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紫電の英雄と破滅の魔女 〜 光の勇者を追放したオレの物語 〜

作者: やや

俺様は勇者だ、伝説のSS(ランク)冒険者になって魔王を倒し後世に語り継がれる光の勇者なんだ!


今俺様のパーティーには無能な支援職がいる、シンリって言うんだが無能のくせに昔から目立ちやがって気に食わねえ奴だ


そうだ、いい方法を思い付いた、追放しよう。どうせ無能の支援職を追放するんだ俺様の決定に意を唱える奴なんていないさ、早速今日の夜にでも実行しよう。




「俺様のパーティーからお前は抜けろシンリ」


A級ダンジョンを攻略したその夜に宿屋で告げた。当たり前だが俺様の仲間は意見に賛同してくれた、勇者様々だな


これで無能な支援職を追放できる! 後は優秀な攻撃職を誘えばいいか

これで俺様の勇者パーティーは更に強くなる


「なんで抜けろなんて僕が言われるんだ? ふざけるな、ソウル」


むしろなんでこいつは理由が分かってないんだ、仕方ない俺様が教えてやる


「そんなの決まってんだろ、お前が支援職で使えないからだよ、今までも俺様が前衛を担当しなければ何も出来なかっただろ」


これでこいつも納得するだろう。支援職なんてだいたい地味でいるかいないかすら分からないじゃないか。確かにこいつは五系統の支援技を使える逸材らしいが、元が支援職じゃダメだろ、それに勇者の俺様がいるんだから尚のこといらねぇよ


「使えないだと僕がどれだけ頑張って君たちに、特に君に支援したと思ってるんだ、みんなも僕のおかげで戦えてたはずだ! そうだろ?」


「わざわざご苦労なこった、支援なんてされなくても俺様は最強なんだよ! ほら、みんなも言ってやれよ」

「シンリ確かにお前は優秀な支援職なのかもしれないが勇者様の言う通り支援職なんていらん」

「そうね私も勇者様の言う通りあなたはいらないと思うわよ」

「ちゃちゃっと抜けろよな、勇者様に迷惑かけんな!」



「分かったよ、君たちがそんな風に僕のことを思っていたなんてね。勇者に選ばれる前、人助けをしていた君はどこに行ったんだろうね」


「さようなら、ソウル」


一呼吸、シンリは慎重に言葉を探すような素振りでそう言いながらギルドから出ていく


いい気味だ、今日は最高の一日になりそうな気がするぜ


この聖剣に選ばれた日に俺様の人生は変わった、絶大な威力を誇る聖剣とそれにより得た光の加護、誰にも俺を止めることは出来やしない


確かに昔は人助けをしていた時もあった。だがな、勇者に選ばれた時に俺様はお前たちより優れていて、お前らは俺様に服従すべきと神が!世界が!決めたんだ。


俺様にこうべを垂れ、祈りを捧げ、服従しろ

ーー魔王はオレが倒してやる



ワンワン! ワンワン!


いつものようにギルドから宿屋に帰ろうと大通りを歩いてたらこちらに向かって吠える野良犬が一匹。


ワンワン!


ワンワン!


どこから現れたのか徐々に犬の数は増えていく。


犬の鳴き声が頭に響き耳鳴りを発す、鬱陶しい騒音だ。脳が不快な音で満たされる


ッッ、ダンジョンに潜りすぎた疲れからか、それとも耳を劈く(つんざく)この不快な音からか


視界はぼやけ鈍い頭痛が襲いかかって来た。


ワンワン!


ワンワン!


ワンワン!


犬の鳴き声が鬱陶しい! なんで俺様にばかり吠えてくるんだよ。


このままじゃ目眩と頭痛が治る気がしない


そういえば、あの時もこんな風に鳴いていた




ワオーン! ワオーン!


狼が鳴いている。何処にでもいる、ありふれた魔物


ワオーン!


ワオーン!


ワオーン!


