第六話 山村
大地の欠片~HOSINOKAKERA~
第六話 山村
青空に鳥が羽ばたき、雄大な山々に向かって消えて行く。足下には色とりどりの野花が生い茂っている。
ここはアクアース北部、ラベラーアルプスの麓村。この時季、様々な絶景が観られる事から観光客で賑わう村は、たくさんの人々が集まっていた。
ハルは列車を下りると、前もって予約しておいたホテルに真っ直ぐ向かった。
「先輩ってなにかと手回し早いですよね」
道中、唐突にユナが言った。
「何が?」
「ホテルですよ。この時季だとどこも予約埋まってて•••結構前から依頼来てたんですか?」
観光地であるこの村。ホテルを取るなら春頃には連絡しておかないといけない筈だ。
よって、この依頼はそれ以前に舞い込んだものだと思われる。
しかし、ハルは不思議そうな顔で答えた。
「ううん。盗賊団制圧依頼の直前だけど?」
「え•••じゃあ依頼を見越して予約してたとか?」
「そんな訳ないよ。一昨日、知り合いに頼んで予約してもらったんだ」
「あ•••」
それを聞き、ユナはハッと思い出した。
ハルは著名な画家。満室のホテルに一部屋空きを作るなど至極簡単な事なのだろう。
''名前の力,,•••。それが私と先輩の差なのか。
「••••••うん」
いつも通りに自然体のハルの後ろ姿を見詰め、フッと微笑む。
私も、いつかは追い付こう。今はまだ届かないけど、その人はのらりくらりと笑ってる。多くの試練や障害を超えている。それでも自然に笑える。そんな人に。
「何してるの?行くよ」
少し前で足を止め、ハルが振り向いて言った。
「••••••分かってます!」
はっきりとした明るい声で返し、駆け足で行く。前に•••。
ホテルに荷物を置き、必要な物だけをリュックに入れて村に出る。今はちょうどお昼時。村の飲食店はどこも客でいっぱいだった。
「どこも空いてませんねー•••暑いし冷房•••」
村は標高の高い所にあり、比較的涼しい。が、今は真夏。それでも暑かった。
「飲み物、買い足しといた方がいいね。一般の登山路以外も行く予定だし」
「それはそーですが•••今はごはんです。朝ごはん食べてないから身体が起きない•••」
「列車下りた時は元気いっぱいに見えたけど?」
「どっかのバカな先輩が私のパソコンを勝手に使うからです。まだ怒ってんですからね?」
「悪かったよ。今後しないから」
「当然です」
そうこうしていると、前方に出来ている人だかりが二人の目に入った。
「何でしょーね?」
「行ってみよっか」
二人は人だかりに近付き、背伸びして事が起きている場を伺う。
すると•••。
「!」
人だかりの中央に大柄の男が立ち、ハルやユナと同い年くらいの少年の胸ぐらを掴みんで今にも殴り掛かりそうだった。
「おいクソガキ•••ナメんのもいい加減にしろ•••」
男は血管を浮き上がらせる程怒っていている。もし、少年が挑発でもすればすぐに•••。
「うるせーよオッサン」
「ッ!」
瞬間、男の拳が少年に放たれる。が•••。
「!?」
「いい加減失せろよ」
少年はその拳を片手で受け止め、胸ぐらを掴む手をも弾いた。
「ぐ•••クソガキがぁああ!」
「!」
男が激昂して少年に飛び掛かる。
刹那。
「うざ」
(!•••まずい!)
