第一章 ―呪いにかけられて―
眠い目をこすりながら通学路を歩く。結局昨晩は泥まみれで帰宅し、シャワーを浴び、寝床に入るころにはかなり遅い時間になってしまっていた。宿題はやっていない。というか、教科書捨てた。雨と泥でとてもじゃないが使えない代物に成り果てていた。宿題は近藤にでも写させてもらおうと思う。あいつに助けられるというのも癪だが、今回ばかりはしょうがないのだ。問題の授業は二限目の数学だ。答えを写してしまうだけなら何とかなるだろう。
「あ、翔ちゃんおはよう。今日は早いね」
僕のことを翔ちゃんと呼ぶ人間は一人しかいない。振り返ると、一之瀬美穂が駆け寄ってきていた。少しウェーブのかかったミディアムロングの髪の毛がご機嫌に揺れる。たれ目にいつも笑顔を浮かべ、全身からふわふわの空気を溢れさせる彼女には、見るもの全てを安心させる力において右に出るものがいない。
「ああ、おはよう。そんなに急がなくても良いのに」
「だって、朝から翔ちゃん久々に見たから」
「いつもはもっと遅いからな」
幼なじみの僕らは家が近いこともあって昔からいつも一緒に登校していたのだが、最近は割とその機会も減っていた。そもそもきちんと早めに登校している彼女と、遅刻ギリギリで教室に駆け込むのが日常茶飯事になっている僕とでは時間帯がなかなか合わない。一緒に登校する約束をしていたわけでもないので、次第に別々に登校するようになった。
「今日はどうしたの?」
「ちょっとやらなきゃいけないことがあってね。そういや美穂、お前数学の教科書持ってない?」
「んーうちのクラスは今日は数学ないから持ってないよ。忘れてきたの?」
「いや、ちょっと訳ありで。教科書ってどっかで買える?」
「うーん本屋さんにあったような……失くしちゃったの?」
「ま、そんなとこ」
とりあえず放課後に本屋にでも行ってみるかなぁ。なかったら注文するなり何なり方法もあるだろうし。
「それで宿題出来なかったから今日は早いんだ」
「まさにその通りですよ」
「あはは、松本先生厳しいもんねぇ」
あははじゃないんだよあははじゃ。教科書を持ってないだけでいつもの小言が始まるんだ。部活にも入ってない僕は美穂以外にクラス外に知り合いが全くいないから借りるあても見当たらない。
「どうしたもんかな……」
「同じクラスに彼女さんがいるんだから良いじゃないー」
「えっ?」
僕は思わず立ち止まる。一瞬彼女の言っていることが理解できなかった。
「ん?どうしたの?」
「いやどうしたのじゃなくてさ、彼女さんって……」
「え?小鳥遊さんがどうかした?」
「はぁっ?」
思わず声が大きくなる。昨晩の出来事が脳裏をよぎり、微妙にたじろいだ。一瞬からかわれたのかとも思ったが、美穂はそういうことをするタイプではない。それに顔を見れば、本気でそう思っているのが見て取れた
「一体全体、どうしてそういう話になるんだ?」
「えっ?そう聞いたんだけどなぁ」
「聞いた?いったい誰に聞いたんだよ」
「クラスの子だよ。生徒会で小鳥遊さんと一緒なんだって」
どういう事だ?その生徒会の子っていうのが小鳥遊と親しいのなら、そんな事実がないことくらい分かっているはずじゃないか。何の目的でそんな嘘を言ったのか。いやもしかしたら美穂が勘違いしただけということもある。流石の美穂でもそれはないか……
「残念ながらな、そんな事実はどこにもないぞ」
「え、付き合ってないの?」
「付き合ってない」
「うーん、翔ちゃんがそう言うならそうかもしれないけど……」
勘違いってことだったのかなぁ……と美穂はつぶやく。
「と言うか俺、むしろ小鳥遊に嫌われてるからさ」
