婚約破棄だってえ!最強ばあやメイドアデル(68歳)、愛しいお嬢様が王太子の浮気の果てに一方的に婚約破棄されたことに怒りざまぁする。禁断の手、ばあやネットワークを使って報復する!
「うわあああああん、アデル。ひどいのです」
「どうしました? リーリアお嬢様」
私はいつものように茶を入れながら、少し腰が痛いねぇなんて思っていました。
いや最近腰痛がほんとひどくなってきていて。
しかし大切なお嬢様が泣きながら扉を開けて入ってきたのを見て、驚きながらもなんとか旦那様のお茶を入れ終わりました。
「アデル、レオン様が、レオン様が、王太子殿下が私との婚約を破棄するといわれたのです!」
「「なんだって(ですってえええ)」」
私と旦那様の大声がほぼ一緒になった。こちらの家に仕えて50年、大声を出すなんてはしたない。
「わたくしの大切なお嬢様の婚約を破棄するなんて、いったいあのバカは何を考えているんだい!」
「おい、アデル。言葉……」
「失礼、リーリアお嬢様、しかし旦那様もそのお話は初耳のようですが」
「そうだな、わしはきいてない」
旦那様はふうとため息をつき、そして私が入れたお茶を飲み干しました。ああ最高の茶葉がああ、そんなことを思っている場合ではないよ。あのボンクラ、うちのお嬢様の何が不満だっていうんだい!
「……リーリア、わしはその話は聞いてない。わしを通さず、どうしてお前に直接そんな話がきたんだい?」
さすが旦那様、動揺をなんとか押し隠し、泣くお嬢様をなだめながら話を聞き出そうとするところは私よりは平常心があるようで安心しました。
「アデル、アデル。あのね」
「お嬢様、旦那様がお話をお伺いです」
「アデル、あのね、レオン様はね、真実の恋をみつけたから、お前みたいなちびと婚約なんかしていられないから破棄するっていわれたのです」
「はああああああ?」
旦那様、青筋が……。多分私もでしょうが。
お嬢様はいつも私べったりでしたから、どうしても旦那様より私が最初になってしまうようですわね。幼い時にお母さまを亡くしたこともあるでしょうが。
「おい、あのバカ、どうしてそんなことを勝手に!」
「素がでてますわ旦那様、お嬢様。要約いたしますと、あのバカが浮気をして、だからお嬢様との婚約を破棄したいといわれてますのね?」
「そうですわあああ! 浮気ですわ、お胸があるからって、お尻があるからってあんなおばさんに!」
「お嬢様、そのご令嬢のご年齢は?」
「レオン様と同い年ですわ!」
お嬢様がうわああんと私に泣きつきます。お嬢様、十七歳でおばさんでしたら、たぶん私はもう婆ではなく、お墓の中です……。
私はお嬢様の柔らかい髪をなでながら、しかしこう来るかとため息をつきました。
「しかしわしを通さず勝手に……」
「多分陛下も通さず勝手に宣言されたのでしょうね、あのバカが」
バカをバカというのは仕方ないというか、私はあのバカとお嬢様と婚約などはさせたくはなかったのですが。どうしても陛下がお嬢様と婚約させて、あの王太子をなんとかして地盤を固めて跡取りにしたいといわれる……お友達だった旦那様にお願いをされたので、仕方なくということはしっています。
「まあ……あのバカに愛しいリーリアがとられなくてよかったのかもしれんな」
「旦那様、リーリアお嬢様の名誉にかかわります。婚約を破棄された令嬢なんて……将来の縁談に差しさわりが」
「ああそれがあるか……」
突き出たおなかをぽんとたたく旦那様、二十二歳という若さで亡くなられた奥様をいまだに愛されていて独身です。7歳になったばかりのお嬢様が小さいのはわかりきっていたことなのにあのバカ王太子。陛下は旦那様を味方にすることでバカ王太子の地位を磐石にさせる狙いがあってこの縁談をすすめてきたのです。
そしてお嬢様の下にはローリー坊ちゃま四歳がおられますので、跡取りは心配しなくていい、どこでも嫁にだせるけど、ずっと家にいてほしいといつも泣いてお嬢様を抱きしめられているのはしっております。
「……あのバカにはお灸をすえないと駄目なようだな。アデル」
「そうですわね旦那様」
私は旦那様がお小さい時からばあや兼メイドとしてお世話をしておりました。
奥様と旦那様のキューピッドとやらをしたのも私でございます。
しかしお嬢様があのおバカ王太子の婚約者になるのは反対でした。お小さいお嬢様は見かけはいいあのおバカのために一生懸命お勉強をしていたことはしっておりますが。あのバカの本性すら知らずに憧れていたということも。
「どうするアデル?」
「そうですわね、メイドネットワーク、システムを使う時がきたようです。旦那様」
「そうか……陛下は私に任せてくれ」
「はい坊ちゃま」
「坊ちゃまはさすがに……」
「はい旦那様」
旦那様と私は顔を見合わせ、リーリアお嬢様をなだめながら、なんとかあれに報復をしようとタッグを組んだのでございます。
いやあのバカ、うちのお嬢様をそんな理由で泣かせるなんて絶対に許すもんかい!
