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シスターズ・レギオン──世界を救う妹たち──  作者: 鰓鰐
第1章 驚愕!世界を越えた覗き魔
9/19

(8)

 ―8―


『マスターの「敵の妹と仲良くなる能力」とは、直接的に敵の妹から好意を得られる、という意味ではありません。厳密に言えば「仲良くなるためのイベントを発生しやすくする」という事なのです。つまり、好感度アップのチャンスやフラグの立ちやすさが人よりも高い、という事になります』


 一連の騒動が収まった後、火宮雷堂と鷺沢紗耶香は共に木陰へ腰を下ろし、彼のデバイスが語る声へ、耳を傾けていた。美少女と二人きりという状況に、何も感じないわけではなかったが、間にデバイスを挟んでいるせいか、それもいくらか軽減されている。それが残念か否かと問われれば、ほんの少し前者寄りの感想ではあった。


「あー、ナヴィちゃん?正直、俺は恋愛ゲームとかやった事ないから、イベントとか好感度とかフラグとか、そういう事言われても今一つピンと来ないんだが……」


 いくらか専門用語混じりの説明に、鷺沢が首を傾げているのを見て、雷堂は問い掛ける。


『嘘です。マスターは恋愛シュミレーションゲームをプレイした経験があります。主にスマートフォンのアプリでプレイ出来る物や、ネット通販でこっそり買った18禁のPCゲームなど、様々です。ちなみにマスターが最初に購入されたゲームは、キョナミエンターテイメントから発売された、ドキドキメモリアル(限定版)です。推しキャラは……』


「だぁぁぁぁ俺が全面的に悪かったから!頼むから人前でそんな事暴露しないでくれよ!人の心って物がないのか!お前は!」


『残念でしたー。ナヴィちゃんはAIなので、人の心の機微は分かりませーん』


「嘘つけ!お前感情豊かな上に人の心の弱い部分を的確にグッサグサ攻撃してんだろうが!」


もはやコントのようなやり取りに、鷺沢はクスクスと笑う。雷堂はそれを横目で見つつ、気を取り直すように咳払いをすると、改めてデバイスに目を向けた。


「……つまりさ、『転校生と曲がり角でぶつかりやすくなる』、みたいな感じか?」


『それどころか、「曲がり角でぶつかった転校生が同じクラスの女の子で、しかも親同士の付き合いが原因で一つ屋根の下で暮らす事になる。尚且(なおか)つ両親は海外旅行中で実質二人きり」くらいの現象は引き起こします』


「お、おぉ、チートだな……しかしどうして恋愛方面に振り切っちゃったかなぁ……」


抱えた膝に顔を埋めながら、雷堂はため息を吐く。やはり自分の能力に関して聞けば聞くほど、情けない気持ちに襲われる。しかし、鷺沢はふるふると首を横に振った。


「みんな、ワームホールの向こう側にいる人達と、戦う事を前提に訓練している気がするけど……でも、本当に争う必要があるのか、私には疑問。本当は、全部ただの行き違いで、お互いに誤解しているだけかもしれない。ちゃんと話し合う事が出来れば、案外分かり合えるかもしれない。そう、思うの」


そんな言葉が彼女の口から出てくるのが少し意外で、雷堂は顔を上げる。鷺沢の表情は、いたって真剣なものだった。


「だから、私はあなたの能力、素敵だと思うよ。だって、それって人に出会う機会が増えるって事でしょ?」


それから彼女は、


「愛は地球を救う。かもしれない」


と、ニッコリ微笑んだ。思いがけない言葉に、雷堂はしばらく目を見開いていたが、彼はつられように笑い返した。


「初めて鷺沢と話したけど、お前っていい奴だな。有名人ってもっと、近寄りづらいのかと思ってた」


「それは偏見。私はフレンドリー」


妙な返しに、雷堂は小さく吹き出した。それから彼は一頻り笑った後、ゆっくり立ち上がると、鷺沢に向かって手を差し伸べる。


「ありがとな。おかげで、少し気が晴れた」


その手を握り、鷺沢も立ち上がった。柔らかな笑みを浮かべた彼女が、何か言おうと口を開いた瞬間、しかし彼女の声は別の音に掻き消される。

 突如として、何の前触れもなく、山間部に(つんざ)くような悲鳴が響き渡った。それも、一人二人のものではない。皮膚が粟立つような、何十、何百という人間の絶叫だ。咄嗟に二人は目を合わせると、互いに頷いて、悲鳴の方へと走り出す。


