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紙袋の神様

作者: 煉火赤駆

この小説は以前「ライトノベル作法研究所」に投稿したものです。現在、加筆、修正などは行っていませんが、今後する予定があります。

 俺は山本三郎。警察の爆弾処理班に所属している。と、言っても今の日本で爆破事件なんてそうそうおきるもんじゃなく、普段は爆弾に全く関係ない事件の捜査に借り出されたりしている。この仕事についてから五年目にして、爆弾処理は今日が初めてだ。

 仕事の内容はとある暴力団員がこのショッピングセンターに仕掛けた時限爆弾の撤去。動機は身代金目的だ。ちなみに要求額は三億円らしいが、身代金が相手に渡る前に爆弾を撤去しなくてはならない俺らにとっては関係ない話だ。

「客が騒ぎ出したらその場で爆発させる」と、電話で犯人の一人が言っていたので、客や店員には爆弾の事は一切知らせていない。だから俺の周りには拍子抜けするほどごく普通の買い物風景がある。

 さて、この仕事の問題点は、爆弾がどこに仕掛けられているか全く解からないことだ。そのため俺たち爆弾処理班はショッピングセンター内をブロックわけし、それぞれ手分けして爆弾を探している。俺は二階の西階段と中央階段の間の担当だ。周りの人間に怪しまれないように辺りを見回すと、早速怪しい紙袋を発見……。なんだ、空っぽか。ドキドキさせやがって。というかゴミはきちんとゴミ箱に捨てろよ。

 こう見えてもエコロジーにうるさい俺は、紙袋をゴミ箱まで持っていった。危険な仕事中にそんな事をしている場合じゃないと思いつつも、そんなゴミを捨てに行くぐらいの時間でジタバタしてもしょうがないとも思うし、俺が担当するブロックに限って爆弾があるなんてことはないだろうとも思う。

 早速ゴミ箱を見つけたので、紙袋を捨てようとした。えーと、紙袋は燃えるゴミだよな。本来なら古紙リサイクルの方がいいんだろうけどここには置いてないし。ん? ゴミ箱の中で中で何か光ってないか?

 ゴミ箱を覗き込むと、デジタル時計の画面のようなものが見えた。おいおい、いくらなんでもデジタル時計が燃えるゴミじゃないことはわかるだろ。しょうがないな。俺はそのデジタル時計をゴミ箱から引っ張り出した。ただの時計にしてはやけに重いな。

 ゴミ箱からデジタル時計が全貌を現した。――いや、それはデジタル時計ではなく、時限爆弾だった。まさかゴミ箱に隠しているとは。そしてそれ以上に、まさかゴミを捨てに来て発見するとは。とはいえ、残り時間はあと十数分。できるだけ早く解体しなくてはならない。解体用の工具を取り出そうと思ったその時、客や店員のうち数人の視線が俺に注がれている事に気がついた。――時限爆弾を見られた! 


「客が騒ぎ出したらその場で爆発させる」


 犯人の言葉を思い出して、俺は周囲に言い訳した。

「皆さん、これ、映画の撮影用の小道具なんです! 急遽撮影場所が変更になって、とりにきただけですので、ご心配なく!」

これでひとまず騒動はおきないだろう。「俺が映画の主人公で、爆弾を処理するシーンを撮影している」といっておけばこのまま解体に取り掛かれたかもしれないが、自分が映画の主人公役の俳優を騙れる顔でないことはよく知っている。俺は先ほど拾った紙袋に時限爆弾を詰めて、人目につかないところに移動することにした。それにしても、爆弾発見の役に立っただけでなく、爆弾を隠して持ち運ぶという段階でまで役に立つとは。やるな紙袋。きっとこの紙袋をあの場所においてくださったのは神様に違いない。もう捨てるなんていわないよ、紙袋。神棚に飾って一生保存してやろう。俺はこれでも、無宗教で有名な今時の日本人と違い、熱心に八百よろずの神を信仰しているんだ。

 ――もっとも、神棚のある実家にたどり着くことができたらだけどな。ふと俺の脳裏にそんな言葉がよぎった。これは訓練じゃない。俺はこれから、本物の爆弾の解体作業に取り掛かるんだ。