「……レオン様には確かにお灸をすえたほうがよろしいようですね。アデルさん」
「そうに決まっているだろうが、リュシー!」
「リュシエンヌですわ、アデルさん」
私はリュシーを見てあんたの名前は長すぎるんだよとだんと机をたたきながら抗議したんだよ。って素がでてるねこりゃ。
リュシーはふうとため息をついて、お茶を優雅に飲み干す。幼馴染とはいえどうしてこんなのと62年も付き合いができているのか謎だよ。
「……アデルさん、レオン様にお灸を据える方法といたしましては、そうですわね、六歳の時に書かれた黒ポエムがよろしいのではないかと」
黒ポエムとは……最強の恐ろしい武器だよ。つい口笛をふくとはしたないですわと嫌な顔をするリュシー。
「……ばあやである私も責任を感じますわ、あんなおば……いえ奔放な方になられるとは」
「とりあえず、あんたの顔をたててあたしはあのおバカを婚約者にしてやったんだよ。旦那様もしぶっていたけどね、将来的にはお嬢様のためになるとおもったんだよ! あんたがあれをどうにかしてくれるというから!」
「私も利害は一致したと思いましたが、あのお……レオン様の脳みその少なさをどうもこう計算に入れたはずが、どうもうまくいきませんでしたわ。申し訳ありません」
言いよどむリュシー、つまりバカだけど、そこまでバカじゃないと思ったわけだね……。
リュシーははあとまたため息をついて、とりあえず王宮婦人ネットワークは任せてくださいとにっこりと笑う。ああそんなのもあったね、メイド、ばあやネットワークともいわれているがね。
「しかしアデルさん、男爵令嬢であったあなたが公爵家の侍女になられた時はどうなるかと思いましたが……皆さん驚かれてましたわよ本当に」
「……昔のことは忘れたね」
「まあ過去はおいておいて、これからのことを考えましょう。レオン様の黒ポエムはお渡しします。あとの材料はどういたしましょう?」
「そうだね、集めておいてくれないかい?」
「わかりましたわ」
私はどうしてもこのお上品な幼馴染が苦手だった。でもどうしても手を借りないとあいつに復讐はできないんだよ。
公爵家の筆頭メイドであるアデルハイド、私の大切なお嬢様を泣かせた罪は重いよ、あのバカ! これからは私のやりかたでやらせてもらうよ!
ああなんとか貼り付けてきたお上品の猫がはがれていくよ。
どうしたって私はリュシーみたいになりきれないもんだねえ。
「……まああなたはあなたであればいいんですわよ。アデルさん」
「はあ? 何がいいたいんだいリュシー!」
「……あなたのような方が必要なのですわ」
「え?」
「黒ポエムを書いていたレオン様は本当にお優しい子だったんですが……」
よよと泣き出すリュシー、ああ、こいつは気位は高いが、どうしても幼い時から面倒をみていたあのバカについては親バカみたいになるからねえ。
まあやりすぎないようにするからと私が言うと、お願いしますわとリュシーが頭を下げてきた。
これからは猫を外して、あのバカに対する復讐を開始するよ。
「私は、アリス・リデルとの婚約を発表する!」
私は魔法学院の舞踏会とやらにいたよ。あのバカ、陛下に怒られても、どうしてもアリスとやらと婚約すると譲らないんだよ。
魔法学院で出会った同級の男爵令嬢らしいが、元は庶民、私と一緒だね。
皆が祝福のためにぱちぱちと拍手をしているよ。ああアリスってのはうちのお嬢様にお小さいから仕方ないですわよねと飴玉を差し出したそうだ、何をバカにしてるんだい!