大人数名でかかれば狩れるような、だけど子供だけだと死の危険すらあるゴブリンやワーウルフをこの時のソウルは既に片手間で倒せる強さだった


雷撃(ボルト)! よし、これで三匹ワーウルフを狩れたぜ、今日の夜ご飯はウルフ焼きだな」


魔獣を食べると本来魔獣が持っている人間から遠くかけ離れた性質の魔力を体内に取り込むことになるので、魔力が暴れ高熱を出し続けて死亡した例や体が爆発したなんて例もあるので基本は食べようとしない、高位の魔獣になればなるほど死のリスクは高まる。


その中でもワーウルフは魔力が皆無に等しい食用に適されている数少ない魔獣だ


森の奥まで探索を続けていると数人の影らしきものが見えた、あれは何をしているのかと様子を伺っていると獣人など身なりのいい亜人が10人程度鎖で繋がれていた、一際目につくのは一人だけ周りとは隔絶してる美しさを持つエルフ


おそらく街やどこからか非合法に連れてきたのであろう、でなければわざわざ森の中にまで来て運ぶ必要がない


ソウルはいかにして助けようか既に考えていた

魔獣を倒す時の様にまずは情報収集をしよう。耳をすまして話し声を聞く


「お頭どうしやすか、このまま連れていきやすか?」

「そうだな、そのまま鎖につないで裏から連れて行こう。さてこのエルフをどうするか、処女のままなら貴族に高く売り付けれることは間違いねえが。ここで味見しておきたいところだな」

「そうっすね、お頭このまま犯しましょうよ。ギャハハ」


ソウルがいくら九歳とは言えその言葉の意味は理解できた。クズどもの下品な笑い声が不愉快にも耳に響く。数は四人、このままオレの魔法で全員やれる。あいつらがあのエルフを犯そうとして油断した瞬間に殺す、人を殺した事はないが生憎とここは森の中だからな、見られなければ問題ない。


