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シスターズ・レギオン──世界を救う妹たち──  作者: 鰓鰐
第1章 驚愕!世界を越えた覗き魔
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(7)

―7―


 高尾山に到着し、火宮雷堂がやる気を取り戻してから数刻後、しかし彼は今再び、眉を下げて落ち込んだ表情をしていた。


「……さっきはあんな風に意気込んだけどさ。あれは少し酷くないか?」


 少し前の職員達とのやり取りを思い出し、雷堂は道路脇に落ちていた松毬(まつぼっくり)を蹴り飛ばす。今現在、各ダイバーは職員達の指導の元、その能力の一部を解放する訓練をしたり、記録を取られたりと、非常に有意義な時間を過ごしていた。だがしかし、雷堂はその中に加わっていない。何故ならば、彼の能力は常時発動型である事に加え、『敵の妹と仲良くなる』なんて事象を測定のしようがないため、効果の程が全くもって分からないからである。

 代わりにいくらかの質問をされたが、その内容というのも、


「妹はいる?」


「妹が欲しいと思った事は?」


「歳下の女の子は好き?」


「お兄ちゃんって呼ばれたい?」


「何か『妹』に関する事でトラウマは?」


などと、羞恥に耐えかねる問いばかりだったのである。無論、彼らの意図する事は分かった。恐らくは、雷堂の発現した能力と、雷堂自身の環境や性格との関連性を調べるという意味合いがあったのだろう。だが、答える側からすれば(たま)ったものではない。特に思春期の少年にとっては、些か頭を抱えたくなるような問いばかりだった。おまけにトラウマの(くだり)では、赤ちゃんがどうやって出来るのかを知らなかった無垢な小学生の時分、授業参観に連れて来られていた級友の妹が羨ましく見えて、


「俺も妹欲しい!ねえお父さん、お母さん!何でうちには妹いないの?作り方知らないの?ねえ、妹作ってよぅ!」


と、他の保護者の前で駄々をこねたエピソードを話すはめになったのである。ちなみに彼はその授業参観の翌日、よりにもよって保健体育の授業で子供の作り方を教わるという、今世紀稀に見るタイミングの悪さを経験していたのだった。


「しかし、わざわざこんな場所に来たっていうのに、手持ちぶさただな……仕方がない、後で仁藤に組手してもらうか」


 他のダイバー達が出した炎やら雷やらの光が、山肌を照らすのを遠巻きに見ながら、雷堂は目に着きにくい林道で、持て余した時間を使い、肉体作りをしていた。特殊能力という点で他のダイバーに劣るだけに、少しでもその差を縮めようと、彼は地味な努力を積み重ねる。両脚で太い木の枝にぶら下がり、上体起こしをしようと試みると、不意にその時、雷堂は近付いてくる気配に気付いた。


「何なら、俺が組手の相手になってやろうか?今、ちょうど手が空いたところなんだ」


 そう声をかけてきたのは、先日道場で組手をした際、雷堂に殴り飛ばされた大男だった。中学生達が施設見学をしていた目の前で、彼に対して啖呵を切ったのは、まだ雷堂の記憶にも新しかった。


「それはありがたいが……どういう風の吹き回しだ?この前のリベンジか?」


「まあ、そんなとこだ。俺も、やられっぱなしってのは収まりが悪くてな」


それを聞くと、雷堂はするりと枝から降りる。そして、両脚を開いて腰を落とすと、早速構えを取った。


「そうか。なら、その申し出はありがたく受けるよ。……っと、その前に謝っておかないとな。この間は、俺ばっかり一方的に言いたい事言って、悪かった。それも、あんな人前で」


「謝る必要はねえよ。気にしてない。それより、さっさとかかって来い」


どういう訳か、非常に上機嫌そうな表情で口にする。それならばと、雷堂は間合いを詰めるべく一歩を踏み出す。その、直後の事だった。


「――よし、今だ!やれ、【他力本(ゴーレム)岩】!」


男の叫びが聞こえたのと、雷堂の体が宙に投げ出されたのは、ほぼ同時だった。突如、何かが砕けるような音と共に、逆バンジーの如く急速に真下から上へと引っ張り上げられて、そのまま放り投げられたような感覚に襲われる。何が起きたのか理解する間もないまま、雷堂の体は二転三転し、地面に叩きつけられた。


「……いっ……つ……!?」


声を出して呻くと、砂と鉄の味がした。呼吸をする度、強打した胸が軋むように痛む。急な動きに平衡器官は狂い、定まらない視界で、それでも雷堂は顔を上げた。


「何を……した……?」


内心では、聞くまでもなく分かっていた。それでも、雷堂は信じられないという表情で、歯を食い縛りながら男を見上げる。


『ダイバーの特殊能力による攻撃です。無論、能力を人に向ける事は規則で禁じられています。これは、明らかな違反行為です』


雷堂のデバイスがそう告げると、男は堪え切れなくなったように笑いだした。


「そんな大した事じゃねえだろ。これはただの組手だ。別段、能力の使用を禁じたわけじゃないんだ。せっかくこんな場所にいるんだから、能力を使った模擬戦をしたいと思うのは道理だろ?」