 おれは近くのトイレの個室に爆弾を運び込んだ。俺の少ない脳みそじゃショッピングセンター内の人目につかない場所なんてここしか思いつかなかったんだ。さて、無線で応援を要請して……。待てよ、映画の撮影と言い訳したからといって、爆弾を見た人たちは多少の疑いを持っているかもしれない。そこに大勢の爆弾処理班が駆けつけたら、感づかれるかもしれない。俺はとりあえず無線で現場担当者の先輩に連絡を入れる。

「先輩!こちら山本。」

「山本君、爆弾が見つかったのね。」

先輩の声が無線機のむこうで答える。相変わらずきびきびした女性である。俺は今の状況を手短に説明した。

「――解かったわ。本物の爆弾を扱うのは初めてでも、人一倍真面目に訓練してきた山本君ならできるはずよ。ただ、無理だとおもったらすぐに連絡してね。すぐに私も向かうから。」

あの、先輩? 確か俺、男子トイレにいるって説明したはずですけど。ほかの人を向かわせるんじゃなくて、「すぐに向かう」って一体……。

 そんなツッコみはさておき、どうやら俺がこの爆弾を処理するしかないようだ。俺は洋式便器のフタの上に爆弾を置いた。お世話になった紙袋は丁寧にたたんで右脇に置いておく。ハタから見たら紙袋なんかたたんでいる場合じゃないとツッコみたくなるかもしれないが、俺なりの精神統一方だと思っていただきたい。文房具屋の息子だった俺は小さい頃から折り紙が好きで、いつしかそれが俺流精神統一法になっていたのだ。現に俺は警察学校入試の直前にメモ用紙でかぶとを折ったおかげで今ここで警察官として仕事をしている。

 一度深呼吸してから、かばんから工具を取り出し、解体作業に取り掛かる。それほど難しいつくりじゃないが、相手が本物だけあって、緊張で手が震えてしまう。間違った配線を切ってしまったらとおもうとひやひやして気が気じゃない。

 一本、二本、三本――丁寧に導線を切断していく――四本、五本、六本――この次に切る線はこいつか――七本、八本、九本――なんだかお岩さんになた気分だ。……なんて意味不明なことを考えている場合じゃないな。――十本、十一本、十二本――よし! これで時限装置は止まったはず!

 俺は満足して時限装置の文字盤を見る。よし、もうこれで時計は動い――てるじゃないか! 慌てて爆弾の中を覗き込むと、コードが二本だけ残っていた。思わせぶりな赤と青のコードだ。これは、アレか。よく映画とかである、間違えたコードを切ったらその場でドカン! ってやつか。映画のADなんてベタな言い訳をした俺への映画の神様の祟りか。紙袋の神様に助けられて映画の神様に見捨てられる男なんて世界中で俺ぐらいのもんだぞ。

 とはいえ、この状況で無茶はできない。無線ですぐに先輩を呼ばなくては……いや、残り時間はあと二分弱。先輩の担当エリアは地下二階の駐車場だったはず。そして今日はエレベーターが運悪く点検中だ。多分今呼んでも間に合わない。


 その時。頭に真っ赤な花が浮かんだ。あれは確か少し前の休日に、先輩に誘われて植物園に行ったときに見た花だ。確かその時先輩は失恋したばっかりで、本当は元彼と行く予定だった植物園のチケットを、俺に譲ってくれたんだっけ。……たしか、あの花は牡丹だったよな。諺とかでは知ってたけど、実際に見たのはあのときが初めてだったな。

 ……そういえばあの日、先輩が着てた服の色が偶然その牡丹と同じ色だったよな。その上、看板に書いてあった牡丹の花言葉『高貴』『壮麗』とか、『中国では昔百花の王とされていて、強いもののたとえ』って逸話とかが先輩の雰囲気にぴったりだったから、そのことを先輩に言った記憶がある。

 そうだ。そしたら先輩、泣いてたっけ。

「私なんて、あんな男に騙されて、こんなに傷ついて。ちっとも強くなんてないわ。」

不意に、先輩の言葉が、頬を伝う涙が、咲き乱れる赤い花が記憶に蘇る。普段は気丈な先輩が僕にだけ見せた涙には、もしかしたら特別な意味があったのかもしれない。

 そうと決まったら話は早い。先輩との思い出の色、赤のコードを切るぞ! 僕は赤のコードを切断しようと、カッターを伸ばした。しかし、赤のコードを切る直前に、別の光景が頭をよぎったのだった。