「俺が先だぞ、その後にお前らの番だ。じゃあお先に行くわ」


「や、やだ。なんでこんな目に私があわないといけないの、どうして。助けてよ、誰でもいいから助けて、誰か!!」

「お頭いっちゃってください、この泣いてる女を犯す瞬間がたまらないんすよね、ギャハハ」


そのまま茂みの中を低姿勢で走り抜ける


今だ、雷撃! よし、直撃したぞ。まずは一人


「だ、誰だ!? てめぇら、ちゃんと周りを見てろって言っただろうが! おいお前も出てきやがれぶっ殺すぞ」

ソウルは横から駆け出して、背後からもう一発雷撃を打ち込む

「くそ、このガキが! 殺してやる」


今使える技能の雷撃と雷迅を使ってどんどん敵を気絶させていく

けれど、その快進撃も途中までだった。


魔力は使えばなくなる、奴隷でも知っている、『世界』の理でありルール。


相手は曲がりなりにも無法者達をまとめあげてる親分なのだ

むしろこの歳でやり合えている方が異常。


「はっ、ついに魔力がなくなったか、お前の目の前でこの女を犯した後に殺してやる」


こうなったら差は歴然だ、只の力勝負で荒事が得意な大人を相手には逆立ちしても勝てない

「チッ、クソが、魔力が底をつく? そんな事でオレが憧れた英雄は諦めるのか? 答えは決まってる、諦めない。ならオレも諦めない、英雄になるのがオレの夢なんだから」


ギョッとした顔でこっちを見て嘲笑う


「なんだその夢は! 御伽話の聞きすぎで頭がやられたのか? まぁお前ぐらいの歳ならそんな夢物語も抱きたくなるよなぁ」


残りカスでいい、あと少しだけでいい、コイツをぶっ倒す力を


魔力の底にたまった残りカス、雷撃一発放てるかどうかの魔力を集める


数秒にも満たない時間、ソウルにとっては永遠に感じれる時間


雷撃の魔法を構成する、鋭く、より鋭く、万物を斬り裂く稲妻


アイツが一番油断するタイミングで、オレを侮っているタイミングで撃つ


「さぁ、お楽しみと行こうかね、怯えたその表情、ゾクゾクするわ。たまんねぇ」


オレに聞かせるように下卑た顔と言葉で、ズボンを脱ぎ出した。


エルフの少女が怯えた顔で縋るようにこっちに目線を向ける、あぁ声が聴こえるようだ、助けてと救ってと心からの声が聴こえる。ならオレがやれることは一つ


恐ろしく静かに、鋭く、通常ではありえない速さで構成した雷撃が首に迫る

紫の閃光が直線にはしるのと同時に首は地面に落ちる。



通常の雷では対象だけを綺麗に切り裂く芸当は不可能、それどころかあの速さと鋭さをもった雷など、どんなに熟練の魔法使いでも出せないだろう。


何が原因か、考えるまでもない突如放たれた紫の雷だ、ならばその雷は?


そうだ、それこそが、後世に英雄として名を残すことになる男の、紫電の英雄と呼ばれる所以となった


特殊技能''紫電''その発現である


現在の雷魔法の到達点でもあり、極限まで研ぎ澄まされた雷は紫に変化する



満身創痍、魔力を限界まで使ったソウルは地に伏して今にも気絶しそうな状態。これが魔力枯渇か。

あぁ体がダルい、このままなら死ぬぞこれ、だけど、助けられたならよかったか

体が熱い、痛い、苦しい、薄れる意識の中エルフの少女を見る。


なんで泣きそうな顔してるんだ


「大丈夫ですか?」


これが大丈夫に見えるのか、バカが、言葉を発するのも辛いが意識を手放す前に文句の一つでも言ってやる


「大丈夫な訳ねえだろうがよ、今にも魔力がなくて死にそうだわ……」


そこでエルフの少女は何かを閃いたのかオレの手を強く握る


魔力が体に流れてくる、これは同調の魔法か、本来なら魔力の扱い方が分からない子供に魔力の流れを伝える魔法なんだが、しかもそれは人間という種族同士の魔力の波長が似てるからできることでエルフの膨大な魔力を体に流されたら


ーー恐ろしいことが頭によぎる


だがそれも杞憂のようだ


温かくて気持ちがいい、なんでだ、あぁそういうことか、オレが死にそうだから魔力に繊細な調整をしてくれてるんだ、出来るだけ出力を抑えて、優しく包み込むように。


こんな膨大な魔力を繊細に扱えるならアイツらを追い払うぐらい出来たんじゃないか?


疑問は尽きないが、まぁ今は余計なことは考えずにこの快楽に身を任せよう。


そこでソウルは意識を手放した


「これで大丈夫、後は木の根元、魔獣に見つからない所に寝かせておけばいいのかな、こういう時だけは森の知識に感謝しないと……」


助けてくれて、本当にありがとう。私の英雄様、絶対に忘れない。この恩は忘れないから


そう小さく呟いてエルフは森の中へ消え行く




昔の記憶だ、とうに忘れていた過去の記憶、なんでこんな事を今更思い出すんだ。


いつのまにか頭痛と目眩は消えていた




くっそ! 俺様のパーティーがA級ごときのダンジョン攻略に何回も失敗するだと……


ダセェ、逃げ帰ってきちまったじゃねえか。いつもならあの程度のレッドドラゴン余裕なのによ、最近調子が悪いな、おい


「しっかり働け、お前が巷で爆炎なんて呼ばれてるから入れてやったんだぞ!」


「冗談じゃない!? あんな力任せの攻略あってたまるか」


せっかく俺様がパーティーに誘ったのにみんな抜けていきやがる、そういえば俺様にずっと付いてきたのもシンリだけだったか。ふんっ追放したやつの事なんて考えても仕方ない

ガララ、ドアの開く音が聞こえる。ふとそちらを見てみる。


そこいたのは深海のように深い青髪を後ろに束ねた凛々しく美しい蒼の騎士


髪をゆるくカットした穏やかな顔立ちが印象的な緋色の魔法使い


高級な石鹸を使ってることが見てわかるほど長く艶やかな黒髪の…あれは第一王女じゃないか?


そしてもう一人はちびの子供だと?


