大地の欠片~HOSINOKAKERA~第三話 画家
引き続き、前話の続きです。
是非、最後まで読んでください!
大地の欠片~HOSINOKAKERA~
第三話 画家
早朝。ソーディアースの田舎町、ビーンの民宿は珍しく慌ただしかった。
普段、客などチラリとも来ないというのに、何故だか昨日は五人もの客が泊まり、全員揃って夜明けに出発すると言うのだ。
いつも寝起きの家族が朝食を摂るテーブルは誰もおらず、和室の客用食堂に料理を運んだり、二階の布団を片付けたり、預かった衣服を綺麗に畳んで並べたり。昨日までは畑に出る主人以外はぐっすり寝ている時間だが、子供も兄弟揃って民宿の手伝いだ。
忙しさに全く関係ないのだが、五人の客の組み合わせが不自然で妙で可笑しかった。
一人はどこからどう見ても軍人のナイト。礼儀正しくしっかりした人だ。
一人は無愛想な強面の男性で、持ち物は怪しい物だらけだった。洗った服にはどれも赤黒い染みが出来ていて、持っているリュックやカバンには刃物やら銃やらの''危険物,,ばかり。ナイトでもない様だし一体何をしている人なのだろう?
一人は可笑しな口癖の男性•••だと思われる変人。この人は面白いのか怖いのか分からない謎の人物だ。
あとの二人は組の様で、片方はキャンバスや筆や絵の具等の画材を持っていて画家と思われる。
もう片方は至って普通で、服も年相応の物だし、変わっている所はやけに高そうなカメラを持っている所ぐらい。
一体、この五人の繋がりは何だと言うのだろう?
「••••••さてと」
朝食の皿が空になると、ハルは箸を置いて立ち上がった。
「僕らはそろそろ行くよ。夕方の列車には乗りたいし•••」
言ってハルは和室を出て二階の荷物を取るべく階段を上がって行った。
「ちょ•••先輩!私まだ食べ終えて•••って待ってくださいよ!」
ユナは慌てて残りを掻き込み、さっさと行ってしまったハルを追って階段をドタドタ上がった。
「先輩!」
二階の部屋に入り、声を張り上げて詰め寄る。
「何なんですか急に•••別に急ぐ事ないでしょ。何か依頼がある訳でもなし」
しかし、ハルはこれまたさっさとリュックを背負い、画材カバンを持ってユナと向かい合い、一言言って通り過ぎた。
「残念だけどあるよ。依頼」
「え?」
ビーンを出発し、かれこれ五時間。二人はどこまでも続きそうな程広大な草原の歩道を歩いていた。
「••••••あのぉ先輩」
夏の陽射しを遮る麦わら帽子から片目を出し、ユナが焦れったそうに言った。
「いい加減教えてくれませんか?誰の依頼でどこの絵を描きに行くんですかー?」
この所、ナイトとしての仕事が多くて忘れていたが、先輩、もといハル・グラン・ツバキは有名な画家で、依頼があればどんな異境の風景でさえ美しいままに描き上げてしまう。
写真家であるユナが旅を供している理由も、そんな風景を写真に収める為でもある。
「セーンパーイ?何ガン無視してんですか?いい加減キレますよー?」
パキパキと拳を鳴らし、ハルにニコリと微笑む。多分、放っとけば青アザが五、六個出来るのだろう。
「••••••ハァ」
出来ればそれはヤメてほしいハルは、グダグダと口を開いた。
「僕としては君にサプライズのつもりなんだけど•••聞く?」
「は?何ですかサプライズって?」
「依頼はアクアースの国立美術館から。内容を話すとサプライズじゃなくなるんだけど?」
そう言ってハルはユナの返事を待つ。しかし、ユナは顔を歪めてそっぽを向いた。
以前、ハルが言っていた話でユナが呆れてものも言えなくなった話がある。昔、ハルがまだソーディアースでナイトの仕事に専念していた頃の話だ。
その頃、既にハルは絵を描いていて、友人の誕生日に一枚の絵を贈ったそうだ。
自信満々に絵を手渡したハルだったそうだが、友人は包み紙を開け、その絵を見た瞬間に絶句したらしい。
何故なら、その絵は友人の好きな女性の•••。
とにかく、ハルはそこのどこが悪かったのか解らず、「何がダメなんだろう?」とユナにまで尋ねて来たのだ。
他にも、ハルの感性が常識からかなりズレているエピソードをいくつか聞いたが、どれもこれも有り得ないものばかりだった。
(先輩のサプライズ•••不安しかない!)
そう結論付けたユナは、キッとハルを見詰めて言った。
「是非教えてください!何一つ、包み隠さず!」
「''昼ホタル,,の孵化!何ですかその最高の画は!」
五分後、結局拳をくらって落ち込むハルをよそに、ユナは歓喜で目を輝かせた。
「昼ホタル•••その数千の灯はまるで夜を照らす太陽!アクアース北部の山奥にしか生息しない幻のホタル•••!」
いつになくおおはしゃぎのユナは、もはや見てもないのに感激でウルウルきている。そして、後ろをトボトボ歩くハルの目と鼻の先に急接近した。
「先輩!昼ホタルを正確に収めた写真は公表されてません!これを撮れば私は一瞬で有名写真家ですよね!?」
「さあ•••信用性の全く無い僕の意見じゃどうせ的外れになるだけだよ•••」
大興奮のユナに対し、サプライズをキッパリと断られ、色々と指摘されたハルはいじけた様子で言った。
「あんなん冗談ですって!確かに先輩の常識は信じる余地ゼロですが、今回のサプライズセンスは百点満点です!」
ユナは良いとも悪いとも判断の付けようのないフォローを投げ付け、再び元気良く道を歩いた。
「いざ、アクアースへ!」
「••••••」
実は、アクアースには絵の依頼以外に、もう一つ用事があった。
アクアースには現在、東の大国、シンゼリアの国交団が滞在している。その国交団の一人、織田のぞみという人物に会いたい。いや、会わなければならない理由がある。
僕の父、鍔器ショウリはシンゼリアの出身だ。
「殺渦」という通り名を持ち、紅鏡との大戦でも活躍した。
そんな父は僕が四つの時に殉職した。敵国に単身潜入し、情報を持ち帰る途中に敵に見付かったそうだ。
敵は大隊で、父に勝ち目はなかった。それでも情報はソーディアースに届け、お陰でソーディアースはシンゼリアを裏切らずに済んだ。
もし、父がいなければソーディアースはシンゼリアと抗争になり、最悪同盟破棄だった。
そんな父は、生前僕に遺言を遺していた。
「もし俺が死んだら•••シンゼリアの織田嵐という人を訪ねてくれ。必ずお前自身でだ」
幼かった僕は、言葉だけを記憶して成長した。
母はそれより既に亡くなっていて、父には遺せる相手が僕しかいなかったのだが、それにしても不用意な遺言だと思う。
当時五つの子供に口頭で伝え、しかも情報をこれっぽっちも与えていないのだ。僕が忘れてしまっていたらどうするのだろう?
幸いにも遺言を憶えていた僕は、ナイトになった後、シンゼリアと織田嵐の事を調べ、何度か接触を試みた。
しかし、相手は国の主要人物。そう簡単に会える筈もなかった。
(でもその娘、織田のぞみなら可能性はある•••)
列車に揺られ、その車窓から流れる景色を眺めながらハルは思う。
(父さんは何故•••僕に織田嵐を訪ねさせたかったのか•••織田のぞみに会えば何か判るかもしれない•••)
第三話 完
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