「楽団の演奏がはじまったら……」
私はにいと笑う。楽団は買収済みさ、しかしどうしてこうおバカば多いんだい、あのバカ王太子の取り巻きは。
「ワルツ……?」
楽団の演奏がはじまり、そしてワルツとともにオペラ歌手さながらの大声で合唱がはじまる。
いや声が大きいのにうたわせろとはいったが、かなり大きいねこりゃ。
「いとしいい~メリー、ぼくのひとみにうつる~きみのそのむねはおおきい~そのむねにかおをゆずめてぼくは~たゆたう~」
合唱を聞いて、皆が驚きの顔で楽団を見ているよそりゃそうだね、いきなりワルツとともに歌がはじまるんだから。
私はそっと物陰からあのおバカを見ていると、顔が真っ青になってるよ。さすがに覚えているようだね。
「メリー。そのゆたかな~むねは~まるで~おやまのようだ~あのやま~おおきなむね~」
「やめろ、やめろ、やめろ、その歌をやめろおおおお!」
おやおや、頭を掻きむしりながらやめろおおおと叫び、楽団に向かって走っていくよ。あ、陛下にやとわれた騎士が止めに入ったね、最後までうたわせろって命令があるからね。
しかし止められながらも半狂乱だよあの坊や、しかしリュシーが言った通りかなりすごいねこりゃ。
「ゆたかなおむねにかおをうずめ~ぼくはぼくはレオンは~やわらかさに~きょうも~たゆたう~」
「……レオンって……レオン様のこと?」
「胸、大きな胸って……」
アリスって子も巨乳だねえ、そういえばあのバカは大きな胸が好きだったよ。リュシーは貧乳だからよく愚痴を言っていたね。
「むねが~おおきいほうがおんなはいい~ひんにゅうなんていやだ~」
ああぐったりとなって床に足をついたよあのバカ、破壊力満載だね本当、ばあやであったリュシーが一切合切あのバカのものをとっているのを聞いたことがあるが、こんなのまであったのかい。
「いとしいメリー、おおきくなったらぼくのぼくの~こんやくしゃになっておくれ~」
「……お断りしたはずですけど」
あ、メリー侯爵夫人が青筋たてて怒ってるよ。そういえば賓客として、学院の生徒の親もよばれていたんだね。
王宮のそういえば侍女を若い時していたんだっけね。
「……レオン様、あなたは女は胸が一番といわれるのですね」
アリスって女が青筋立てて怒ってるよ。胸だけがいいってそりゃうたわれたら怒るよ、あんたの胸にみんな釘付けだしね。
「……私、婚約は考えさせてもらいます」
あ、胸を両手でかくしてそそくさとアリスって女が退場するよ。しかし、黒ポエムがこれだったとはねえ、はああのバカ、七歳から巨乳好きとはね……。
「うわああ、やめてくれえ、いかないでくれえアリス、アリス、胸が一番だなんて思ってない。その尻も僕このみだああああ!」
女の尻を追っかけているのは昔からだけど、そのセリフでたぶん戻ってくる女はいやしないよ……。
泣きながら床に這いつくばり、戻ってきてくれえと泣くバカ坊ちゃんを見て私はため息をついたよ。
ああ、赤っ恥を書かせてやるとは思ったけど、ここまで壊滅的だとはねえ。リュシーも怒ってるんだねほんと。
……これで終わりじゃないよ。
「うーん、レオン様、アリスさんから婚約をしないって言われて、そこからどうなったのでしょう」
「さあ?」
今日も私は優雅な手つきでお茶を……はあやっぱり腰が痛いねえ。
何とかお茶をいれて、お嬢様がケーキはまだですかしらあとニコッと笑うのを見ます。
ああ、やっぱりうちのお嬢様はこの世界一かわいいです。
「……どこか遠くに行かれたのではないですか?」
「そうなの?」
お嬢様がおいしそうといいながらケーキを頬張るのを見て、うふふとつい笑みが漏れてしまいました。
旦那様もどこにいったんだろうねえといいながら笑っています。
ええ、メイドネット、そう別名ばあやネットワークからは逃れられません。どこにいっても黒歴史がついて回ります。
その黒歴史の供給源は自分のばあやであり無限大。
しかしどこにいったのかねえあのバカ、陛下と旦那様が手を組んで、行くところ行くところで黒歴史を掘り起こされ、どこか遠くに逃げたってのはリュシーから聞いたんだが。
そっとしておいてあげてくださいって言われてからさ、さすがにあれから半年、私にも慈悲があるしね、お嬢様のご機嫌もなおったことだし、追及はやめてやったが……。
「おおきなむねにかおをうずめ~そこにぼくがたゆたう~」
「下品な歌を歌ってはいけません。お嬢様」
「これすごく流行ってますのに……」
「だからこそ、そんな歌はお嬢様は歌ってはいけませんよ」
「はい」
お嬢様のお心の傷がいえたようでよかったです。旦那様はもう少し大きくなったらあのバカ以上の相手を見つけてあげるといってますが、はてさて……。どうなりますことやら
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