遅れて入ってくる人影がもう一つ


あれはシンリ……


おい、どういうことだよ、なんでお前がそこにいるシンリ


「よくやったシンリ、お前のおかげでフェンリルを倒せた。おまけにフェンリルを仲間にするなんてな」

あれはギルドマスターだ、よくみんなの面倒を見てくれているが、怒ると怖い


「僕一人だけの力じゃないですよ、剣聖であるアイラの剣技と賢者のミリアがいてくれたから勝てたんです」 

「だとしてもシンリ、お前の支援があったおかげだ」

「しかもね! シーくんは接近戦も出来るんだよ、すごいでしょ〜!」


青髪がアイラ、ピンクの髪がミリアというらしい


にしても、フェンリル?伝説の魔狼を倒して配下にしただと、信じられねえ事だがギルドマスターのローレンさんが言ってるなら本当なのか?いやいや、信じられるわけがねえよ、嘘に決まってる。何か一言くれてやろう

「無能な支援職のお前がフェンリルを仲間に出来るわけないだろ、フェンリルじゃなくてただの黒狼なんじゃねえの?」


そうだ、フェンリルなんて伝説の生き物だ、居るわけがない。きっと見間違えたんだ、思わず嗤う、そもそもフェンリルを仲間にしてたら姿が見えないわけがないだろ。

「バカも休み休み言え」


ガタンっ、体が地面に叩き伏せられ死の恐怖が全身を駆け巡る、生物としての本能が体を硬直させる。

気がついた時にはあの子供に体を押さえつけられてた


「どうしますか、主様。主様を無能だと、貴様の目は腐っているのか?そして妾がそのフェンリルじゃ」


この子供がフェンリル?それは何の冗談だ、しかし今の動き俺様が目で追えなかった。


人化の術を使ってるフェンリルだとでも本当に言うのか


「そうだ、シンリはフェンリルを仲間にした、その功績もあり一気にS級まで昇格だ」

シンリがS級?認めたくないがフェンリルを仲間にしてるのならフェンリルだけの戦力でS級は超える、どうやってフェンリルを仲間にしたんだよ!


「そして、お前にもランクの事で話がある」

まさかS級に、遂に俺様も最上位ランクになれるのか……!

「ソウル、お前は三ヶ月の謹慎処分にギルドカードは失効だ、頭を冷やしてまたE級からやり直せ」

!?

理解が及ばない、いくらギルマスだからってそんなこと出来るはずがない、それに俺様は勇者なんだぞ。


「どういう事だよ、俺様は世界で一人の勇者だ、その俺様が三ヶ月もダンジョンに潜れなくなったら困るんじゃねえのか? 確かに最近はダンジョン攻略に失敗してるがあれはたまたまなんだよ! 勇者は一人しかいないはずなんだよな、第一王女様!!」

「ええ、そうですね。元勇者様」


元勇者ってなんだよ


「どういうことだ、もう一回言ってみろ」

「睨まないでください、ですから言ってるじゃないですか、元勇者様」


だからどういうことだよ


「元勇者様に分かりやすく言ってあげますと、確かに勇者は一つの時代に一人しか存在出来ません。それは何故か? それは、最高神が強い加護を渡せるのは勇者一人しかいないからです。存在できないだけで変わらないなんて言っていません、つまりあなたは神託で勇者失格と告げられそしてシンリ様が新たな勇者として魔王を倒すのです」


その証拠にあなたの聖痕が消えているでしょう?

代わりにシンリ様が聖痕を授かったのです



そう耳元で囁かれて確認してみる

確かに勇者の証である聖痕が消えている。勇者失格、シンリが新たな勇者?


何も考えられない、頭が理解することを放棄している

気絶しそうなまでに心が荒れ狂う。


「どういう事だシンリ、何をしたんだ!」

「何もしてないよソウル、王女様の言う通り僕が選ばれた、それだけのことだよ」


それだけのこと?ふざけるな


「無能な支援職のお前が勇者になれるわけがない、ふざけるな!」

そのままシンリに聖剣で斬りかかる、気づけば聖剣は輝きを失い加護も薄いせいか体も重い。だがそれでも余りある身体能力で補いながら鉄塊を思いっきり叩きつける


「五支解放」

そうシンリが一言呟けば、五つの支援魔法がシンリにかかる


易々と聖剣は受け止められ、そのまま掠め取られた


聖剣が俺様の持っていた時以上の光を放ち、光の加護がシンリに宿る


クソッッッ!!


