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エピローグ ―あの日途切れた言葉の先に―

 僕らの呪いが解けてから、数日が経った。世界は驚くほどあっけなく元に戻っていた。今や僕と小鳥遊が恋人同士として扱われることもなかった。僕らの席も、一か月経ったからという理由で行われた席替えでまた離れた場所に戻った。

ただ、僕たちが体育祭で起こしたミラクルだけは皆の記憶に残っており、僕らはくじ引きでペアとして選ばれたことになっていた。色々なことが丁寧に帳尻合わせされていて、桜の樹の意外な生真面目さに少し笑ってしまった。

僕と小鳥遊の関係は、以前よりも随分と良くなっていた。今はもう小鳥遊が僕に冷たい態度をとることもなかったし、僕も彼女への苦手意識を感じることはなかった。顔を合わせれば挨拶もするし、ちょっとした世間話もした。普段あまり友達を作っていない僕にしては仲の良い部類だと言えるだろう。一度近藤から「お前、小鳥遊に嫌われてるとか言ってなかたっけ?」とたずねられたが、僕は「勘違いだったみたいだ」と答えておいた。


 その日の夕方、僕は教室に残って試験勉強をしていた。この頃少しは怠惰を正そうと思い帰宅してからも机に向かうようにしたのだが、長年のサボり癖はなかなか抜けず、結局勉強は捗っていなかった。そこで試験が近づいてきた今、家に帰らず学校で勉強をして帰ろうと考えていた。実際その方が自分の部屋よりも随分と集中できた。自室には誘惑が多すぎるのだ。

 僕が数学の問題に苦戦しているときに、教室の前のドアが開いた。僕以外に誰もいない教室は静まり返っていたから、扉の開くガラガラという音はとてもよく響いた。顔を上げると、小鳥遊が教室に入ってきたところだった。

「あら、まだ残ってたの?」

「ああ、これが解けたら帰ろうとしてたところ」

僕は持っていたシャープペンで、ちょんちょんとノートを指した。

「小鳥遊こそどうしたんだよ」

「生徒会室にいたんだけど、必要な書類一つ忘れちゃったことに気づいてね。あぁ、あったあった」

 小鳥遊は机の中からクリアファイルを取り出すと今度はこちらに歩いて来て僕のノートを覗き込んだ。

「数学かぁ」

「何だよ」

「ううん、頑張ってるんだなって」

「や、そうでもねぇよ……」

 正面から言われると照れくさくて、僕はお茶を濁す。

「生徒会、戻らないで良いのか?」

「ああ、うん。でもちょっとだけ休憩。今日はもう十分働いたしね」

 そう言うと小鳥遊は前の席の椅子をくるりと反転させて座り、僕が解いている問題に目を通し始めた。最近の小鳥遊は、前よりも少しだけ肩の力が抜けたように見えた。それでも、今まで通り何事も完璧にこなしているのは流石だなと思う。

「もしかして、詰まってる?」

「いやまぁ、あと少しなんだけど……」

 小鳥遊にたずねられて、僕は曖昧に答える。うまい具合に解けていたと思った問題は、途中でさっぱり計算が進まなくなってしまっていた。あと一歩で解けそうだった数式はいつのまにか膠着しており、僕はずっと筆が止まった状態だった。

「あ、ここ見てみて。この式ってどうして展開したの?」

「え?まぁ何となく……」

「必要のない部分は出来るだけ展開しないで、ひとまとまりで扱った方が良いのよ。それを戻してもう一度式を整理してみて。それから……」

 小鳥遊の言うとおりにしていくと、こんがらがって散らかっていた数式がきれいに整理され、大事なポイントが良く見えるようになった。そして気が付くと、あれだけ苦戦していた問題がきれいに解けてしまっていた。

「おぉ、出来た!ありがとう小鳥遊!」

「いいえ、どういたしまして」

 彼女は嬉しそうに笑った。

「小鳥遊って、教えるの上手いんだな」

「そう?弟達によく勉強教えてるからかな」

「へぇ、そんなことしてるのか。良いお姉ちゃんだな」

「な、やめてよもう……」

 僕は素直な感想を言っただけだったが、小鳥遊は妙に恥ずかしそうに頬を染めて目をそらした。窓から差し込む西日が、彼女の頬を更に赤く見せていた。

 以前の僕は、彼女のそんな表情なんて全く知らなかった。桜の呪いがなければ、見る事もなかっただろう。あの一か月が辛くなかった訳ではないが、今では桜の樹に少しだけ感謝もしていた。

「あのさ、小鳥遊」

「ん?」

 僕の方を向いた彼女の目には、かつてのとげとげしさや冷たさは存在せず、親しみと優しさを感じさせた。それは「人当たりが良く誰にでも好かれる」、そう言う彼女に相応しい澄んだ綺麗な目だった。

 僕はその綺麗な目を見つめ、いつか言いかけた言葉の続きを紡ぐ。入口を間違えた僕らの関係を、今の僕はもう十分に理解できているように思えた。今度は、僕の言葉は途切れなかった。

「俺は、お前のことを――」

お互いを認め合うことの出来ない二人が、距離感を探りながら少しずつ理解し合う物語が書きたくて書いてみました。

青春期、誰にも理解されない孤独感や、誰かにわかってもらえないもどかしさなんかを経験した人は多いんじゃないでしょうか。

少しでも等身大の青春像が描けていたら幸いです。

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