「えー、どうして翔ちゃんが嫌われたりするの?」
「いや俺にもわかんないんだけどさ、俺にだけ冷たいんだよね、態度が」
「うーん、翔ちゃん優しいし、理由もなく嫌われたりする人じゃないと思うんだけどなぁ……」
美穂はまだ納得がいかないようだったが、僕が一方的にこの話を打ち切る。正直、現実から目をそらしたかった。よりにもよって幼なじみにそんな勘違いをされていたとは。親とかに妙な情報伝わってないよな?ただでさえ教科書と宿題の問題で参っているというのに、また厄介な悩みの種が増えてしまった。僕は頭を抱えながら学校を目指して歩いた。
教室に入ると近藤がいつものように机に突っ伏して寝ていた。近藤の所属するバスケ部は毎日朝練をやっていて、そのお蔭で近藤は毎日爆睡しているというわけなのだ。今日もそれをあてにして登校したので予想通りで助かった。早起きと疲労で熟睡する近藤を容赦なく叩き起こす。
「うお!んだよ!人が寝てる時に!」
「悪い悪い。今日の松本の宿題なんだけどさ……」
「んー松本の宿題?」
近藤は寝ぼけ眼をこすり、大きく伸びをする。しばらくぼんやりしてたかと思うと
「えっ、松本の宿題?あんの!?」
どうやらこいつをあてにした僕が馬鹿だったらしい。
「やってないのか……お前もう諦めて俺に教科書貸してくれない?」
「やだよ!あいつ宿題忘れるとマジでやばいんだからさ」
「俺が教えなかったら忘れてたじゃねぇか」
「もう思い出したんだよ!一限の古文使えばまだ間に合う!」
そう言うと近藤は一心不乱に教科書をめくり始める。ページを行ったり来たりしてうんうんと頭を悩ませる様子を見せた後、再び口を開いた。
「範囲どこ!?」
「知るか!」
意地悪ではなくメモしていた教科書が消滅してしまったから仕方ないのである。恨むなよ近藤。
「34ページから37ページの章末問題よ」
突然後ろから声がかかり、二人同時に振り返ると小鳥遊雪乃が立っていた。漫才に熱中していた僕らは彼女の接近に一切気づいていなかった。
「お、おう、ありがとう」
普段声をかけられることもないからか、近藤は戸惑いながらお礼を言う。
「あとこれ、相馬君。昨日宿題出来なかっただろうから、お詫び」
彼女が僕から目をそらしながら差し出したのは数学のノートだった。宿題を写せということだろう。彼女も彼女なりに昨日の出来事に責任を感じていたようだ。
「いや俺は別に――」
「これでチャラだから。授業までには返してね」
小鳥遊は僕に反論の隙も与えようとせず、ノートを僕の手に押し付けると逃げるように自分の席へと戻っていった。残された僕は手の中のノートを見つめてその場に立ち尽くす。よりにもよって小鳥遊の世話になるようなことはしたくなかったのだけどなぁとか、僕を嫌ってるくせに恐るべき責任感だなぁとか、返す時更に気まずいよなとか考えることは山ほどあった。
「お前ら、何かあったの?」
「いや、何もねぇよ」
慌てて我に返る。昨日のことを近藤に知られたくはない。というか闇に葬りたい。墓場まで持っていきたい。でも嫌われてるとか言っていた相手からいきなりノート貸しに来るのは不自然だろうし、何と言えばいいのか……
「何もなかったなんてことはないだろ?」
「ただの気まぐれか何かだろ」
「そうは見えなかったけどね。痴話喧嘩でもしたのか?」
「はっ?」
一瞬呆気にとられる。近藤の言葉は、僕が想定していたのと方向性が違いすぎた。
「おい、冗談にしてもたちが悪いぞ。俺があいつに嫌われてるって話したばっかりじゃねぇか」
「あれ、言われてみればそんな話もしたような……え、もしかしてお前ら別れたの?」