「!?」
少年が腕を高速で振り上げ、男を虚空に弾き上げる。
「当分寝てろ」
少年は拳を握り、男に向けて打ち込もうとする。しかし•••。
「ストップ!」
「!」
瞬間、二人の間にハルが割り込み、少年の拳を止め、男の落下を受け止めた。
「君どっかの兵士でしょ•••一般人に層念まで使う事ないと思うよ」
そう言って男を地面に下ろし、少年に厳しい目を向ける。
「事情は知らないけど•••おじさんも大人気ないよ。もうヤメときな」
「くっ•••!」
男はハルの言葉に歯を食いしばり、渋々その場から立ち去った。
「••••••周りの方も•••見てないで行ってください。通る人の邪魔です」
ハルは野次馬にも立ち去りを命じ、全員が散るまで黙って待った。
「放してもらえるか?」
全員居なくなると、少年がハルに言い、拳を抑えるハルの手を払う。
「余計だ•••少し寝てもらうだけのつもりだった」
「そうもいかないよ。これでもナイトだ」
「ナイト•••ソーディアースの軍だろ?アクアースには無関係だ」
「アクアースは同盟国。無関係じゃない」
「••••••ハァ」
短い会話の末、少年は溜め息を吐いてハルに背を向けた。
「分かった。俺も少し熱くなっていた•••謝る」
「!•••うん」
そして、そのまま歩き出すのだが•••。
「待ってよ」
ハルが少年の肩を掴み、笑顔で向かい合った。
「僕はハル。君は?」
冷房の効いたレストランでテーブル席に座り、ハル、ユナ、''皐月,,は昼食を摂っていた。
「••••••じゃあ皐月さんは、個人的にアクアースに?」
大量の冷麺を一気に呑み込み、ユナが皐月に問うた。
「まあ一応•••あのバカに任せてたら国際問題になりそうだし」
皐月は後半をボソボソとした声でそう答え、チャーハンを口に掻き込んだ。
皐月はシンゼリアの兵士、つまり戦士で、ツーサム-シンゼリアでは任務時の小隊をサムと呼び、タッグの事をツーサムと言う-の相方が国交班に新入したらしく、色々懸念して、まあ心配して先回りして来たとの事だ。
「でもいいですね。組んでる人がそんだけ優しいとその人も幸せだと思います」
「いや•••向こうがもし幸せでも俺が不幸になってる」
「またまたぁ。わざわざ心配して来るなんて仲の良い証拠ですよ•••どっかの誰かさんとは違っていいパートナーじゃないですか」
「俺は最高のパートナーだろうがアイツは最悪のパートナーだっての」
とかなんとか、ユナのニヤニヤが止まらない会話の途中、ふと皐月が思い出した様に言った。
「二人は何しに来たんだ?観光•••じゃないよな?」
すると、ユナが自慢げに笑って答えた。
「私は写真家。先輩は画家なんです。今回は昼ホタルを収めに来たんです!」
しかし•••。
「そりゃ残念•••無理だな」
「え•••?」
皐月が暗く呟き、ユナの表情が曇った。
「••••••どういう意味?」
ハルも目付きを変え、皐月に問う。
「••••••知らない様だな。口で言うより見た方が早い」
皐月に案内され、二人は村の北、ラベラーアルプス入山門前に立つ。ハル、ユナは門の状態に唖然とし、ただただ立ち尽くした。
「嘘•••」
「参った•••」
門は無残にも崩壊し、奥は岩崩れで道が塞がっていた。
「こういう意味だ。復旧には早くて一週間だそうだ•••お陰でホテルはキャンセルラッシュで痛手だってよ」
そう言って皐月は道端に腰掛ける。
「ホタルの孵化は今週がピーク。''山光り,,を見る分にはどうにかなるが•••直接見るにはな」
「そんな•••」
皐月の説明に、ユナがガックリとうつむいて頭を抱えた。
「これじゃ山に入る事も出来ないじゃないですか•••ただでさえサナギの集まりを見付け-キャンセルラッシュ?」
だが、別の問題がユナの頭に襲来した。
「キャンセルラッシュって•••つまり部屋がたくさん空いたって事ですよね?」
「ん?まあそうだな」
「••••••」
瞬間、ユナの中に咲いていた尊敬と憧れが枯れていく。
「?•••どうしたの?」
相当暗いユナの顔色を見兼ね、ハルがユナに尋ねた。
「••••••先輩」
「?」
刹那。
「色々損した!」
「!?」
ドゴッ!
「••••••でもホントどうしましょう•••本格的にヤバいです」
崩壊した門に突き刺さって煙を上げるハルを放っておき、再び頭を抱えて悩み込む。
「どうにかして山に入らないと•••」
「だ、だね•••」
ハルが頭をさすりながらユナの横に戻り、同じ様に考えた。
「ラベラーの周りは断崖絶壁•••入るにはここしかない•••」
その時、考え込むそんな二人を見詰め、皐月がスッと立ち上がった。
「俺に案がある。実は俺も山に入る助けを探してたんだ」
第六話 完
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