プロローグ
煌々と輝く光が、流星の如く空を裂く。空気が鳴き、凄まじい熱量を持った火球が、近づく物全てを蒸発させながら降り注いでくる。死の予感、などという物で形容するには生温い。眼前に差し迫っているのは、一握の生命の存在すら許さない、一方的な淘汰の力だった。対峙するだけで、膝が笑う。数瞬後の自分の生存が、イメージ出来ない。だがそれでも、少年は退く事をしなかった。彼はただひたすらに、逃げ惑う人々と反対方向へと駆けていく。なぜなら、あの火球の雨の標的が自分である事を、彼は誰よりも知っていたからである。
「っ、おわっ!?」
少年の5メートルほど後方に、火球の一つが落ちる。地を揺らす衝撃と熱波に、彼は前のめりになって吹き飛ばされていた。ぐるん、と視界が回る。そのまま腹這いに叩き付けられた少年には、しかし痛みに顔をしかめる程の余裕もなかった。
「しまっ……!」
地面に転がった少年は、再び上空から近づいてくる熱量に、顔を上げる。そこに、直径10メートルはあろうかという火球が、迫っていた。
「下がって!【嘆きの河よ、凍てつけ】っ‼」
凛と、響き渡る声。瞬間、中空に浮かぶ四つの円。そこから放たれた青白い光の柱は、膨大な冷気と共に火球を撃ち崩す。声の方を振り返ると、少年のすぐ後ろに、一人の人物が立っていた。冷気が迸るのは、その手に握られた白銀の剣。姿を隠すように羽織られた、黒いローブ。何が起きたのかは分からないが、それでも彼の命を取り留めたのがその人物だという事は、疑う余地もなかった。
「っ、危ない!」
少年は、砕かれた火球の破片が降ってくるのに気付くと、その人物を押し倒す。彼は覆い被さるようにして、自らの背中でそれを受け止めた。途端に、肉と服の繊維が焼ける嫌な臭いが鼻をつく。そして何より、意識が飛ぶのではないかと思うほどの激痛に、少年は悲鳴を上げる事すら出来なかった。
『警告。右肩甲骨下部にⅡ度の熱傷』
少年の左手に取り付けられたデバイスから、合成音声による報告が響く。それに応じる余裕もなく、少年が痛みに歯を食い縛っていると、デバイスからはさらに絶望的な通達がなされた。
『緊急報告。ダイバー316名中、212名が敵勢力により身柄を拘束、103名が重度の負傷により、行動不能の状態に陥っています。事実上の、任務続行不可という状況です』
「……ちょっと待て!それはつまり……」
ようやく思考が追いついた後で、少年は慌てたように声をあげる。そこに追い討ちをかけるように、無機質な音声が続けた。
『現在活動可能なのは、ダイバー213、あなたのみという事です。よって――』
そしてこの瞬間、もっとも残酷で無慈悲な通告が、少年に下された。
『人類の命運は、あなたの手に委ねられました。あなたと、あなたに与えられた力――【敵の妹と仲良くなる能力】に』