第7話 突然の訪問者
目が覚めると、俺が見たのは見知った天井………………………ではなく、にやけきった凛堂の顔だった。その目はとろんと蕩けており、鼻息は荒く、口の端からはよだれも垂れていた。絶対に女の子がやっちゃいけない顔だと起きたばっかで意識も覚醒してない頭でもそれだけはわかった。
「ハァ、ハァ、ハァ………ゴクッ、エヘヘヘヘヘヘヘ………」
「なに、してるんだ?」
凛堂がしまらない顔で生唾を飲み込んだあたりで、直感で何かの危機を感じた俺は凛堂に声を掛けた。
ビクッ「…………」
凛堂はびくりと体を震わせその姿勢のまま硬直した。そのまま何もしゃべらない。
沈黙が訪れる。
一体どうしたんだろう、と思ってあたりを見渡すと今の状況がだいたい把握できた。
わかったのは今俺は自分の部屋のベッドの上で仰向けの姿勢でいる。
わからないのはなぜか凛堂が俺の腰のあたりにまたがっていて俺を抱き枕みたいに抱えていることと俺の上半身が裸であることだ。気のせいか、目線は俺の乳首を凝視している気がする。
「えっと………何してるんだ?」
もう一度、同じ質問をぶつけてみる。
「………き、傷の手当てだよ!うん、そう、傷の手当て、傷の手当て。」
「じゃあ、俺の服は?」
「えっと………その………塗り薬!塗り薬塗ろうと思って!脱がしちゃったの!」
「こんな体勢で?」
「………………………………………………………………………………………………スリープ!!」
あ!!こいつ魔法を使いやがった!!やっぱり何か企んれや………あれ、なんらか眠k………
目が覚めると、俺が見たのは見知った天井………………だった。あれ?なんかこの感じデジャブが………
「あ、け、ケー君おはよー。目が覚めたんだね。ち、ちょうど起こそうと思ってたとこなの。」
俺が起き上がると部屋に凛堂がいた。俺は朝が弱いから凛堂が起こしに部屋に来ることがあるのだが、なんだろう?なにかを忘れてる気がする。
凛堂の顔をじーっと見つめる。
「な、なに?ケー君。ど、どうしたの?」
「いや、俺一回起きなかったか?」
「ナ、ナンノコトカナー。ゼンゼンワカンナイナー。」
「何で棒読みなんだ?ま、いっか。俺の勘違いか。」
まだ寝ぼけてるのかもしれないな。
「ホッ・・・・・・」
うーん、なんかもやもやするけどどうでもいいか。それにしても今日も良い天気だ。
あれから、あのワニ………タイラントアリゲイルだっけ?………との死闘から今日で一週間だ。
―――――――――――――――――――
「せい!!」
ズシャ!!
俺はトライデントブルの攻撃を躱し、剣で斬撃を食らわせる。致命傷だ。トライデントブルは力尽きて倒れる。
「ふぅ、今日の夕飯はこいつだな。」
剣を鞘に収め、解体用の小刀を取り出す。こいつは大きいから魔法で身体強化をしてない限り丸ごとは持って帰れないのだ。
「よし、じゃあ、失礼します。」
俺は解体する前に手を合わせる。なんか知らないけど、癖になっているのかもしれない。
俺の怪我はたいしたことはなく、三日ほどで包帯はとれてしまった。
今はまだかさぶたや傷跡が残っているが、全然支障はない。今はトレーニングもかねて夕飯の食材調達中だ。
あの戦闘の後、俺の中でいくつかの変化があった。
その一つが殺しに迷いがなくなったことだ。別に殺すのが楽しくなったとかじゃない。一回殺したからそれで振り切れただけかもしれない。
でも、なんかそれだけじゃない気がする。今まで安全な国に暮らしていて、誰かに殺されるなんてことはまずなかった。
でも、この世界じゃそれは日常茶飯事だ。自分が殺される前に殺す。そうしないと生きていけないことがわかったのかもしれない。迷いがなくなったおかげで、剣の技量も良くなった気がする。
なんにせよ、いいきっかけになったと思う。
「よし、これくらいでいいかな。」
トライデントブルから肉を調達した俺はそれを生肉用の麻袋に入れ、家に帰ることにした。
そういえば、凛堂から聞いたのだが、普通のトライデントブルは火をふかないらしい。俺が戦った奴が特別だったらしい。
そうやって普通の個体と明らかに違う特徴をもつ魔獣を変異種って凛堂は呼んでいた。他にも、変異体、亜種等呼び方は色々あるらしく中には全く別の魔獣だと主張する人もいるが、なぜそのような変化が現れるのか、また変化の規則性は全く明らかになっていないらしい。
わかっていることは、非常に珍しいことと普通の個体よりも強い傾向があることだけだそうだ。
向こうの世界で言う所の突然変異って奴だな。まさか初めて見たトライデントブルが珍しい変異種だったなんて、なんかすごいな。
ちなみに、今俺が狩ってきたのは普通のタイプだったし、タイラントアリゲイルもあれが普通のタイプらしい。あれで普通って、タイラントアリゲイルの変異種ってどんな奴なんだろう?
