1.5 『出会いは劇的――悲劇的』
……ま、まさかのドヤ顔キタァー!!
予想の斜め上どころの話ではなかった、予想の真逆だった。―――真逆というか、もはや別次元の話だった。
しかも少女は、丁寧に表情までドヤ顔になっていた。
いや確かに?他人に自慢するに値するような行動ではあったけども?……出来れば止めてほしい、せっかくの感謝の念が薄れることになるから。
足元一面を真っ赤な血の海にしているにも関わらず、全力のドヤ顔……シュールなことこの上ない。
あ、倒れた。
どうやらさっきのドヤ顔が、この少女に残された最後の力だったらしい。パタンと軽い音を立てて横に倒れると、そのまま動かなくなってしまった。
命の恩人に対する評価ではないが、実に間抜けだと思う。
「……はぁ、やれやれ」
いつかどこかでそうしたように、ミズノはその場で両手を肩の高さまで上げると、出来るだけ残念そうに顔を左右に振る。
―――仕方がない。
基本的に面倒なことは関わらないような性格でも、流石に思うところがあっただろう。ミズノは、少女を刺激しないように、
ゆっくりと、その場を立ち去―――
「いや、助けてぇ!!」
少女に背を向けたミズノの元に、それはもう切実なまでに悲しい悲鳴がこだましてきた。
嫌々ながら、もう一度少女の方を向く。
そこには表情からすでに、わかりやすく機嫌が悪くなっている少女の姿があり、未だに地面に転がっていた。
ミズノはそんな痛々しい姿の少女に向けて、そっと言葉を掛けた。
突然のことだったとはいえ、仮にも一度は命を助けられた恩人なのだ。そのお礼として、言わなければならないことがあったから。
少女をじっと見つめて、そして口を開く。
「いや……俺、血とかそういうのはちょっと……」
場が凍りついた。
空気も凍りついた。
ついでに言うなら、少女の顔も凍りついた。
ミズノの言葉が余程想定外だったのか、少女は若干泣きそうになりながら、ミズノへ意思の確認に移る。
「……えっ?ん、あれ?もしかして自ら身を挺してあなたを庇ったという、私の扱いはそんな感じですか?」
「……えっ?」
「えっ?」
「………………………………えっと、じゃあ俺はこれで?」
「あっ、はい、すみません。わざわざこんな大変な時にお引止めしてしまって、本当に申し訳な―――いや、違うよね?」
会話の流れで強引にその場から立ち去ってしまおうという考えは、残念ながら失敗に終わってしまった。
仕方がないので今度は、出来る限りわかりやすく相手に不服さをアピールする。……清々しいほど、にこやかな作り笑顔だった。
そんなミズノの思いが伝わったのか、少女から反応がある。
「あはははっ、えっと……あのー、せめて感情だけでもいいから、内に隠そうという気は起こしてくれないかな?」
地面に転がったまま半端な苦笑いを浮かべる少女を見て、小さい溜息を付く。
この状況でも動かないということは、どうやら助けが必要だというのは本当のことのようだった。
いくら面倒事は嫌いだと言っても、仮にも自分の命を助けてくれた人間を相手にしているのだ。流石にこれ以上に嫌な思いをさせるのも忍びない。
「あー、なんだ。まぁ、その……悪かった、こっちもいきなりで驚いたんだよ。愛想が悪かったのは謝る、本当にごめんな」
血だらけで身動きの取れないか弱い女の子を凝視する――などというアブノーマルなことこの上ない行為を、とてもではないが出来るわけのないチキンなミズノは、適当に視線を宙に彷徨わせながら黙々と語る。
「だからその代わりに……何か出来ることとかあるか?」
「……………………………」
返事はなかった。
そして、そのまま長い沈黙になった。
……………………。
…………居心地が悪い。
何なのだろう?これはもしかしてあれだろうか?「お前、ちょっとはこの状況反省しろよ」とか、そういう感じなのだろうか?ヤバイ、怒ってるのか。
どうやって機嫌を直そうかとそんなことを考えていると、ミズノは不意にズボンの裾を引っ張られていることに気付いた。
覚悟を決める。
さて、一体何をお願いされるのか。
倒れている少女に視線を向けると、少女は唐突に両腕をミズノに向けて突き出して、言った。
「…………起こして……下さい」
……普通だった。
というか……いや、まぁ、当然のことだった。