「おい寝ぼけてんじゃねぇよ!」
眩暈がしてきた。今朝の美穂との会話を思い出す。美穂もそうだが、近藤だってこんな風に厄介な冗談を言う奴ではない。その辺の距離の取り方が上手いというのが唯一無二の取り柄なんだ。こいつが寝ぼけていないとすると、本気で僕と小鳥遊が付き合っていると思い込んでいるということになる。僕自身が小鳥遊と付き合っていないと思い込んでいるなら別だが……
「まぁ別れてないなら愚痴なり惚気なり後で聞くから、今は俺に宿題をやらせてくれ。小鳥遊さんの助けがあるお前と違って俺はマジのピンチなんだ」
僕の言葉を違う意味に解釈したらしい近藤は、教科書に向き直りノートにp34と殴り書きする。相当焦っているのが見てわかる。きちんと事実関係を明らかにしたいのは山々だが、僕も少し落ち着いて色々考えたい。それに僕だって宿題はピンチなのだ。とりあえず席に戻ると小鳥遊の貸してくれたノートを広げ、隣に自分のノートを並べる。
小鳥遊のノートは綺麗に整理され、大事なところにはマーカーが引かれて全体がきちんと色分けされていた。女の子ってやたら机の上にカラフルなペンを並べてるけどあんなの使いこなせないだろってバカにしていたのだが、ここまでの完成度を見せつけられると感服させられる。文字も丸文字等とは程遠く、綺麗に整った非常に見やすい字だった。一見して持ち主の几帳面さが伺える。ノートまで完璧かよと思うとちょっと腹が立つくらいだ。こんなのメモ書きじゃなくて一つの作品じゃないか。女の子の持ち物ということもあり、扱う手つきも自然と慎重になる。
宿題の該当箇所を見つけ、一心不乱に写経に励んでいると担任が教室に入ってきた。いつの間にか朝礼の時間になっていたらしい。僕は半分ほど作業の終わっていたノートを閉じて机に仕舞う。本人の担当科目でなくとも、あからさまに宿題を写しているのは教師には見せるべきではないだろう。担任の山岡は四十手前の体育教師で、暑苦しいくらいの熱血漢だ。こういう姿を見られればキツいお叱りを受けるだけでなく、クラス全員対して人生とは何かのありがたい説法が延々と行われることになるのだ。
「ほら席につけー朝礼はじめっぞー」
いつものように朝礼が始まる。いつものごとくどうでもいい連絡事項しかないので、今日も適当に聞き流す。
「それじゃあ、今日は席替えをしたいと思います」
クラスがざわめく。それもそうだ、席替えはついこの前したばかりなのだ。生徒の多くは戸惑いの声を上げ、教卓にほど近い席を割り振られていた不幸な生徒たちは歓喜の声を上げる。彼の意図は全く分からないが、今の席を気に入っている僕にはあまり好ましい状況ではなかった。
「先生、席替えはついこの前したばかりです」
責任感の強い小鳥遊が立ち上がり声を上げる。
「あれ、そうだったか?随分やってないなと思ってくじまで持ってきたんだけどなぁ」
山岡は空き缶の中に入った人数分の割り箸をカラカラ鳴らす。割り箸の下に数字が書いてある、席替えの時にはおなじみのアイテムだった。
「どうせ持ってきたんだからやりましょう!」
「そうだ!やろうぜ!」
現在の席に不満のある生徒たちはこのチャンスを逃すまいと盛り立てる。気の早い生徒が黒板に座席表を書き始めている。
「よしじゃあみんな急いでくじを引いて移動しろー一限間に合わないぞー移動したものから解散していいぞー」
山岡も勢いに押されて決行することに決めたらしい小鳥遊が渋々着席するのが目に入った。なんというか、ドンマイ。
僕の新しい座席は今の座席の右斜め後ろになった。窓際の席は気に入っていたが、割と後ろの席だし移動も楽なので僕の中では当たりかなという感じだ。ほかの生徒より早く移動を終えた僕は席に座って悠々と宿題の写経に戻る。
