第17話 犬山明香里のスキル
「へ?」
「チッ!」
果たして、この時の凛堂の4文字を誰が予想できたのだろうか?
俺は自分をコミュ障な方だと自覚していたが、無性に全世界の人間に問いたくなった。
あと、犬山の舌打ち怖すぎ。
「さぁ!ケー君!ハグしよ!!ね!怖くないから!」
そう言ってじりじりと俺の方へにじり寄る凛堂だが、めちゃくちゃ怖い。目が爛々と光っているし呼吸も荒いし手もワキワキ動かしてるしなんかよだれ垂れてるし。
「ほ、ほんとにこれがスキルの弱点なのか?他にも方法があるんじゃ………」
「ないよ。うん、絶対ない。ハグするしかない。だからハグしよ。」
ふぇぇ……、有無も言わせない感じが怖いよぉ。
凛堂の目がマジだ。もはや、あれは獲物に狙いを定めた肉食獣の目だ。
避けられないのか…………。もちろん、凛堂とハグするのは嫌ではない。むしろ逆だ。大歓迎だ。
だが、俺にも心の準備というものがある。俺は大きく深呼吸してから
「じ、じゃあわかった。ハぐえ!!」
『ハグしよう』と俺が言い終えるよりもだいぶ早い段階で凛堂が懐に飛び込んできた。おかげでうめき声と合わさって変な感じになってしまった。
「ゲホッゲホッ………な、なぁ、これでいいのか?」
「うーん、まだかな~。もっとくっつかないとだな~。」
そう言って凛堂は腕の力を強めてますますくっついてくる。
俺と凛堂は正面から抱き合っているため、まるで恋人がするような体勢になってしまっている。それによって俺の胸辺りに凛堂の柔らかい果実がもろに押しつけられている。あと、なんかいい匂いする。
当然この俺の理性がそんな状況に耐えきれるわけがない。
あと、ちょっとあばらが痛い。
「なぁ、凛堂?も、もう少し離れた方が……。」
「ううん、駄目だよ。失敗したら大変なことになるんだから。もっとくっつかないと。ケー君ももっと私を包み込むようにしないと。ほら私の背中に手を回して。」
えらく饒舌に言う凛堂。そんな彼女だが、今は俺の首筋に顔を埋め背中でせわしなく両手を動かしまくっている。
この体勢でちょうどいい手の位置を探しているのかな?そうだよな……?
………………信じよう。何だろう?考えるのが怖くなってしまった。
そんなこと考えている間も凛堂の大きく実った双丘が俺に押しつけられている。
ヤベぇ。うん、ヤベぇよ、俺の理性が。
凛堂がずっと動いているためそれに合わせて膨らみの形も変わる。
このままじゃいかん!
心頭滅却心頭滅却グニ心頭グニ滅却心頭滅却心頭滅却ムニ心ムニ頭滅ムニ却心頭ムニ滅却心頭滅ムニュ却ムニュ心頭滅ムニ却心頭滅ムニ却心頭滅却心頭ムニュ滅却心頭滅ムニュ却……………………ってできるかあぁぁぁ!!
「り、凛堂?そろそろ……。」
「ケー君の匂い……ハァ………ハァ…………すごい、私今ケー君に包まれちゃってる………………グヘヘ、グヘヘヘへヘへ。」
あ、聞いてないなこいつ。なんかぶつぶつ言いながら笑っちゃってるし。
「い、犬山………」
助けを求めて犬山の方を見る。
「チッ!!」
だが、犬山は俺たちを見て舌打ちをするだけだった。その目はまるでゴミを見るような、いや、十年以上放置された生ゴミを拭いた後のぞうきんを見るような、とにかくこの世のものとは思えないような軽蔑のまなざしだった。
妙に静かだなって思ってたけどまさかずっとその目で俺たちを見てたのか?