「こいつ……!」


拳で地面を叩いた後、雷堂は勢いよく立ち上がる。しかし、未だに徒手空拳で構える彼の事を見ると、男の高笑いは一層強まった。


「ほら、お前も能力使ってみろよ。もっとも、使ったところで何の役にも立たないだろうけどな!」


「黙れ!能力なんて使わずとも、ステゴロなら負けな――」


言い切るよりも前に、雷堂の足元で大きな爆発のような音が轟いた。その直後、彼の体は再び宙へと放られる。吹き飛ばされる刹那、その目に映ったのは、地面から伸びる一本の『腕』だった。2mはあるだろう、土や岩石で構成された、巨大な『腕』。どういう理屈で動いているのか全く理解出来ないが、その『腕』は雷堂を殴り飛ばした後、岩でできた関節を滑らかに駆動させ、中空から落下してくる雷堂を受け止めた。ガツン、とその岩肌に頭を打ち付けられ、意識が飛びかける。だがしかし、それを許さないというように、『腕』はその掌で以て、雷堂の体をそのまま強く握り込んできた。


「い……ぎぁ……!?」


万力のような力で全身を締め上げられ、雷堂は目を見開く。肺の空気は絞り出され、全身の骨が軋みを上げる。力加減一つで、彼の体が中身をぶちまけながら押し潰される事は、明白だった。文字通り、雷堂はその『腕』に命を握られていたのである。そんな中、聞こえてきたのは男の笑い声だった。


「いい光景だな、火宮雷堂!今までデカイ顔してきたくせに、ザマぁねえ!悔しかったら能力でも何でも使って、やり返してみろよ!何だっけ?確か、妹がどうとか?はっ、笑わせる!内心の変態的な部分が、能力にまで影響したんじゃねえのかって、みんな笑ってたぜ。お前、そんなんで恥ずかしくないのか?よくもまあ、そんな奴が世界を救うだの何だのと、今まで偉そうな口叩いてられたな?」


気に食わない相手を見下している愉悦だろう、男はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、楽しそうな声を上げていた。


「まあいいや、俺だって加虐趣味があるわけじゃない。今までの非礼を詫びて、許しを乞うなら離してやっても……」


「黙……れ……!」


悪い癖が出た。大人しく負けを認めればいいものを、雷堂は眼下の男を睨み付けたまま、食い縛った歯の奥から声を出す。


「恥ずかしいのは、お前の方だろうが……!せっかく戦闘向きの能力を持ってるのに、こんな程度の低い事に使いやがって!」


到底、敵う相手だと思ってはいない。この状況を打開すべき方法だって、何一つ思い付いていない。それどころか、今にも締め殺されるのではないかという恐怖感で、奥歯がガチガチと震えている。それでも彼は、見栄を張った。強がった。恐らくは、仁藤の揶揄するところの『見せかけ熱血漢』というやつだろう。本当に悪い癖だと思いながらも、彼の口は止まらなかった。


「能力なんて関係ない!俺は今でも世界を救いたいと思ってるし、能力が使えない程度で諦めようなんて思ってない!俺は真剣だ!少なくとも、お前よりはな!」


「……何だと?」


まずい、と気付いた時には、すでに遅かった。体を締める力が先程にも増して強くなり、ミシミシと不吉な音が鳴る。もはや、悲鳴を上げる余裕もなかった。


「お前、もっと痛い目に遭わないと分からないみてえだな!いいだろう、このまま……!」


男の口元が、サディスティックに歪む。いよいよ雷堂が意識を手放しかけたその瞬間、しかし唐突に事は起こった。

 ズドン、と大砲を撃ち放ったような重い音が、雷堂の眼前で鳴り響く。直後、彼を拘束する腕の力が弱まったかと思うと、雷堂の体はそのまま落ちて、地面へと転がった。急激に肺へ酸素が流れ込み、雷堂は涙ながらに咳き込む。うつ伏せになりながらも、どうにか顔を上げると、すぐ近くに一人の少女が立っている事に気付いた。


「鷺沢……紗耶香……?」


黒髪の少女が、雷堂と男の間へと、彼を守るように立ちはだかる。整った顔は無表情なまま、しかし敵意を持った眼差しで、男の事を射抜いていた。


「何でお前が出てくる?」


不機嫌そうな舌打ちをした後で、男の目に怒りの色が灯る。それを、鷺沢は涼しげな顔で流した。


「能力を用いた戦闘は禁じられているはず。違反行為を、見過ごすわけにはいかない」


「相変わらず模範生だな、お前は。ちょっとじゃれ合ってただけだよ」


言いながら、男は地面から生える巨大な『腕』へと歩み寄る。ちょうどその手首に当たる部分から先は、どういう訳か雷堂の知らぬ間にバラバラに崩れて、地面へと転がっていた。まるで何かに撃ち抜かれたようだと、雷堂は内心呟く。