「げっ……」
僕の隣を引き当てた声の主が、あからさまに嫌がる声が聞こえた。顔を上げると荷物を抱えた小鳥遊が、それはそれは嫌そうな顔で立ち尽くしていた。ってか今げって言ったぞこいつ。流石に酷いだろ。
「まさか、あんたそこの席なの……?」
「おう」
まぁね、僕も何となくそんな気がしてたんだよね正直。何か不自然なんだよ朝から小鳥遊小鳥遊小鳥遊って。多分今日おこる奇妙なことは全部こいつが原因なんだと思う。いや山岡もね、流石にあそこまで阿保じゃあないし、本当はあんなに生徒にも流されやすくない良い先生なんですよ。何か今日はおかしいもんね。
小鳥遊は諦めたように机のわきのフックに鞄をかけると、席について僕と反対側を向いて頬杖をついてしまった。えらく嫌われたもんだ。まぁ昨日の今日で仕方ないということのあるのかもしれないけどね。僕も小鳥遊から視線を外し、次第に落ち着いてきた教室をざっと見まわした。一番前の教卓の正面にある机の前で立ち尽くした近藤が「終わった」とつぶやくのが見えた。ドンマイ。
宿題の写経作業は一限目開始からほどなくして完了した。ノートの持ち主をチラリと見るとこれぞ生徒の模範というような態度で熱心にノートを取っていた。邪魔するのも悪いので返却は休み時間にすることにして、僕は昨晩の一件で失った分の睡眠を取り戻すことにした。馴れない早起きもじわじわ効いてきていた。
一限終了のチャイムで目を覚ますと、古文教師のご老体、通称長老が教室を這い出る後姿が見えた。恐らくこの学校で最高齢の教師であろう長老は授業時間を延長したことがない。逆に短縮したこともない。チャイムと同時に授業が始まり、チャイムが鳴っている間に教室を出ていく。露骨な時間調整もなくピタリとタイミングを合わせる神業はまさに年の功という感じだ。
僕は大きく伸びをすると、隣の住人にノートを差し出した。
「これ、ありがと。助かった」
「ん……」
小鳥遊はこちらを見る事もなく無愛想に受け取った。もう少しくらい愛想ってものを発揮してくれないものか……とは思うものの、わざわざ僕のために貸してくれたのだ。照れ隠しだと考えれば可愛くも思える……かな?
「あーユキ、こんな後ろの席になったんだー」
顔を上げるといつも小鳥遊と仲良くしてる女の子たちが小鳥遊の机を目指して集まってきていた。中でも小鳥遊と最も仲のいい宮坂芳子が明るい声を響かせている。活発そうなショートヘアに、少し日焼けした肌が特徴的な宮坂は見た目通りのスポーツ少女で陸上部の短距離のエースだと聞く。僕が今最も避けたい人間の一人だ。特に今は、昨日近藤に言われた事が気にかかっているのもあってすぐにでも逃げ出したかった。その上、間違いなくこの状況は悪いことが起こるのだ。
「なーに相馬のこと甘やかしちゃってんのー相変わらず面倒見が良いんだから」
小鳥遊は「げっ、見られてた」という顔をする。
「ちょっと相馬君には借りがあったからね」
よくない事が起こる気配がするので、僕は早目に席を離れる。とりあえず涙を流しながら数学の教科書を繰る近藤の邪魔をしに席を離れることにした。
「おい近藤どうだ調子は」
「やめろ!俺は今ピンチなんだ!」
「諦めなって。もう間に合わないんだからさ」
近藤のノートにはまだ三行ほどしか数式が書き込まれていなかった。終わったな。
そうこうしているうちにチャイムが鳴り、僕は自分の席に戻った。小鳥遊を囲んで盛り上がっていた女の子たちも自分の席へと戻っていった。僕が席に座ると、小鳥遊は僕を睨みつけてきた。彼女の表情は、困ったような怒ったような微妙なものだった。