聖剣を奪われたなら次は拳だ、光の加護を得たことでめっきり使わなくなった勇者に選ばれる前に発現した特殊技能”紫電''を拳に纏わせた、だがずっと使ってなかったせいか紫電の色も威力も微弱


「さっきからお話は聞いてました、あなたがシーくんを追放したと聞いて私も腹が立っていたんです、話だけは聞こうと思いましたが我慢なりません!」


ミリアと呼ばれていた女が詠唱する。拘束魔術 蜘蛛呪縛(スパイダーカース)


体に魔力で出来た糸が絡まり付く。もがけばもがくほどに絡み付く。底無しの糸


クソックソッ動け!


「離しやがれ!」



「あたしも話だけは聞こうと思ったんだけどねえ、流石に我慢出来ないわ、もちろん殺しはしない多少痛い程度よ」


アイラと呼ばれていた女が斬りかかってくる。王国剣術 刺棘(ざんきゃく)


「これは人体の急所に痛みをかける剣術なの、よく捕虜を捕まえる時や拷問に使うわね」


ァァァ痛すぎて出す声もない。


「ミリアもアイラもそれぐらいにしてやってくれ、ソウルこれに懲りたらもう二度と身勝手な真似はやめるんだ。それとも僕のパーティーに入る? 王女様やローレンさんには僕が話を通すよ、その時はちゃんと僕の言うこと聞いてね」


パーティーに入るかだって?こんな屈辱があるか


「入るわけないだろ! さっさと失せろよ!!」


ガキのように喚き散らかして暴れた、惨めで涙が出てきそうだ。

周りからは冷ややかな視線を向けられる。その目はなんだよ!


俺様は勇者なん……勇者じゃないのか……


ギルマスがこちらに歩いてくる


「ギルドマスターとして命じる、お前は三ヶ月の間このギルドに顔を出すな、これは王命でもある、今すぐ失せろ」

周りの俺様を知ってる冒険者からは憐れみの目を向けられ、周りの受付嬢達からは軽蔑の視線を向けられる


オレは逃げ出した。

ギルドからも街からも、勇者じゃないオレには今や何も残ってない


今から、彷徨う森で死のう

オレを見つけて心に傷を残せ、お前らのせいでオレは死ぬ


深い森の中へ中へ彷徨っていく、太陽が届かないほど暗い森の中へと




それから何日が過ぎた事だろう。結局死ぬ勇気すらなく、魔獣の肉を食らいながら生きている。魔獣の肉は不味い、食べる度に魔獣の魔力が体を侵食する。

体中に激痛が走り勇者になった時に染めた髪もストレスで抜け落ちた


繰り返されるどうしてと言う自問自答。



更に数日、体はもうほぼ動かず、木の棒を杖にして歩いている状態

そこら辺の魔獣程度なら紫電ですぐに倒せる。だがしかし、もう魔力も体力も残り僅か

死ぬのは時間の問題だろう。餓死で死ぬか、魔獣に殺されて死ぬかの違いでしかない


内臓が傷つき息をするのも苦しい、後数日も持たない。



どうせ、明日には移動すると思って魔獣の死体をそのままにして寝たのが不味かった

ワイバーンの群れが死体を貪り、今にもオレに襲いかかってこようとこちらを見つめている。


ここでオレは死ぬのか


目の前を覆い尽くさんとするワイバーンの群れと対峙しながら、自分の死期を悟り紫電を纏い、思考する。


どうしてこうなったのか、原因は分かってる

オレの傲慢な態度がシンリを追放した、そのツケがオレに回ってきた。それだけの話


勇者なんてならなきゃよかった……


昔から周りはシンリを褒め称える、オレの方が努力もしている、困ってる人を助けている、なのに周りはオレの事を見ない、シンリの事しか考えない。

教会の奴らがきてオレが勇者に選ばれた時、嬉しかった、歓喜した、震えた。オレがシンリより初めて評価をされた、それからオレは評価され続けた。


シンリの支援のおかげだとも知らずにオレは増長し続け、人類のためだと言いながら周りに威張り散らしていた、今更遅いのに思うよ、オレはなんて滑稽なんだろうと、勇者になって人助けすることよりも威張って評価されることが嬉しかっただけの子供。