確かに目の前で男女がいちゃいちゃするのを見るのは、かなりイライラするけど何も黙って見てることはないんじゃ……。
まぁ、言ったら殺されるだろうから言わないけど。
「ひ!」
そのとき俺の体に刺激が走った。
首を限界まで回して背中側を見ると凛堂の手が俺のケツをがっしりつかんでいたのだ。
「これ………ケー君のおしり………………デュフ、デュフフフフフフフフフ。」
ヤバい!なんか色々とヤバい!
俺は直感的に身の危険を感じた。
このままだと何か大切なものを失ってしまう気がする!
「犬山!何でも良いから出発!!とにかくしゅっぱぁーーーーつ!!」
俺は必死になって叫んでいた。犬山もその声で正気に戻ったのか、はっとして俺と凛堂の腕をつかんだ。
その瞬間、俺の視界が一変した。
「え?」
それはまるでテレビのチャンネルを変えたような、一瞬視界が黒で覆い尽くされたと思ったら次には新しい景色が映っていた。
最初に俺の目に入ってきたのは木だ。だが辺りを見渡してもどこも木、木、木、木でいっぱいだ。さっきまで俺たちの後ろにあった家もなくなっている。
どういうことだ?
「ひゃ!」
物思いに耽りそうだった俺だったが、凛堂がわずかに力を入れて俺のケツを掴んだため現実に戻ってきた。とりあえずまずはこいつを引きはがさないと……。
「おい、凛堂。なんか到着したみたいだぞ。」
「デュフフ、ケー君のおしりやわらかぁい。デュフ、デュフフフフフフフフフフフフ。」
駄目だこりゃ。つーか、いつまでも人のケツ触ってるんだ!
「おい!凛堂!いい加減に…………」
仕方ない。無理矢理離そうと実力行使に移った。
――――――――――――――――――
五分後。
「もっと触りたかったなぁ~。」
「ハァ…ハァ…」
こいつ、なんて力だ…………。マジでびくともしなかった。こんなに細い腕のどこにそんな力があるんだよ……。
俺か?俺が弱すぎるのか?
「お、着いたね~。リューシン!」
「は?いやいや木ばっかりのとこだぞ、ここは。どこにあるんだ?」
「リューシンはこの森を西に抜けたとこにあるんだよ。」
凛堂の代わりに犬山が答える。
「なんでおまえが知ってるんだよ。てゆーか、おまえのスキルって何なの?」
ここに来て俺はこの引っ越しの前提となることをまだ知らないことに気づいた。俺は犬山のスキルを教えてもらってないのだ。
「あれ?言ってなかったっけ?あたしのスキルはテレポートだよ。あたしはそれを操るテレポーターってとこ。前に一度ここら辺に来たことあるからね。」
テレポート。
お、おぉ……、なんて言うか………これまたすごいスキルだな。
「なんか微妙な顔してんな。言っとくけどかなりすごいスキルだからな。つか、ケーイチには何回か見せたのに気づいてなかったのかよ。」
犬山が俺のことをジト目で見ながらふて腐れている。
でも言われてみればそうだ。昨日の戦いで天原と藤林が突然消えたのも俺の背後に急に犬山が現れたのも、このスキルを使えば説明がつく。
でも何だろう?このもやもやは。
「何だよ、何か言いたそうだね。」
「いや、なんかさ、なんて言うかわかんないんだけどさ。犬山のスキルがテレポートなのはわかったけど、それって何属性の魔法なんだ?」
「あー、そのことね。あたしのスキルは魔法じゃないんだよ。」
「え?どゆこと?」
「え~とね………」
「この世界でもよくわかってないんだけど、スキルって魔法とは別の現象なんだって。スキルによっては自分自身の魔法の能力を高めるっていうものもあるみたいだけど、犬山さんみたいに魔法じゃない能力を初めから使えるものもあるみたい。」
今度は犬山の代わりに凛堂が答える。
「つまり、魔法とスキルは似たもの同士だけど全く違うものって考えでいいのか?」
「うん!そういうことだよ。」