「何だよ」
「……」
「言っておくが、俺は何もしてないぞ」
尚も小鳥遊は僕を睨みつけてくる。何があったのかは大体予想はつくが、そんな目で見られても困る。やっぱり何とかしないといけないよなぁ。
「小鳥遊、昼休み暇か?」
「何で?」
「話がある。屋上に来てくれ」
「奇遇ね、私も話があるの」
それだけ言うと彼女は前に向き直ってしまった。同時に松本が教室に入ってきて、すぐさま授業が始まる。その日の授業の内容は、ほとんど頭に入らなかった。
三限四限は移動教室で小鳥遊と顔を合わせる機会もなく過ぎ、昼休みになった。いつもの近藤の誘いを断り、僕は屋上へ向かった。非常階段を一番上まで上った先にある屋上は施錠されていないが、ベンチや花壇などがあるわけでもなく掃除もされていない荒れ放題なので、普段から好んで近寄ろうとする人はほとんどいない。錆で固くなったドアに体重をかけてぐいと押すと、軋みながらゆっくりとドアが開いた。ドアを閉め、フェンスのところまで歩いていくと町が広く見渡せる。今日は呆れるほどの快晴で、深呼吸すると初夏のさわやかな空気が胸に広がった。暖かい陽気に包まれた公園で、例の桜の木が相変わらずのんきに揺れているのが見えた。
少し経つと小鳥遊がやって来た。僕よりもいくらか力の弱い小鳥遊は、軋むドアをギッギッギッと断続的に軋ませながらドアの隙間に身体を滑り込ませる。同じようにしてドアを元の場所に押し戻すと、僕の方に向き直ってゆっくりと近寄って来た。
「来たけど」
「おう」
小鳥遊は相変わらず不機嫌そうな顔をしている。ある意味で、昨日の夜よりきまりが悪い。あの時は薄暗くて互いの顔もよく見えていなかったしなぁ。とぼんやり考える。
「一応確認しておくけどさ、俺とお前、付き合って――」
「付き合ってるわけないでしょ!」
食い気味に否定された。まぁ付き合ってないんだけどさ。
「何でこんなことになってるのよ全く……」
小鳥遊の周りでも大体予想していた通りの事が起こっているようだ。僕も午前中少し周囲に探りを入れてみたのだが、どうやらみんな僕らが付き合っていると思っているらしいことが大体確認できた。しかも仲の良いと評判の公認カップルって感じだ。勘弁してくれ。
「いろいろ考えたんだけど、き、昨日のアレが原因だよな……」
「……」
小鳥遊の顔がにわかに紅潮する。僕もあまり言いたくはないのだ。
「実は昨日、帰りに見たんだけど……満月だったんだよね」
「そんな!じゃああなたはあんな言い伝えなんか信じてるってわけ?」
「いや、俺も信じてなんかいなかったよ。でもそれ以外説明できないだろ。普通じゃ考えられないことが起こってるんだ」
「それは……そうだけど……」
何か常識的には考えられないことが起こっているか、僕ら二人が同時にどうかしてしまったとしか、今の状況は説明が出来なかった。
「わかったわ……じゃあ百歩譲ってあの桜の木の言い伝えが本当だったとして、昨日私たちは確かにその……そういうことがあったけど……それでもおかしいじゃない。言い伝えは『愛し合う二人が』とか、そういう話だったでしょ?」
「それについても考えたんだけどさ、世界から見たら今の俺たちは……その……『愛し合う二人』なんだよ。そう思っていないのは俺ら二人だけで、世界から見たら俺らは十分に言い伝えの条件を満たしてるって訳」
「そんなの順番がおかしいじゃない!」
「確かにおかしいよ。でも、それで辻褄は合ってしまうだろ。結局言い伝えなんてものは、どこかで都合よく解釈されているってことだろ」
「そんな……」