勇者になる前に人を助けてたのも結局認められたかっただけの欲求、死にそうになるまでこんなことにすら気付けないなんてな。


最期死ぬ前に率直な願いを叫んでみよう


「もう一度、もう一度だけやり直せるなら、ひたすら強くなる、勇者なんかにならなくても、オレの存在を名前を自分の力でこの世界に刻む、認めさせてやる!!」


なんだ、オレの願いは変わってないじゃないか

結局どこまでも誰かに認められたい、ただの子供なのだ。


自業自得、その通り、それでも。もう一度でいいから


御伽話にあったようにもう一度やり直したい、輪廻転生にかけてみるか?

ワイバーンに転生するのは嫌だなぁ


打つ手がほぼ残されてないこの状況で無駄に思考が澄み渡る、小さな笑みを浮かべて佇む


オレがなりたかったのは、子供の頃憧れたのは、焦がれ続けたのは、ーー英雄だ

自分自身の手で何者にも縛られずに困難をことごとく弾き返す英雄になりたい。



まあ無理な話か、現実は御伽話みたいに上手くいくわけがない。分かっていたことだ

 

体中の血が止まる気がしねえ、これも傲慢なオレへの天罰なんだろう

そういえば天国ってあるのか?あぁオレは地獄行きだって?


来世は何がいいかな、言葉が話せる種族ならいいな。


来世があるかは分からねえけどよ


「最後の足掻きだやれるとこまでやってやるよ」


体中は血に塗れ激痛が走り言葉を口にするだけで喉から血の鉄臭い匂いが鼻を通りむせそうになる、ワイバーンはドラゴンの中では知能が低いとは言え、それでもドラゴンなのだ全く無い訳ではない。


死にかけの獲物を見て残虐な笑みを浮かべてやがる、舐めやがって、最後に一泡も二泡も吹かせてやる。


勇者になる前に編み出した英雄に憧れた一撃

対象を定めず自分以外を無差別に攻撃するため、今まで使えなかったが、今なら出来る


「オレを舐めるんじゃねえぞ、ワイバーン」


死にかけの体で残った魔力を全て注ぎ込む

命尽き果てようとも構わないと言わんばかりの紫電を体に纏い続ける。


激しい音が周りに轟き、空は暗雲で包まれ、ここら一帯に豪雨と豪雷が引き起こされた。


ワイバーンも流石に拙いと思ったのか一斉に襲いかかってくるが


遅い、すでに準備は整った

紫電が最雷最光に至った瞬間全てを……!!


 解き放つ


紫電の雷が対象を選ばずに縦横無尽に降り注ぎ翼を焼き尽くし彷徨う森の大樹を燃やし尽くす。

放射状にある、ありとあらゆるものを、全方向から目にも止まらぬ紫電が貫き焼き切り


十を超えるワイバーンを瞬く間に殲滅する。


いわばこの魔法は魔法と呼んでいいのかすら疑わしい、自分の魔力を暴走させて解き放つ、爆発みたいなもんだ、昔のオレはよくこんなのを編み出したな、笑いさえこみ上げてくる。


雷のせいで森は大きく開け、太陽が辺りを照らし尽くす。ワイバーンが全員死んだ事で様子を伺っていた魔獣たちも寄ってきた。


お前らに殺される前にオレは血が足りなくて死ぬだろうな頭がフラフラするぜ

そんなに急いで寄ってこなくてもオレが死んだ後に存分に食い荒らせ、魔獣ども……

あーあ、ここで俺は死ぬのか、呆気ねえなぁ


天変地異を起こした代償は重く、魔力も体力も全てが潰え魂すら擦り切れていくーー


死にたくねえよ…………



その時、脳内に詠唱が響いた



憎しみの炎を灯し、消えぬ怒りで世界を満たせ


灼熱は神に叛逆せし者に宿り、その紅蓮は世界を暗く染める者に宿る


燃やせ、恨め、憎しみのままに


不生不滅の(ほむら)

