とある高地1
「アンタ、それで、実戦経験は?」
ああだこうだと、能書きばかりの若い王国陸軍士官にオウル・クリスペルが問うた。
オウルなりに我慢はしたのだろうな、オウルなりには……と傍らでやりとりを見ていたアウィス・シルワウィリデは思う。
アウィスもオウルも小柄で貧相な少年兵といった風体で、借り物の王国陸軍兵の制服を身に纏っていた。
しかし、相対する者にそれなりの見る目があったならば、彼らが時折見せるするどい眼差しと、無駄のない四肢の引き締まった筋肉に気がついたろう。
そして、少年ではなく、特殊部隊員や戦闘機操縦士……なんらかの専門職を相手にしているような不可思議な気分になったろう。
オウルのぞんざいな物言いと共に、ふたりの若さとは似つかわしくない、その経験に基づいた落ち着き払った態度が若い士官をさらに苛立たせた。
若い士官は、いかにも戦場よりも内勤がお似合いといった生白い面を紅潮させながら声を荒げた。
「なんだと!? それが王国陸軍士官への口の利き方か?」
「で、どうなんだ? 王国陸軍……士官様」
「実戦は……これがはじめてだが、この手のことは士官学校で腐るほど演習済みだ」
「演習、ね」
「それがどうした。我々は指令部で作戦会議がある。諸君らは待機せよ。許可なく持ち場を離れるなよ!」
そう言うと王国陸軍士官は取り巻きを引き連れて、指令部が設営されている掩蔽壕に入っていった。
「おい、アウィス」
「ん?」
「〈杜〉の〈狩人〉は、王国陸軍では士官待遇じゃなかったのか?」
「……のはずだが」
「だったら、俺たちは、その作戦会議とやらには出なくてもいいのか?」
「さあな。たぶん、別の……俺たちがあずかり知らない“士官様”を集めて開くんだろ」
王国近くの山深い森の中に住まう〈杜の民〉が、王国に庇護されたことのある歴史からか、いつしか王国と共和国との小競り合いの際、王国外縁部の護り手として王国陸軍に加わるようになった。
彼らは〈防人〉と呼ばれていたが、その中でも〈狩人〉と呼ばれる者は特に射撃に優れているとして知られていた。
「くそっ! 困ったときだけ呼びつけやがって!! けっきょく、俺たちは小間使いかよっ」
「まあ、そう言うな。どうせすぐ出番がやってくるさ」
アウィスはお気軽な調子で口にしたが、オウルは聞き逃さずイヤな顔をした。
「おいおい。よせよ。お前の“勘”は当たるからな……」
そのとき、発動機の音がして敵である共和国空軍の爆撃機が一機姿を見せた。低い!
「くそっ! こんなところにまで入り込ませやがって、いったい王国空軍様はどこ行った?」
「そんなことより、オウル! 頭をさげろっ!!」
次にヒューンという音、こちらに向かってくる。近い!?
衝撃。大量の土砂が降り注ぐ。大きなコンクリートの塊が頭上を通過する。
これはもう、当たり所が悪ければ、ヘルメットの有無など関係なさそうな大きさだ。
今頃になって機関銃の速射音が聞こえてくるが、いまさら遅い。弾の無駄遣いだ。
アウィスとオウルが恐る恐る頭を上げると、司令部の掩蔽壕の入口があった場所には掘り返された土砂しか見えない。
掩蔽壕の壊滅的状況……その割りに周囲の損害は少ない。ということはこれは…… 。
「おい!?」
「ああ。あれが?」
「俺もはじめて見たがまずまちがいないゼ。地中貫通爆弾ってヤツだ」
「なるほど。見事なものだな。分厚いコンクリートは貫通して、内側で大爆発というわけか」
「掩蔽壕の専用爆弾なだけはあるナ。直撃じゃあ、ひとたまりもない。敵ながらいい腕をしてやがる」
地中貫通爆弾 は、通常の弾頭とは違い、爆弾を起爆させる信管も、命中即起爆ではなく、コンクリートを貫いてから起爆するように遅延信管が採用されている。
いや。腕も爆弾もそうだが、操縦手の度胸もいい。
地形を読み対空砲火を浴びる危険を冒して低空侵入、ギリギリまで引きつけてからブースターで加速する低高度タイプの弾頭を投下したのだろう。
手練の爆撃機乗りの機体には、自分が放った爆弾の跳ね上げた泥が付着していることがあるとも聞く。
「しかし、燃料気化爆弾じゃなくてよかったな」
「ああ、まったくだ。FAEだったら、間違いなく月まで吹き飛ばされてたところだゼ」
「オウル、これからどうなると思う?」
「そりゃあ、オマエが敵の指揮官だったらどうするよ?」
「敵の命令系統がメチャクチャとくれば……全軍突撃だな!」
「解ってるじゃねえか、アウィス。これから忙しくなるぞ!」
そんな話しをしているふたりのもとに、王国陸軍の下士官がやってきて遠慮がちに声をかけた。
「〈狩人 〉どの」
「?」
「や、貴官らがこの場では最上位です。たしか〈杜〉の〈狩人〉どのらは、士官待遇であったはず……?」
「そりゃあ。カタチのうえではそうかも知らんが……」
「カタチとおっしゃられても……」
