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シスターズ・レギオン──世界を救う妹たち──  作者: 鰓鰐
第1章 驚愕!世界を越えた覗き魔
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 ―6―


 60人乗りの大型バス6台を使って、ダイバーと職員達が大掛かりな移動の末に辿り着いたのは、東京都八王子市にある高尾山の麓だった。かつて観光地として知られた標高600m程度のその山に、年間登山者数世界1位だった頃の面影はない。本来であれば、紅葉の見頃でもある今時分、たくさんの観光客で賑わっていただろうこの場所は、現在は閑散としているだけだった。


「話には聞いていたけど、本当に封鎖されてるんだな」


 バスから降りた仁藤が何気なく呟くと、近くに立っていた来栖教官が相槌を打った。


「ああ。この周辺はワームホールの群発地域だからな。安全を考慮して、一般人の立ち入りは禁じられている」


「何か、原因はあるんですか?」


「さあな。しかしこの山は昔から、天狗を見たとか、幽霊が出たとか、そういう超常的な現象の話題に事欠かない場所だ。もしかすると、ワームホールを集中的に呼び起こす『波長』のような物が合ったのかもしれん」


答えながら、来栖はどこからかガスマスクを取り出すと、それを口元に装着する。仁藤がその様子を不思議そうに見ていると、彼女はくぐもった声で説明した。


「日本に発生したワームホールの内、実にその4割が八王子市付近、特にこの高尾山近辺の物だった。そして、その多発が原因なのか定かではないが、現在この周辺には微量ながら魔素が検出されている。私のような耐性のない人間は、直接空気を吸わない方が好ましい。つまり逆に、お前達はこの場所でなら、限定的にだが特殊能力を発動出来るという事だ」


それを聞くと、仁藤は納得したように何度か頷いた。


「それじゃあ、『実地訓練』っていうのはそういう意味だったんですね」


「ああ。今日の目的は、お前達ダイバーに、実際に能力へ触れさせる事だ。そして、我々職員がそれを記録する。まあ、一部確認しづらい能力もあるが……」


言いながら、チラリと後ろを振り返る。仁藤がその視線を追うと、相も変わらず放心状態の雷堂が、そこにいた。彼女の言わんとする事を察すると、仁藤は居心地悪そうに後頭を掻く。


「火宮は、昨日からずっと……?」


「ええ。未だ立ち直れずにいるようです」


聞くや否や、来栖は呆れたように大きくため息を吐き出した。それから眉を吊り上げると、雷堂に詰め寄り、その肩を掴む。


「しっかりしろ、火宮!いつまでウジウジしているつもりだ!私はお前を、『あの程度の事』で凹むように鍛えた覚えはないぞ!」


思いも寄らない一喝に、雷堂の体がびくっと跳ねる。(ようや)く焦点の合った目で何度も(まばた)きしながら、彼は来栖に恐る恐る視線を返す。


「特殊能力がなんだ。お前は(はな)から、そんな物に頼った鍛え方をしてきた訳ではないだろう。特殊能力で勝てないのなら、他の部分で上回れ!確かに、戦闘向きの能力を持つ者と比べてしまえば、お前にはハンデがあるのかもしれない。だがそれは、決して埋まらない差ではない!後ろ指を差した連中を見返してやれ!お前にはそれだけの実力があるだろう!それともお前は、私の言葉が信じられないか!?」


「い、いえ!そんな事は!」


咄嗟に、ブンブンと頭を振りながら否定する。そんな様子を見て、来栖は小さく口角を上げた。


「しっかりしろ、火宮雷堂。お前が、誰より真摯に任務へ向き合っている事は、よく分かっている。期待しているぞ」


ポン、と肩を叩いた後で、来栖は颯爽とその場から去っていく。後に残された雷堂は、その後ろ姿をただ眺めるばかりだった。


「相変わらず来栖教官はオトコマエだな。惚れちゃいそうだ」


冗談めいた口調で言って、仁藤が笑う。来栖に喝を入れられ、幾分正気を取り戻した雷堂には、仁藤がこれまで気を遣ってくれていた事に、気付くだけの余裕が生まれていた。しかし礼を言うのはなんとなく気恥ずかしく、雷堂は仁藤に向かって、どうしようもない苦笑を返す。すると直後、雷堂のデバイスが機械の声を上げた。


『マスター、私からも一言二言。マスターの能力が何であれ、マスターがワームホールの向こう側の環境に、耐えられる事は変わりません。向こう側に行って、自らの手で世界を救いたくとも、そう出来ない人間も多くいます。あなたは、そういう人達の、代打なのです。それでもあなたは、そうやってウジウジとしているつもりですか?世界を救いたいというあなたの意思は、偽物ですか?』


「そんな事は、ない。俺は……確かに本当は臆病だし、能力だってヘンテコかもしれない。でも、俺は本気で、みんなを助けたいと思ったんだ」


『でしたら、いつまでも悩んでいる暇があったら、能力を度外視しても生き残る術を身に付ける方が、いくらか有益かと思われます』


多少生意気な口調に、雷堂はため息を吐く。だが、その表情にもう(かげ)りはなかった。


「分かってるよ。言われなくとも、そうするつもりだった。けど……サンキュ、ナヴィちゃん。おかげで吹っ切れた」


憑き物の落ちたような顔で、雷堂は頬を叩いて気合いを入れ直す。それから彼は、幾分明るさを取り戻した顔で、『実地訓練』へと向かっていくのだった。

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