おじいさんとおばあさん
辺り一面の暗闇。お兄様、お義母様たちに囲まれる。
『この役立たず!』
『力も無い癖に‥‥』
『一族の恥め!!』
やめて。そんなこと言わないで。殴らないで。蹴らないで。
お願い、助けてお父様。
『―――お前なぞ、要らないわ。無能が』
冷めきった光無い瞳。嫌だ、そんな目で私を―――。
「見ないでっっ!!」
叫んだ声で跳ね起きる。
胸が苦しくて、息を切らす。身体を流れていくのは、大量の嫌な汗だ。
でも、良かった。目覚めたってことは夢だったのか。
息が整ってきて、少し冷静に辺りを見回す。自分のおかれている状況がいまいち理解できない。
「‥‥これ、布団?なん、で‥‥。」
私なんかが、こんなきちんとした布団に寝かされているのか。こんなことは恐れ多い。
「それに、手当‥‥。」
こんなことされたの、一度も無い。待って、どうしたんだろう??
これから、もっと酷いことされる前触れなのかな?と、恐ろしい想像をしてしまい、背筋が凍った。
とにかく、謝らないと。こんな私に手間をかけさせてしまった。
‥‥パタ、パタ、パタ。
襖の向こうから音がする。ああ、誰か来るんだ。強張った身体に、また嫌な汗が流れる。震えで喋れなくならないように、両手をにぎりしめる。
パタ、パタ、‥‥スパン!
立ち止まった瞬間、勢いよく襖が開いた。と、同時に。
「良かった。目覚めたかい?」
溌剌とした、威勢のいい声で女の人に問いかけられた。この人は誰だろう?うちの島で会ったこと無いな。
私はと言うと、すぐに謝るつもりだったのに、その人の声のかけ方が機嫌の良いというか、何というか。今までかけられてきた声色とは、全く違うことに驚いて、ただ目を丸くして見つめるだけだった。
見た感じはおばあさんとおばさんの境?(少し失礼か)くらい。でも、普通というよりは、覇気があるような。今まで強い鬼を、たくさん見ているから何となくで分かるけど、この人も強いんだな。そう感じる。
そんなことを、驚き顔で考え込むこと数十秒。女の人も、私に付き合っているような感じで見つめ合っていたけど、はっと、固まっているわけにもいかないと向こうが思ったようで。その人は、私の側に座って。
「いや、ほんとに良かったよ。こーんな幼子が、あんなぼっこぼこになってたんだ。死んじまわなくって、ほっんとに良かった」
そんな、優しい言葉をかけながら、私の肩にぽんぽんと手を置く。今までされてこなかった対応だらけで。頭がこんがらかる。おもわず、下を向いた。
私、弱いのに。役立たずなのに。何でこんなに労って貰えるんだ。私なんか、要らないはずなのに。
助ける価値なんて無いって、みんなに言われつづけたのに。そうだ、何か言わないと。きっと、待たせている。
「ごめ‥‥、なさっ‥‥。」
とりあえず謝った。きっと、私のことを知らずに助けさせて、煩わせてしまったのだ。けれど、不意にかけられた優しい言葉が、頭の中で繰り返される。同時に、胸に重いものがうずまいた。すると、それが、だんだん喉から上の方へと込み上げて、とうとう鼻がつんとしたと思うと、涙が堰を切って溢れた。どうしても、止められない。
早く泣き止まないと。きっとこの人を怒らせてしまう。弱いものは要らないと。
「‥‥‥‥。」
何も無い沈黙。ほら、やっぱり怒ってるんだ。私がすぐ泣くから。けれど、さっき優しい言葉をかけてくれたその人が、私に怒りの表情を向けてるのかと思うと、いつも以上に怖くて震えてしまう。
ああ、ほら、いつものようにしないと。
「‥‥あんた、」
さっきより低い声。やっぱり怒ってるんだ、と思った。けれど、次の瞬間、私の頭はその人の胸の中に抱え込まれていた。
「よく、頑張ったねぇ。そんなちっこい身体で。痛かったろうに。」
初めて感じた他の人のぬくもり。身体も言葉も、そんなことを知らなかった私は。
その人に抱きしめられた時に、私を縛っていた何かが壊れ初めていた。