小鳥遊は頭を抱える。頭を抱えたいのは僕も一緒だった。
「こんなの……まるで呪いじゃない」
呪い。呪いとまで言うか。僕を目の前にしてその言いぐさは流石に失礼なんじゃないですかね。ただ、彼女の言いたいことはわかる。望まない二人をこんな理不尽なやり方で『永遠に結ばれる』ように仕向けるなんて。いや、どちらかというと『永遠に結びつける』って言う方が正しいのかもしれない。
「起こった事をどうこう言っても仕方ないよ。問題はこれからどうするかだ」
「どうするって、とにかく誤解を解いて――」
「誤解を解くって、どうするんだよ。桜の木の言い伝えが――って説明でもするか?そんなの誰も信じないよ。それに、昨日のことを言いふらすことにもなるんだぜ?」
「そ、それは……じゃあ、私たちもう別れたってことにしましょう。それで元通り。今までみたいに平和に暮らせるじゃない」
「それはダメだよ」
「どうしてよ!」
「こんな理不尽な状況が、そう簡単に解決すると思う?それにもし上手く行っても、俺は小鳥遊の元カレってことになるんだぜ?」
「うっ……」
「何より俺はそういうその場しのぎって好きじゃないんだよね。根本的なところで何も解決しないだろ」
小鳥遊は「へぇ」と意外そうな声を上げる。
「あなたがそんな考え方してたなんて」
「何だよそれ」
まるで僕なんていつも何も考えていないかのような言い草だ。
「そういうことなら、何か具体的な解決策があるんでしょ?聞かせて」
「いや、特には」
「はぁ?」
「具体的な解決策はまだ見つかってないってだけだよ。でも、方向性はもうある。というか、一つしか存在してない」
「どういうことよ」
「まず俺達は『どうやら桜の木の言い伝えが何か関係しているだろう』以外の情報をひとつも持っていない。こんな状況じゃ解決策なんて出て来ようがない。最初にやるべきはまず状況の確認と、あの桜の木と言い伝えについて一つでも多くの情報を集めることだ」
「確かに、闇雲に動こうとしても何も出来そうにはないわね……」
「手始めに放課後に図書室に行って、地元についての史料をいくつか当ってみようと思ってる。それから、史料が足りなければ市の図書館にも行ってみる。あとは、一般的な言い伝えや呪術的契約に関する資料も役立つかもしれない。小鳥遊が言うようにこれが『呪い』の類のものだと捉えると、もしかしたら神社のお祓いなんかも役に立つのかもしれない」
正直、藁にも縋る思いだ。黒魔術やお祓いなんてこれっぽっちも信じてはいないのだけど、自分がこんな状況に追い込まれればいやでも頼らざるを得ない。僕があまりにまくしたてるように話すので、小鳥遊は多少気圧されたような表情を見せる。
「とにかく、俺らには情報が必要だ。そのために人手もいる。でも、この状況を理解してる人間は俺ら二人だけだ」
「つまり、協力して欲しいって訳ね」
「そういうこと」
「そういうことなら、最初からそう言いなさいよ。回りくどい」
彼女は呆れたように呟く。
「仕方ないから協力するわ。私だってこの状況をどうにかしたいってのは同じなんだから」
彼女は諦めたように肩をすくめた。彼女も馬鹿じゃない。下手に意地を張り続けるよりも協力して少しでも早く事態を解決する方が賢いと判断したのだろう。
「それじゃあ、一先ずは協力関係だ。よろしく」
僕は彼女に右手を差し出す。彼女は一瞬躊躇したが、同じく右手を差し出してそれを握り返してくる。尚も挑戦的な目をしているが、彼女の手は僕の思っていたよりも少し小さく、か弱く感じた。
こうして僕らの、奇妙な同盟関係が生まれた。桜の『呪い』を解くための。




