、てぃあの夢だよ。てぃあ、今もね、まゆの曲ばっか聴いてるしぃ……ママ帰ってきた時ぃ、コスメくれるのも、全部宝物。てぃあはママみたいになりたいんだぁ……」
「僕もギャルが好きだよ。外見的特徴については、そう。でも一番好きなのは、好きな格好をしてキラキラしている戸崎さん。清楚系な戸崎さんもすごくキラキラしているから、戸崎さんがギャルでもギャルじゃなくても、どんな君でもずっと好きだと思う。でももし我慢して今の格好なら好きな格好をしてほしいし、でも生きやすい格好の方が楽しいこともあるから……僕には何とも言えないな」
ああ。語りすぎた。
僕は戸崎さんのファンだから、好きって言葉を使うのは慣れている。でもこれはギャルのファンだからというより、戸崎さん個人に向けて送った愛の告白だ。
戸崎さんは少し戸惑って、目を泳がせる。ウォータープルーフのマスカラは、数滴の涙では見えるほど滲んでいない。ナチュラルメイクに使ったブラウンペンシルは、真っ黒なアイライナーと違って滲みづらいのかもしれない。
でも戸崎さんは指でちょんと涙をとって、それからくしゃっと眩しく笑った。
「やば、化粧崩れたわぁ……ちょっと直してくるぅ」
「うん」
頷いて、駆け出した黒髪の戸崎さんを見送る。
それからしばらくして戻ってきた戸崎さんは、今日持っていた化粧品でできる範囲の派手メイクをしてきた。
にかっと笑うギャル風な彼女に、ようやく彼女の可愛さを理解した女子生徒が「その方が戸崎さんらしいかも」と好意的に告げたのに僕も安心して、いつの間にか雲間から太陽が顔を出した外を見た。
梅雨が終わった。
夏が来る。
夏が来たら、焼き鳥のにおいの中で花火を見る。多分今年はプールとか海とかに、同い年の友達と行くかもしれない。
「戸崎さんって、すっぴんも、化粧してても、どっちも結構良いよな」
「前はヤンキーみたいで引いてたけどな」
「いや、でもあれはあれで良かった気ぃするわ」
無遠慮な男子生徒のひそひそ話は、彼ら本人が思っているより声がデカいし、リアクションも目立つ。僕はそれに辟易している。
僕ら、ほとんどの男子にはナチュラルメイクとすっぴんの違いもよくわからない。無知だからこそ、女の顔に即座に評価を下せる。
「じゃあお前告ってこいよ。夏休み入る前にさ」
「でも戸崎さん、一と仲良いじゃん。付き合ってんじゃね?」
「聞いてみる?」
「ねー、てぃあの話してるでしょお」
遠慮とかそういうのを知らない彼らの間に割って入った戸崎さんは今日もキラキラの笑顔を浮かべていて、ちらりと僕に視線を投げてから重心を変えて少し傾いた。
「てぃあが可愛いって今更気付いてもぉ、もう遅いし〜」
「うは、こいつ自分で自分のこと可愛いとか言ってるぞ」
「ギャルやっぱこわ〜」
「怖くないしぃ。てゆか、来週の土曜に期末の打ち上げやるけどぉ、来る?」
大喜びの男子から、戸崎さんはまた視線を外す。誘われたい僕に、彼女はめちゃくちゃ楽しそうに笑って手を振った。
「長谷川は絶対参加ね! 土日のてぃあはぁ、めちゃアガる盛り盛りメイクだかんねぇ!」
なんだと。
僕は咳払いをして大きく返事をする。
「絶対に行く!!」
「あと長谷川ぁ! てぃあはぁ、ギャルに優しー長谷川こと好き!」
クラスで孤立していたギャルが可愛いって、今更気づいてももう遅い。
「僕も戸崎さんが、大好きだーー!!!」
(終)
最後までお読み頂きありがとうございました!