そんなことを考えていると、家に着いた。
「ただいまー」
シ――――ン
あれ?やけに静かだな。いつもは凛堂がドア開けると凛堂が抱きつかんばかりの勢いでやってくるのに、珍しいな。
ひとまず、台所に肉を置いて家の中を歩いてみる。
「凛堂?いないのかー?」
返事がない。どっか出かけてるのかな?
でも、出かけるときはいつも俺に一言声かけるのに………。
まさか………愛人か?いや凛堂はひいき目無しにかなりの美人だ。今は顔に怪我があるが、それを差し引いてもかなりモテるだろう。充分あり得る話だ。
あーなんだろ、この感じ。これが俗に言うフラれたって気分なのか。結構ダメージ来るなぁ。せめて、告白してフラれたかったなぁ。なんか、この遠回りにわかった感じはなぁ………。これはこれでかなり大きい心の傷が………………。じゃあ、どうしよう。このまま俺が一緒に暮らしてたら、凛堂と相手の方に迷惑だよなぁ。最悪凛堂が誤解されかねないし。俺は潔く身を引こうか………。
それにしても相手は一体どんなやつなんだ?年上か?年下か?それともタメなのか?ガチムチマッチョ系か?エリート系か?流行りの(?)細マッチョ系か?うぉぉぉ気になる!ひっっじょうに気になる!どうにかして会えないかな?今度サラッと聞いてみるか?いや、でもなんか怖いなぁ。あ!今度凛堂の後をこっそりつけていけば………………………ってあぶねぇ!!危うくストーカーになるとこだった!
なんにせよ、恋という戦いに負けた俺のような哀れで惨めな負け犬はさっさとおさらばするべきだろう。さようなら、凛堂。幸せになるんだぞ!
そして俺は誰にも気づかれないような汚い路地裏とかで朽ち果てていくんだろうなぁ。
「なぁ、ちょっといいか?」
「うおぅ!!」
すっかりネガティブな思考の渦に飲まれていた俺は、突然話しかけられた声に過剰に反応してしまった。
後ろを振り向くと、見知らぬ男が立っていた。髪は茶色で目はキリッとしているさわやか系イケメンだ。その身には白い防具を着ていているのだが、なんというか冒険者というよりもっと高貴な感じがする。騎士とかそんな感じの。
つーか、誰だ!?こいつ!?あ、まさかこいつが凛堂の………
「なんでそんな恋敵をみるような目で睨んでくるんだ?」
おっと、つい顔に出ていたか。
「いや、気にしないでくれ。というか、あんた誰だ?」
「あー、悪いけど、そいつは言えないんだ。」
ほっほ~う。つまり、人には言えない経歴やらご職業の方ってことですね~。悪いけど、素性もろくに明かせられないような人には、凛堂を預けられないんだよね~。
「なんでそんな勝ち誇ったような目で見てくるんだ?」
おっと、つい顔に出ていたか。
「いや、気にしないでくれ。それより、いったいどんな用件で?」
「あぁ、実はな………。ん?おまえ………」
その男に質問すると、急に俺の顔を凝視してきた。
な、なんだ?急に人の顔をじろじろと。そんなに俺がブサイクか!?そりゃ、おまえみたいなイケメンに比べたら俺はブサイクに違いないだろうがな!俺だってバレンタインのチョコくらいもらったことあるんだぞ(義理チョコだけど)!!どーだ!!参ったか!!?
俺が盛大に心の中で勝ち誇っていると
「こんなところで何してるんのですか?」
家の外から女の声が聞こえてきた。
見ると、魔法使いの杖のようなものをもつ黒髪ポニーテールの女がいた。
「お、どうだ?見つかったか?」
「いえ、魔獣ばっかりでした。結局あったのはここだけですか?」
「あぁ、今話を聞こうと思ったんだけどよ……………………」
おいおいおいおいおい、こいつ他の女がいるくせに凛堂にまで手を出そうってのか!?ここじゃ一夫多妻制も認められてるってのか!?もはやおまえにさわやかという称号は似合わんぞ!
というか、このイケメンなんでさっきからチラチラとこっち見てくるんだ?
「ん?どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。ま、とにかくだ。俺たちはある奴を捜してるんだ。」
そう言ってイケメンが俺に向き直る。
「その情報を集めているんですが、このあたりに人が住んでそうな家がここしか見当たらなかったんです。ですのであなたに少し協力をお願いしたいんですけど。」
イケメンの説明を補足するように女もやってくる。
「まぁ、そういうことならいいけど………。でも、俺もそんなに役に立つ情報はもってないと思うぞ。まぁ、名前とか特徴とか教えてくれ。」
それとこの森には俺たち以外住んでないから街とかに行った方が良いんじゃないか?
そう思いつつ、ひとまず協力することにした。
「そいつの名前は凛堂真里亜。顔の右側にやけどの跡がある女なんだけどよ。」
読んでくださりありがとうございます。
次話の投稿は9月8日以降の予定です。