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色づいた紅葉が、木枯らしに吹かれてハラハラと舞っている。そんな秋めいた光景が、窓の外を流れていくのを、火宮雷堂は死人のような顔付きで眺めていた。バスがカーブを曲がる度、彼の体はゆらゆらと不気味に揺られている。傍から見て誰も関わりたがらないであろう様子の彼に、しかし旧友である仁藤は、隣の座席から苦笑混じりに話しかけた。
「なあ、昨日の事、まだ引きずってんのかよ?」
無論、昨日雷堂の身に起きた悲劇の一部始終は、彼も目撃していた。デバイスが配布されたあの場で、火宮雷堂に告げられたのは、「敵の妹と仲良くなる」という、到底ふざけているとしか思えない能力だったのだ。
もちろんダイバー達の中には、姿と気配を完全に透明化させる能力や、物体を瞬間移動させる能力など、戦闘向きではない特殊能力を持つ者も、少なくはなかった。だがしかし、火宮雷堂の場合は次元が違う。戦闘向きではない事はおろか、何の役に立つのかまるで分からない。それ以前に、これを特殊能力と呼んでいいのかすら、疑わしい。そしてあろうことか、彼はその場にいた全員に、一連のやり取りを聞かれるという始末だったのだ。
「引きずるも何も、俺の問題は何一つ解決しちゃいないだろうが……」
ぼそぼそと、聞き取りづらい声で雷堂は答える。あの事件の直後から、今現在に至るまでずっと、雷堂は虚ろな表情を浮かべたままだった。よほどショックだったのだろう、彼は訓練中も、寮に戻ってからも、ただただ虚空を見つめるばかりで、食事も喉を通らず、好物であるはずのチーズささみカツカレーを、ほとんど手も付けずに残すという有り様だったのだ。挙げ句には、他のダイバー達に後ろ指を差されて何も言い返さないという、彼を知る人間からすれば信じられない光景さえ目撃されていた。
「何かの間違いって事はないのか?ほら、デバイスに何か不具合があって、きちんと能力を測定されなかったとか……」
『いえ、それはありません。マスターは昨日、私が故障しているのではないかと教官に尋ねられましたが、何の不具合も見つかりませんでした』
雷堂の代わりに、その手首にはめられたデバイスが返答する。仁藤はそれを聞くと、眉の間に皺を寄せながら腕組みした。
「うーん、そうか……蒸し返すようで悪いんだが、お前の能力って、どういう感じだったっけ?妹がどうとか……」
『マスターが所有しているのは、「敵の妹と仲良くなる能力」です。識別名称は【大盤振妹】。ランクはEX。効果範囲は無限。属性は「萌え」。常時発動型の能力です』
「なんか、並んでいる単語だけ聞くと凄そうなんだけどな。EXとか無限とか」
デバイスと仁藤の会話を聞いていた雷堂は、不意にやさぐれた顔で振り返る。
「凄くなんかねえよ。EXってのは、要は評価規格外って事だ。単純な火力で測る事が出来ない、そういう意味。効果範囲の無限だって、肝心の能力がこれじゃあ……」
ため息がちな言葉だった。あまりにも悲壮感漂う姿に、仁藤は気圧されそうになる。しかしそれでも彼はめげずに、
「大丈夫だって。特殊能力が全てじゃないだろ?お前身体能力いいし、そっち方面で頑張れば……」
と励まそうとする。だが、雷堂の表情は変わらなかった。
「なあ、仁藤。お前、どんな能力だった?」
「え!?いや、それは……」
『彼の能力は、【獅子奮刃】。金属で出来たライオンが、敵に襲いかかる能力です。ランクはS。最大射程距離は20m。属性は「鋼」。攻撃性能としては全ダイバー中3位だと、データベースに記録されていました』
口ごもる仁藤に代わって答えたのは、またしても雷堂のデバイスだった。その途端に、気まずい沈黙が訪れる。
「……えっと……」
「仁藤。無理に励まそうとしないでくれ。余計に辛くなる」
それ以降、バスの中で会話が続く事はなかった。