「ナヴィちゃん、何があったか分かるか!?」


『原因は分かりません。しかし、ダイバーの装着しているデバイスの反応が、一瞬で半数以上消失しました』


思いもよらない言葉に、両者は絶句した。自然と、二人の足は速くなり、山道を飛ぶように駆け抜ける。林の中を突っ切り、獣道を半ば強引に駆け上がり、山頂付近にある広場へと辿り着くと、雷堂はそこに広がる光景に、目を疑った。


「……何だ、これは……?」


その場所には先程まで、300名を超えるダイバーがいたはずだった。だが今この広場の中には、両手で数えられるだけのダイバーが、いずれも負傷した状態で倒れているばかりだったのである。


「火宮くん、あれ!」


後から追い付いてきた鷺沢が、息を切らしながら何かを指差す。その先を視線で追った瞬間、雷堂の背筋が凍った。

 黒い、ローブのような衣服を身に纏い、フードを目深に被った人物が、広場の中央に立っていた。190cm近くあるだろうか、長身の体からすらりと伸びる右腕の先には、幅広の大きな剣が握られている。そしてその反対の手に、気を失って力無く項垂(うなだ)れる一人の少年の、襟首が掴まれていた。そしてそれは紛れもなく、火宮雷堂の旧友である、仁藤の姿だったのだ。


「仁――」


 思考よりも早く、体が動いていた。雷堂は捕らわれた友人の元へと、一目散に駆け出す。しかし、その直後唐突に、仁藤の姿が消えた(・・・)。雷堂の目の前で、あまりにも突然に、地面へするりと吸い込まれるようにして、仁藤の身体が跡形もなく消え去ったのである。



「お前、何を――!」


 雷堂が叫ぼうとした瞬間、黒いローブが(ひるがえ)った。トン、と一歩の内に10m近い間合いを詰めたかと思うと、ローブの人物は手にした大剣を雷堂に向かって振り上げる。異常な速さだった。まるで人間のものとは思えない動きに、雷堂の反応が遅れる。避けられない――そう悟った直後、しかし彼の体は突然、何かに引っ張られたように、後方へと転がっていた。


「ぐっ……何、が……」


状況も分からないまま、雷堂は顔を上げる。そして、自らの隣に立つ人物の姿に気付くと、彼は大きく目を見開いた。


「教官!?どうして……その腕……!」


身体中を砂埃まみれにした来栖が、雷堂を庇うように立っている。恐らくは折れているのだろう、彼女の右腕は不自然にぶらりと垂れ下がったまま、その指先から血を滴らせていた。


「火宮、他の奴らを連れて逃げろ!あいつは、ダイバーを狙ってる!」


「それじゃあ、こいつは『向こう側』の……!?」


「恐らくな。どういう手を使ったのか分からないが、突然にあいつが現れ、一瞬の内にダイバーのほとんどが消された。職員もほとんど動けない状態だ」


 雷堂の頭に振り下ろされるはずだった大剣は、寸前まで彼の立っていた地面へと、深々と刺さっていた。それを難なく引き抜きながら、ローブの人物は再びこちらと対峙する。だが直後、突然周囲を突風が駆け抜けたかと思うと、弾丸の如き空気の塊が激突し、大剣を弾き飛ばした。振り返ると、後方に立つ鷺沢が、手で作った『拳銃』を構えていた。


「妙な動きをすれば、次は直接当てる。それ以上……」


「やはり、腕輪を着けているのが『当たり』か!」


 低い、男の声だった。ニヤリ、とフードの下の口が歪むと、直後、来栖と雷堂の眼前にいたはずのローブの姿が、突如として消える。その瞬間、狙いを悟った来栖は声の限りに叫んだ。