 


最後の詠唱をトリガーに魔法が発動する。


詠唱は知らないが魔法名に聞き覚えがある

かつて勇者と敵対した魔女の禁術


漆黒の炎渦(ほのううず)がオレの周りを焼き尽くす。

オレ以外の全て、魔獣も樹々も全てが暗炎(あんえん)に呑み込まれゆく

だが、魔獣の数は減らない、次から次へと湧き出てくる。




聴くもの全てを魅了するような甘美な声がもう一度、詠唱を唱え始めたーー




その少女は誰よりも神の声を聴き、神に祈り、神の教えを説いた

だが戦場に神はいなかった


神を呪った少女は世界を恨み、やがて立ち上がろう


少女が歩む道は鮮血に染まりて怨嗟の声が木霊する


闇聖乙女の御旗(ダーク・オファリング)


詠唱を聞くだけで理解できた、これも禁術だ。

禁術とは恨みの伝承から編み出される魔法

並の精神性では連続使用など出来るわけがない。


目の前で暗炎に焼かれた魔獣が立ち上がり亡者として突撃する


現世を侵食する禁術は地獄のような惨状を引き起こした

闇に侵食された世界は塵一つとして残らない。


これ以上は血を流しすぎて頭が働かない、意識が落ちる…………



人生の幕引きがこれとは、本当にくだらない。

そのまま意識は落ちていきソウルの命はここで尽きる、はずだった。




「この魔力、それに先程の紫電、やっと見つけました」


万人を魅了するきめ細かな純白の肌、金の糸を束ねたと言われても納得出来る金色(こんじき)の髪。静けさの中にある美しい瞳、その(まなこ)には不思議と釘付けになる力が込められている、極め付けは種を象徴する長く伸びた耳。


そこには七年前に助けたエルフが居た。


「あの時助けてもらったお礼がまだ出来てないんですよ、ここで死なれちゃ困ります、本当はダメなんですけど、エルフの霊薬使いますね」


エルフの霊薬が喉を通り傷口を急速に塞ぎ出す、体に激痛が走っていた原因である魔獣の魔力がソウルに適応し魔力が体を巡り血の循環を早め、顔色も良くなっている。


けれど魔力を暴走させたツケはこれだけじゃ払えない

だが、その解決策もこのエルフは既に持っていた。

魔力が足りないならこうするだけというように同調の魔法を使う


「私と魔力を通わせるのは二度目なんですよ? 前より上手く出来ます」


それから数十分過ぎた頃だろうか、ソウルの容態もやっと安定してきた。




微睡の中、ソウルの意識が覚醒する。


ここはどこだ、あたりを見渡す。オレが今いるのは木造で作られた質素な部屋だ


次に出てきた疑問は自分がなぜ生きているのか

間違いなく誰が見ても助からないほどの重体だったはずなのだ。


ガチャリ、ドアの開く音が聞こえる。



「起きたんですか! よかった、本当によかった」

満面の笑みを浮かべた美しいエルフが勢いよく抱きついてくる。


「待て! お前は誰なんだ!! それにここはどこなんだよ」


こんな美少女に抱きつかれて状況も分からないのに冷静でいられるほどソウルは女慣れしていない、勇者として女遊びも達者になろうとしたが''何故か''女性と関わる前に邪魔が入る


「私のことを忘れたんですか? あの時のエルフですよ、英雄様!」


よくエルフの顔を見てみると、どこかで…………

思い出した


「お前はあの時のエルフか」


ところでさっきから言われてる英雄様ってのがよく分からない

オレは英雄なんて言われるほど何も成し遂げてなければ言われる資格すらないはずだ


どうしてそんな呼び方をするのかと問う、暫しエルフの少女は悩んで答えを出した。


「英雄様のお話は、街で聞きましたよ。最初は信じられませんでした、勇者だったことにも驚きました、髪の色も違うし別人だとも思いました。ですがこうして来てみたらしっかりと本人でしたね」


