王国空軍首都部基地
「なんで、陸軍はあんなところへ侵出したんだ?」
「陸軍の尻拭いのために、我々が危険を冒す必要があるのか?」
「そもそも、守り切れるのかよ? 飛んで行ったはいいが、すでに全滅なんてことはないのか?」
表情を変えずに、部下たちの言葉に耳を傾けていた輸送機部隊長が口を開いた。
「陸軍は、議会が国王の承認を得た命令によって出撃した。王国軍入隊の際に宣誓した貴官らだ、それに異を唱える者はよもやおるまいと思う。だが、強要はすまい。志願するものがあれば、その者と私で飛ぼう」
「……」
「隊長、我々も王国軍人の一員だ。命を惜しむわけじゃない。でも、この高地は命を懸けるに値するとは思えません。陸軍に付き合って、妻を戦争未亡人にするわけにはいかない」
周囲の空軍将兵たちの無言が、それを総意として肯定しているかのようだった。
「そういうことならば、喜んで! 私が飛びますっ!!」
レティシア・ヴァルシュタット王国空軍少尉は場の空気を読まずに、朗らかに言った。王国空軍少尉……とはいっても、レティシアは小柄な少女だ。
ヴァルシュタット家の者には多い、蒼空を思わせる青い瞳と鮮やかな黄金色の頭髪を持った整った顔立ちをした少女……。
つまり、周囲も飛行機乗りだけに大柄な者はいないとはいえ、男ばかりのこの部屋の中では異質な存在だ。
しかし、彼女は隊のお飾りではない。少尉の階級章は伊達ではなく、王国空軍将兵を数多く輩出しているヴァルシュタット一族の血を彼女も引いている、それも色濃く……というのをこの場の誰もが知っていた。
苦々しげに、最後に口を開いた輸送機乗りがレティシアを睨み付けてきたが、レティシアはそしらぬ顔でいた。
「そうか。では、決まりだな。私とヴァルシュタット少尉で飛ぶ。解散」
レティシアは、部屋を後にする輸送機部隊長に続いた。
「よく志願してくれたな。まあ、こんな展開になるんじゃないかとは思ったが」
「い~え。私なら戦死しても未亡人はできませんから(笑)」
輸送機部隊長は、嫌な顔をした。
「あ、これは失礼。無事戻りましょう。もちろん!」
「しかし、意外ではなかったが、君しか志願しないというのはやはり複雑な心境だな」
「私にもヴァルシュタットの血が流れております。わが一族で飛ぶ機会があって、飛ばなかった者の話なぞ、いちどたりとも聞いたことがありません(笑)」
確かにヴァルシュタットの一族には空軍の将兵が多い。
王国の中では新参者のヴァルシュタットは、どうしても騎士くずれの名前負け将官が多い傾向のある陸軍にはなかなか地歩を築きにくかったという事情もある。
「それに、これしきの任務で怖気をふるっていては、父上に笑われてしまいますから……」
思わず斜め後ろを歩くレティシアを振り返った輸送機部隊長は、寂しそうに微笑む彼女の整った横顔には戦闘機乗りだった父親の面影があるな、と思った。