 いつか映画で見た青い海。交通課のまり香ちゃんから誘われて行った純愛映画のワンシーンだ。あの海の前で、主人公とヒロインが永遠の愛を誓い合い、口付けを交わすんだよな。まり香ちゃんとは、例により人手不足を補うために回された轢き逃げの捜査で知り合った。俺はもともと専門が爆弾処理だから、スリップ痕が云々車種がどうこうといったことは全くわからず、やってたことといえば捜査本部のお茶くみだ。新人のまり香ちゃんもお茶くみ担当だった。

 その後、ひき逃げ犯が殺人事件で逃亡中の犯人と同一人物かもしれないって話になったんだよな。こっちの捜査本部に殺人課の人まで出入りするもんだから、あんまり捜査と関係ないお茶くみの俺たちも忙しくなったな。それで、あわてたまり香ちゃんがゴミ箱につまづいて、俺がお茶(熱湯でいれたて)でずぶぬれになったんだよな。おかげでまだ俺の手の甲にはやけどの跡が残っている。

 事件解決後にそのお詫びに誘ってくれたのが例の恋愛映画だ。お茶をこぼしたお詫びぐらいで男と二人で映画を見に行ってくれるものなのか? やっぱりまり香ちゃん、僕に気があったんじゃあ……と、言うのはモテない男の都合のいい妄想だろうか。

 よし。やっぱり青いコードを切ろう! 俺はカッターを青いコードに当てる。しかし、一方で牡丹の赤い花も頭から離れない。


 そもそもこれは俺一人の問題じゃない。このショッピングセンターの客、店員、同じ爆弾処理班のみんなの命がかかっているんだ。俺の勝手な色恋沙汰で決めていい問題じゃない。しかし残り時間はあと一分もない。やっぱりカンで切るしかないのか……?


 そうだ! 紙袋はどうだろう。今日は何度もあの紙袋に助けられてきた。もしかしたら紙袋の中に何かヒントが!

 と、思いついたまではよかったが、紙袋を取ろうとした手が緊張でガクガク震えてしまい、せっかくの紙袋を取り落としてしまう。紙袋はドアの下の隙間から個室の外へ。俺は個室の鍵を開け、紙袋を取りにトイレから出ていた。冷静に考えれば悠長に紙袋を追いかけている場合ではないのだが、俺だってこんな状況に陥って動揺していたんだ。大目に見てほしい。


 ドアを開けたると、目の前に紙袋を手にした老人が立っていた。つるつるのハゲ頭に、腰の辺りまである真っ白なひげ。心なしか後光がさしているように見える。――まさか、紙袋の神様? このタイミングで神光臨とは……紙袋の奇跡か? そんな訳ないと心のどこかで否定する一方で、そうでなければ爆弾爆発・大勢死亡は免れないという残酷な現実はまぎれもない事実だ。ここは紙袋の神様(仮)にすがるしかないだろう。

 俺は神様(仮)に手短に事情を説明し、爆弾のある個室に案内した。もし本当に神様ならトイレなんかに案内してごめんなさい。もし神様じゃなかったらこんな無茶な状況を押し付けてごめんなさい。……って、どっちにしろ最悪の選択したな、俺。まあ、これも動揺してたってことで大目に見てほしい。

 神様(仮)は当然動揺していたが、爆弾の中の二本の導線を残すのみとなった回路を見るなり、俺の手からカッターをふんだくった。残り時間は五秒を切っている。

 神様(仮)は爆弾の前にかがみこむと、迷わず導線を切った。切られた導線の色は――赤だ。

「終わりましたよ」

神様(仮)は服の袖で汗をぬぐいながら言った。

「あの……。あなたは一体? まさか紙袋の神様?」

俺は思わず訊いていた。だって、本当にそうとしか思えないだろ? 突然目の前に時限爆弾を出されて何とかしろなんて言われて何とかできる一般人なんているわけないよな?