オレのことを探していたことに驚く、そして何より悲しくなった

この少女はオレに失望するだろう。


「あぁ、勘違いしないでくださいね、私は失望なんてしないですよ」

「なんで失望しないんだ、オレがお前のことを助けたからって英雄様なんて呼ぶか?」



「あの時、救ってくれたのは勇者や神などではなく貴方なんです。それが誰の為だったとかは関係なく、奴隷になりそうで襲われそうだった私を助けたのは貴方なんですよ。それに私はお前じゃなくてアリアという名前があります。今はただのアリアです、アリアと呼んでください英雄様」



あぁ、なんだ。英雄になりたいが為に誰かを救っていた、それだけの事なのに……

クッ、ハハッ、これが笑わずにいられるか!!


はぁ、ひとしきり笑い終わった


「自分の為にやってただけなのにこんな美少女に英雄様なんて言われると思わなくてさ、今まで誰かに認められようと頑張ってたのがバカみたいで笑いが止まらなかった。それと、オレこそ英雄様なんかじゃなくてソウルだ」


笑ってた時はこちらを呆けた顔で見てたアリアだが、クスッと笑いながら語りかける。

「良いことも悪いこともした方は忘れやすく、された方は覚えてるものですからね」


何かに納得したようにうんうんとアリアは頷く。

「誰かに認められたかったならこれから世界に刻みましょう、ソウル様の名前を!!」


まさかそんな提案をされると思わなかったオレは動揺を隠しきれない


「幼馴染にも、みんなにも迷惑をかけた。そんなオレを許してくれると思うか?」

「迷惑をかけた分は行動で償いましょう。それでもソウル様のことを許さずに世界がソウル様を認めないなら、私が全てを許します」



それに、私の英雄様を認めないならそんな世界は必要ない

ーーーー本当によかった、王都中の犬を使い魔にした甲斐があった。



最後の方は小声で聞き取れなかった、だけどこんな近くにオレのことを認めてくれる少女がいるなら光の加護を失ったオレにとって簡単な道のりじゃないだろうがやってみようと思えてきた。

SS級冒険者を超えろ、勇者を超えろ、限界を超えろ。英雄になる為に


「この世界にオレの名を刻んでやるぞ、アリア」

「そのいきです、私も微力ながらソウル様の手助けをさせてください!」



『さぁ、ここから始めましょう。紫電の英雄と破滅の魔女の物語を』




楽しんでもらえた?

僕はね、みんな光の勇者の事が好きだって言うんだけど、誰かに認めてもらいたい。誰もが持っている欲求、英雄や勇者からはかけ離れたように思える感情、それを原動力に後世で語り継がれるほどまで偉大な男となった紫電の英雄。


ーーーーそんな彼のことがどうしようもなく大好きなんだ


みんな紫電の英雄を好きになった?

それは僕も頑張って読み聞かせた甲斐があったよ!

急に現れて読み聞かせをしてくれたけどお姉ちゃんは誰なんだって?


僕の正体か、何百年前だろうね。光の勇者と呼ばれてた事もあるよ。

ほら、これが証拠の聖剣


嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐け? 光の勇者は男だ、騙るなら斬るぞ!?

それは怖い、じゃあ僕はさっさと退場することにしよう。またね


今日も今日とて紫電の英雄と光の勇者どっちが強いのか、子供達の賑やかな喧騒が聞こえてくる。

今日も今日とて破滅の魔女とは、御伽話の本当の結末とはなんなのか大人達が推測を立てていく。

今日も今日とてどこからか現れた勇者は、紫電の英雄と破滅の魔女の英雄譚を語っていく。


真実には誰も辿り着けないだろう、真実を知っているのは当人達だけなのだから

ここまで読んで頂きありがとうございます!

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