兵士は、壕があった辺の土塊を眺めながら困惑を隠しきれないでいる。
「おい。オウル」
「あぁ。解った。解った。まとめて面倒みりゃあいいんだろ。こりゃあ、なおさら忙しくなりそうだゼ」
* * *
結局、掩蔽壕の掘り返し作業は中断することとなった。入口が崩れました、というのではなく、中からヤラれている。
そのため、重機がなければどうしようもないということが少しショベルで掘り起こしただけで解った。
それに、無理に人力で掘り返すという作業は作業者にも危険が及びそうだった。
それにまして何より、敵への対処をせねばならない。
「全周防御……で、ありますか?」
王国陸軍下士官は、後方の断崖絶壁を振り返りながらつぶやいた。
「ああ。敵は来ない、と思うほうからもやって来る。裏をかく、というのが兵法の常道だからナ」
「はあ」
解せないという顔をしている。しかし、上官相当の〈狩人〉の言葉だし、兵士として命令に従う習性があるしで、部下の王国陸軍兵たちに命令を伝達しはじめた。
「アウィス、どっちにする?」
オウルが、やはり裏手の断崖絶壁を眺めながら言った。
「俺はどちらでもいいが、オウル、オマエはあっちに行きたいんじゃないか?」
「解るか? さすがに長い付き合いだけあるな(笑)」
「だろうと思った。じゃあ、まずはこっちを抑えて、まあ、どうせあっちは後回しだろ」
「集められるだけの分隊支援火器《SAW》とRPG、それと手榴弾を集めよう。迫撃砲でも残ってりゃ御の字だが、砲弾がどれだけあるか……」
オウルとアウィスは、弾薬庫も兼ねていた掩蔽壕……だったものを改めて眺めながら渋い顔をした。
* * *
「迫撃砲はダメだったが、こんなものがあった」
アウィスは、円筒形のものを手にして戻って来た。
「擲弾筒か。いいね」
「あと、こんなものも……」
オウルはアウィスが伴ってきた、陸軍兵が3人がかりで運んでいる銃架に載った重機関銃を見る。
「まだ、試してはいないのだが……」
「例のヤツか? 弾薬が十分ならイケルかもしれねえな。まかせていいか?」
「ああ。やってみる」
アウィスは返事をすると、王国陸軍兵たちに指示して平らな場所に重機関銃を仮固定しはじめた。
* * *
「いけそうか?」
オウルは、光学照準器のマウントを重機関銃に固定しているアウィスに問うた。
「ああ。コイツはやっぱり単発射撃できるヤツだった」
「いいね。弾は?」
アウィスは弾薬ケースをあごで指す。連続射撃するには心もとないかもしれないが、単発射撃するには十分な量だ。
「そりゃあ。ますますいいね」
「まあ、コイツが活躍するのは後だろうがな。そっちはどうなんだ?」
「誰に言ってんだよ。期待してていいゼ」
「そりゃあ、楽しみだ。やれるだけやってやろう」
「ああ。いつだって俺たちゃあ、それしかねえからナ」
* * *
「本来ならば、“士官様”たちのように……」
オウルは、口元で歪んだ笑みを浮かべて、掩蔽壕跡に視線をやりながら言う。
「……“演習”でもなんでもして、気心知れたところで、というのが手順だろう。だが、そう悠長なことも言っていられない。増援はいつ来るか解らないし、共和国軍は待ってはくれないだろう。だが、兵士を育てるのは“演習”か?」
そこでオウルは、王国陸軍兵たちの顔を順々に見た。絶妙な間だな、とアウィスは感心する。ちょっと、芝居がかっているが……とも思いながら。
「それは違う! 兵士を育てるのは“実戦”だ。それに、ここには共和国軍も恐れる“鬼”の〈狩人〉がいる……」
オウルは、ワザと共和国軍が蔑称として〈狩人〉を呼ぶことがある“鬼”という言葉を挟む。
王国陸軍兵の目が覚めたような表情を見るに、これは効果的だった。
「……それも、ふたりもだ」
アウィスも、王国陸軍兵たちにうなずいて見せる。
「〈杜〉の〈狩人〉と、名誉ある王国陸軍の兵士たる諸君らが力を合わせれば、及び腰の共和国の連中なぞ必ず止められる。俺はいつもそうしてきたし、これからもそうするだけだ」
そうだ、そうだ、と王国陸軍兵たちもうなずき合う。
「さあ、皆でもう一度、王国首都の石畳を踏もう。もちろん、自分の足でだ!」
オウルは語り終えると、アウィスの顔を見た。
「選抜射手はここに残り、他は持ち場に戻ってくれ。以上」
アウィスは引き継いで、最後を「解散」の言葉で締めくくった。
* * *
「なかなかの役者っぷりだったな、オウル(笑)」
「笑うなよ。他にやるヤツがいねえんだから、しゃーねえだろ。次はオマエがやれよ、アウィス!」
「イヤイヤ、次の機会もオウル、オマエに譲るさ。なにせ兄弟子だからな」
「こういうときばっかり、兄弟子とか言いやがってヨ。オメエはまったく食えねえヤツだヨ(笑)」
後で〈狩人〉がふたりきりになったとき、アウィスは珍しく饒舌になり、オウルをおもしろおかしくからかった。