「いやぁ、軽い遊びのつもりだったんだけど、思いの外そいつが弱くてさ。加減したのに、まさかあんな……」


「――【威風慟々】ポンプ・アンド・サーキュレーター


突如、その言葉と共に右手の人差し指を立て、手で『拳銃』の形を作ったかと思うと、彼女はそれを真っ直ぐ男の方へと伸ばす。その直後、周囲の風が強まったかと思えば、彼女の指先で空気が渦を巻き始めた。凄まじい勢いで空気が収縮し、風が鳴く。それは、周囲に生えている木を全て丸裸にしそうな勢いだった。まるでスーパーセルを思わせる光景に、男の顔は引きつる。


「おい、お前まさか……」


「奇遇。私も、さっきの一発は加減してたの」


目の前の光景とは対照的に、酷く淡白な言葉だった。彼女の『加減』した一発が、巨大な岩石の腕をバラバラに破壊したのだと(ようや)く悟ると、雷堂は思わず息を呑む。


「軽い遊びなんでしょ?だったら、私もまぜて」


その顔は、冗談を言っているようには見えなかった。彼女は本気だ。このままだと本当に撃ちかねない。それを悟った瞬間、男の額を汗が伝った。


「くそっ!分かったよ、俺が悪かった!だから、その手を下ろせ!」


降参の意を示すように、男は両手を上げる。それを見ると、鷺沢はチラリと雷堂の方へ視線を向けた。どうやら、このまま彼を見逃すかどうか、尋ねているらしい。それを察すると、雷堂は小さく頷いた。


「……分かった」


彼女が手を下げるのと同時に、集まっていた空気が霧散する。それを見てホッと安息の息を吐いたのも束の間、男は苛立ったように舌打ちした。相当自尊心を傷付けられたのだろう、彼は去り際に、


「調子に乗ってられるのも今のうちだ」


と、憎悪さえ込めた目で二人の事を睨んで行った。


「……大丈夫?」


 ふと、二人きりになった瞬間、鷺沢が問い掛けてくる。彼女は未だ立ち上がれずにいる雷堂へと、手を差し伸ばした。


「別に、平気だ。どうって事ない」


素っ気なく返すと、雷堂は彼女の手を無視して、自力で立ち上がる。体のいたる所が痛んだが、彼はそれが表情に出るのを必死で堪えていた。


「さっきのだって、本当は俺一人でも何とかなったんだ。だから、助けなんて……」


『マスター、窮地を女性に助けられ、非常に情けないお気持ちをされているのは理解出来ます。しかし、死すら覚悟するレベルまで追い込まれておきながら、ここで強がってみたところで余計に痛々しいだけです。素直に感謝の意を伝えられた方が、スマートかと』


「何でお前は俺の心境を暴露してんだよ!ああ、そうだよ!本当は助けられて無茶苦茶感謝してるわ!」


先程まであれだけ追い詰められていたのにも関わらず、雷堂は自らのデバイスとギャーギャー言い争っている。そんな光景を見て、鷺沢は小さく吹き出した。


「……へんなの」


先程の無表情が嘘のように、鷺沢は楽しげに笑っていた。その笑顔が自分に向けられているかと思うと、途端にこそばゆさに襲われて、雷堂は居心地悪そうに後頭を掻く。


「大きな音が聞こえてきたから、様子を見に来たの。そしたら、火宮くんが捕まったままで啖呵を切ってたから……」


「俺の名前……知ってたのか?」


有名である鷺沢はともかく、逆に彼女の方が自分を知っていた事に驚いて、咄嗟にそう尋ねる。すると、彼女は小動物を思わせる小さな動作で頷いた。


「うん。昨日のあれ、私も聞いてたから」


頭を抱えた。鷺沢のような人間にまで昨日の悲劇を知られていた事が、少しばかりショックだったのだ。改めて自身の身に起こった出来事を重い知らされ、思わずため息を吐く。


「恥ずかしいところばっかり見られてんなぁ……」


「でも、最後まで諦めようとしなかったのは、偉いと思う。ちょっと、よかった」


何が『よかった』なのかは分からないが、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。どうしても、こんなやり取りにむず(がゆ)さを覚えてしまい、雷堂はひどく落ち着かない心持ちで、そっぽを向いた。


「……まあ、なんだ、その……一応、礼は言っとく」


「その必要はない。むしろ、ごめんなさい」


唐突に、彼女は申し訳なさそうな顔で、ペコリと頭を下げた。その意味が分からずに戸惑っていると、


「さっきは、兄が迷惑をかけた」


と、彼女は続ける。


「……兄?って事は、あいつの妹?」


こくりと、鷺沢は頷く。その瞬間、彼の中で全てが繋がった。


「……『敵の妹と仲良くなる』って、こういう事か……」


何から驚いていいのか分からないが、とりあえず彼は今一度、大きくため息を吐いていた。


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