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「いやー、焦った、焦った。しかし、とりあえず何とかあの場は収まったけど、咄嗟にあんな事言っちゃったからな……あいつ、後で絡んできたり、ネチネチ陰湿な事してきたらどうしよう……」
来栖達が道場を去った後、その場に残っていた火宮雷堂は、安堵と不安の入り交じったため息を吐き出した。先程啖呵を切った威勢の良さはどこへ行ったのやら、彼は眉尻を下げ、ひどく覇気のない顔をしていた。
「よぉ、雷堂。見てたぜ、さっきの。また随分と派手にやったなー」
唐突に、背後から肩へ手を回され、雷堂は目を見開く。振り返ってみれば、彼と同じくらいの年頃の茶髪の少年が、ニヤニヤと笑いながら立っていた。
「びっくりした……ちょ、おい!お前!脅かすなよ、仁藤!」
「ちょっと声かけただけだろうに。何をびくついてんだよ」
「こっちは、さっきまでイザコザしてたんだ。ひょっとしたら報復とか、そういう事もあるかもしれないとか、気が気じゃないんだぞ」
いたって真剣に、雷堂は眉をひそめる。その様子に、仁藤と呼ばれた少年は、呆れた表情を浮かべていた。
「お前のそういうところ、昔から変わらないよな。さっきみたいに、口ではデカイ事言うクセに、実は内心でビビりまくってる『見せかけ熱血漢』。もっとさ、俺のように大人の余裕ってやつを身に付けろよ」
仁藤は、そう言ってわざとらしく肩をすくめて見せる。それを聞くと、雷堂は不満げに口を尖らせた。
「そうは言っても、性分なんだから仕方ないだろ」
「仕方ない、ですまそうとしてるから、一向に改善しないんだぞ。まあ、今のところお前の本性は露呈していないからいいけどさ。もしその性格がバレたら、驚く奴は多いと思うぞ。喧嘩っ早い上に、使命に燃える熱血漢で通ってるお前が、実はビビりでした、なんて。昔からお前の事を知っている俺としては、ワクワク……じゃなくて、恐々としてるんだぜ?」
一瞬見え隠れした本音に、雷堂は眉をひそめる。仁藤というこの少年は、火宮雷堂の旧友、いわば幼馴染みのような存在だった。家が近所な事もあり、中学生の頃までは同じ学校に通っていた、腐れ縁だ。そして半年前、ダイバーとしての資質を見出だされた両者は、再会を果たしたのである。雷堂としては、それが嬉しくなかったわけではないのだが、しかし自分の本性を知る人間が身近にいるという事態に、複雑な心境を抱いていた。
「別に、さっきのだって、嘘を言ったつもりじゃないし。そりゃ、見栄は張ったけどさ」
口ごもるように雷堂が言うと、皆まで言うなと言わんばかりに、仁藤が肩を叩いてくる。
「分かってるよ。お前は『見せかけ熱血漢』だが、それ以前に正真正銘の正義漢だってな。だからビビりのクセに、困ってる奴を放っておけない。喧嘩と見ればすぐに飛んでいく。損な性格だよな。まあ、おかげで腕っぷしはいくらか強くなったんだろうけど」
「確かにステゴロなら自信はあるけど……問題はただの喧嘩殺法が、『向こう側』で通じるかどうかだな……」
暗澹とした気持ちが払拭出来ず、雷堂はため息をこぼす。仁藤は、そんな彼の事を小突いた。
「だから銃器やらの取り扱いも習ってんだろうが。それに、俺達ダイバーには、特殊な能力ってのが備わっているんだろ?」
「ああ、教官が言ってたな。魔素への耐性を持った人間は、空気中の魔素の濃度がある一定を越えると、身体能力が上昇したり、様々な現象を引き起こせるって。特殊能力かぁ……バトル漫画みたいな事が出来たりするのかな?まだ全然実感湧かないけど……」
「お前の場合、名前からして炎とか電気とか出しそうだけどな」
「おお……いいな、それ。いいなそれ!こう、シュバッ、バシューンって感じで敵をやっつけられたら格好いいよな!」
仁藤の言葉に、雷堂は表情を明るくする。ようやく調子を取り戻し始めた友人を見て、仁藤も顔をほころばせた。
「聞いた話じゃ、今週中には能力に関する説明もあるらしいから、それまでのお楽しみにしようぜ。よし、そんじゃ、そろそろ腹ごしらえに行こう。腹が減ってはなんとやら、ってな」
笑いながら言うと、仁藤は雷堂の背中を押して促す。そのまま二人はじゃれ合いながら、道場を後にした。
この時の彼らは、まだ知らずにいた。火宮雷堂の身に宿った特殊能力が、その特異性が、後の世界の運命を大きく左右する事を――