「そうそう!あたしはそう言いたかったんだよ。」
嘘つけ。おまえ、凛堂の説明でもあまり理解してないだろ。
「とりあえずどうしよっか?犬山さんはまだスキル使える?」
「う~ん、さっきと同じぐらいなら今はあと一回できるけど、そうすると次に休憩入れてくれないとつらいかな。」
「そっか~。やっぱり休んだ方がいいかな~。」
凛堂と犬山の会話から察するにまだ目的地には着かないんだろう。
「なぁ、目的地まではどのくらいなんだ?」
「さっきのテレポートをあと三回かな。」
「それってどんくらいなんだ?」
「たぶん沖縄と北海道ぐらいの距離はあるよ。」
「え!?そんなに!?」
たった4回ぐらいのテレポートでその移動距離か…………………。
やっぱスキルってすごいんだな。
「あぁ、そんぐらいテレポートすりゃそうなるな。ま、あたしの体力的に今日は着かないな。」
「今は大丈夫なのか?」
「今?あぁ、大丈夫大丈夫。歩く分には問題ないって。荷物もないし。」
「なら、いいんだけど……。案外その目的地まで遠くないんだな。前の家からもっと遠いと思ってた。」
「う~ん、確かにそうかもだけど、別に遠ければいいってものじゃないからね。」
俺の言葉に凛堂が反応する。
「遠いってことも考えなくちゃいけないことだけど、もしかすると隠れやすさとか外からの侵入のしづらさとかの方が重要になってくることもあるからね。」
「へー、そんなもんか。」
そんな会話をしながら俺たちは森の中を進んでいった。ひとまずリューシンを目指し、そこで今後の予定を話し合うことになった。
森の中を歩き続けることだいたい10分、どうにか森を抜け村へと続く道を見つけることができた。あとはこの道に沿って歩けばリューシンに着くらしい。
「そういえば、リューシンってどういうとこなんだ?」
思い出したように、聞いてみた。
「ん~とね、宿場町って感じかな。都から離れた場所だから各地からの冒険者とか旅人たちの物資の補給と
か療養に役立ってるの。」
「へー、そうなのか。あ、でもそんな町とかに入っていいのか?顔ばれとかしないのか?」
「それは大丈夫だよ。このローブを被ればバレないよ。」
凛堂は俺と犬山に黒いローブを手渡した。見たところ、何の変哲もないただのローブだ。
「こんなので大丈夫なのか?何か魔法が発動するのか?」
「ううん、ただのローブだよ。」
「え?じゃあ……」
「大丈夫だって、啓一。リューシンは都から離れてるからその分治安もあんま良くないんだよ。だからフツーにヤベー奴らがうろうろしてるの。あたしらみたいなのがローブで顔隠したって誰も気にとめないって。」
犬山が補足して説明してくれた。
えぇ……そんなとこなの、リューシンって。なんだかすごく行きたくなくなってきたんだけど。ヤベー奴がフツーに歩いてるってヤバいだろ。
「まぁ、さすがに大量殺人鬼とかイカれたサイコパスはいないけどさ。ゴロツキとかチンピラがうようよいるってこと。」
「…………不安だ。」
思わず口からそんな言葉がこぼれ落ちる。二人はなんでそんなにへっちゃらなんだ?
「あ~、でもそんな不安がる必要なくなったかも。」
「ん?どういうことだ、凛堂?」
「だって…………」
凛堂が指さして言う。
その指が向けられている方に視線を向けるとそこにはリューシンがあった。
ただし、初めてリューシンに来た俺でもわかることがあった。
半壊した家屋。
所々に付着しているおびただしい血痕。
抉られたかのようにめくれ上がる地面。
そして、まる焦げになっている何かの死体。
いくら治安が悪いからってここまでなのか?なんて馬鹿なことは考えなかった。
リューシンは何者かによって襲撃され、壊滅したのだ。
読んでくださりありがとうございます。
次話の投稿は11月5日を予定しています。