「紙袋の神様? なんですかそれは?」

 神様(仮)からはたまたま出くわした一般人として当然の反応が返ってきた。

「だって、爆発物処理に関する知識のない民間人が突然頼まれて時限爆弾を解除できるなんて……」

俺の説明を聞いた神様(仮)の目が点になる。そうだ。俺の推理が当たっていたとしても普通その場で思い浮かぶ図式は『神様(仮)イコール爆弾処理に知識のある人物』。紙袋の神様なんて意味不明単語はどこをどう逆立ちしても出てこない。紙袋の神様なんか普通に考えたらいないのだ。俺は八百よろずの神を信じているし、ゴミ箱内の爆弾を発見できたこと・トイレまで爆弾を運べたこと・最後の一本に至るまでミスらずに導線を切れたことは何かしらの神意を感じる。しかし、それらの情報を全く言わずに突然『紙袋の神様』なんて言われたら、当然混乱するだろう。

「何の話だかわかりませんけど、私は神様でも爆弾の専門家でもありませんよ。ただの定年後の小学校教師です」

「……でも」

続けようとする俺の発言をさえぎって、神様(仮)は言った。

「君も小学生の時、『回路』について習ったことがあるでしょう。回路は輪になって初めて電気が流れると」

ここまで聞いて、俺はようやく彼がしたことの意味がわかった。

「これ、どっちを切っても止まるんです。」


「ギャハハハハハ! 山本先輩、それ、マジですか?」

 俺の報告を聞いて、まり香ちゃんがお盆を抱えて爆笑した。ホワイトボードの前では先輩が笑いをかみ殺している。せっかくの命がけの戦いなのに翌日の報告会では俺の報告は笑い話になってしまった。

 爆弾事件はめったに起きないが、起きたとなると犯人特定はもちろん、爆発物の入手経路の調査なども必要になってしまい、仕事がないために人員を削減している爆弾処理班のメンバーのみでそれをこなす事はもちろんできない。そのため、まり香ちゃん含む交通課の何人かがお茶くみや書類運びなどの雑用として来てくれているわけで、おかげで俺は他課の奴らの前でまで恥をかく事になった。しかもそれは、俺の恋人候補二人の前で同時に恥を書く事も意味した。かといって、嘘をついて神様(仮)の功績を奪ったりしたら神様(仮)の神様(なんだかおかしな言い方だが)のバチが当たる。俺にバチを当てるのは映画の神様だけで十分である。

「それにしても、今回は本当に神様っているのかもって思っちゃった」

先輩がホワイトボードにありふれた人名を書きながら言った。どうやらその名前は紙袋の神様(仮)の本名らしい。彼が大勢の命を救ったので、警察から報奨金を出すようだ。

「実際お前が爆弾処理に失敗しかかったっていう不祥事をもみ消すための口止め料じゃないのか?」

横にいる同僚の耳打ちが痛い。

「だって、山本君が彼に爆弾処理を頼んだのって、たまたま彼が落とした紙袋を拾ってたからでしょ? やっぱりそれも紙袋の神様の思し召しじゃないかしら?」

爆弾が発見されたゴミ箱周辺の見取り図を描きつつ先輩が続ける。

「やっぱり先輩には紙袋の神様のご加護があったんですね。」

まり香ちゃんがお茶のおかわりを配りつつ冗談半分に言った。

「よし!」

突然何かを思いついたように、先輩が大きな声を出した。な、何事ですか?

「今日から山本君の異名は『紙袋のサブ』よ!」

その発言を聞いて思い出した。この先輩はやたら人に異名をつけるのが好きなのだ。しかも、その異名のセンスは毎回最悪。そしてそのせいで元彼にフラれたらしい。俺もそんな異名は断固ゴメンだ。

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。いや、問屋じゃなくてまり香ちゃんが卸さなかった。なんと、まり香ちゃんはそのふざけた提案に乗ってしまったのだ。

「あ、いいですね、ソレ! じゃあ改めてよろしくお願いします、紙袋のサブ先輩!」


 こうして、俺は先輩とまり香ちゃんから「紙袋のサブ」というわけのわからないあだ名で呼ばれることになってしまった。ポジティブに考えればそれは俺と恋人候補二人の間に新たな絆ができたということでないこともない。

「紙袋の神様。これもあなたの思し召しですか?」

俺は神棚に飾られた紙袋に語りかけた。

ラ研に初投稿した作品で、20点と初投稿にしては高評価をしていただきました。

頑張ったつもりがギャグの分量が少なくてギャグと認識されなかったという問題作(爆)

紙袋のサブは気に入っているので機会があれば他の作品に再登場させてあげたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めてコメントさせていただきます、佐藤と申します。 『紙袋の神様』というタイトルに引き寄せられてしまい、わくわくしながら読ませていただきました。 ギャグと認識されなかった……とのことですが、…
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