「下がれ、鷺沢ッ!」


ほんの一呼吸の間に、ローブの男は鷺沢との距離を詰める。だがしかし、すでに鷺沢は男に向かって、次弾を放っていた。鉄をも砕く、空気の弾丸。その速度は、拳銃のそれを遥かに超える。肉眼で捉える事は、確実に不可能――の、はずだった。


「なっ――!?」


目の前の光景に、鷺沢は息を呑んだ。たった数歩、何かのついでのような動きで、男は完全に空気の弾丸を避けていたのだ。手を抜いた覚えはなかった。間違いなく全力の一撃を、撃ち放ったはずだ。それを、事もあろうか余裕の笑みを見せたまま、男はかわしたのだ。次の弾を用意するだけの時間は、すでにない。男はもう、目前にまで迫っていた。


「そん、な……」


能力が通じない。武器もない。逃げられもしない。万策は、尽きた。鷺沢は、よろよろと後ろに数歩下がっただけだった。何をする事も出来ぬまま、頭上へと男の手が伸び、そして――


「させるかぁぁぁ!」


 雷堂の怒声と、重い打撃音が、同時に響いた。それと共に、男の巨体が宙を舞う。火宮雷堂は、男の狙いに気付いた瞬間から鷺沢の元へと走り出し、寸でのところで相手を殴り飛ばしたのだ。


「火宮くん!?」


「待たせたな、鷺沢!」


グッと拳を握り締め、口角を上げながら彼は言った。


「ステゴロなら!負けない!」


『マスター、すでにその台詞から負けフラグ臭がするのですが』


 吹き飛ばされて地面に転がった男は、口元を拭いながら、すでに立ち上がっていた。それを見るや否や、雷堂は再び拳を構え、男に向かって突っ込んでいく。


「いい拳だ。だが、まだ若い」


助走をつけたまま、雷堂は全力で拳を振りかぶる。だが、それが相手に届く事はなかった。拳を叩き込もうとした瞬間、男の腕が蛇のような動きで雷堂の腕を絡め取り、逆に雷堂の顔面へとカウンターの掌底を打ち込んだのだ。


「がっ、あ……!?」


その衝撃に、脳が揺れる。思わず意識を手放しそうになるが、雷堂は歯を食い縛り、両足で強く大地を踏み締めて、気力だけでそれに耐えた。


「まだ、だっ!」


男の鳩尾(みぞおち)を蹴り飛ばし、一度距離を取った後で、再び攻撃に出る。だが、幾度拳を振るっても、それが相手に当たる事はなかった。常に最適な、極めて最少の動きで、男はゆらりと身を揺らし、攻撃をかわす。その上、こちらの一打を避ける度、二撃以上の攻撃が返ってくる。技巧のレベルが、遥かに違う。敵のそれは、確実に何かの武を極めた者のそれだった。


「くっ……このくらい……!」


「素晴らしい気力だ。並みの人間なら、既に三度は気を失っていよう。だが」


何度目かの雷堂の拳を、男は片手で受け止める。まるで岩山でも相手にしているように、掴まれた拳はびくともしなかった。


「生憎と、時間が無くてね」


男がそう呟いた、直後だった。唐突に、何の前触れもなく、体が浮遊感に襲われる。まるで、空中に投げ出されたような感覚――そして雷堂は、自分の足場が消えている事に気が付いた。


「なっ――!?」


足元に、巨大な穴が空いていた。空間そのものが消失したような、得体の知れない(うろ)のような空洞。直後、雷堂のデバイスが機械の音声で告げる。


『ワームホールです!極小サイズの、次元の穴!上空に発生したのと同じ物!飲まれれば――』


「もう、遅い」


直後、男が雷堂の手を離すのと同時に、彼の体が落下を始める。底無し沼に飲まれるような感覚と共に、雷堂の姿が穴の中へと消えていく。


「火宮くん!」


咄嗟に鷺沢が伸ばした手は、しかし何も掴む事無く、火宮雷堂の姿は胡乱な闇の中に消失した。


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