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1.2 『出会いは劇的――悲劇的』

 ただの木の棒だった。


 材質も鉄などではない、完全に木である。

 しかも木は木でも、加工されている木刀などという大層な代物ではなく、本当にただそこら辺で拾ったような木の棒――というか木の枝だった。木の枝の根元には、何かに強引にへし折られたような痕さえある。

 それを見てミズノは、本当にあまりの理解不能さのあまり木の枝を凝視した体勢のまま、数秒間その場に固まってしまった。

 沈黙だった。

 場を支配しているのは沈黙以外の何物でもなかった。

 攻撃態勢に入っていたはずのモンスターからの反応もなく、ピリリとしていたはずの空気さえもなくなっている。

 ゆっくりとモンスターもとい猪に視線を送ると、なぜか気まずそうに視線を逸らされた。……同情か?猪のくせに同情か?

 再び自分の手元に視線を戻す。


 やはり木だった。


 どんなに頑張って自分に都合のいいように事実を捻じ曲げても、そこにあるのはただの木の枝だった。

「……ったく、やれやれ」

 ミズノはその場で両手を上げて首を振り、呆れ果てていることを目の前にいる猪にアピールする。

 そして猪が呆れたその隙を突くかのごとくミズノは、その手に掴んだままの木の棒を思いっきり投げつけたのだった。


 地面に。


 しかし地面にぶつかったそれは、音と衝撃を完全に土に吸収されてしまい、特にこれといったことが起きるわけでもなく……。

 沈黙。

 さらに気まずくなる。

――暫し、両手を組んで首を傾けて熟考――

「……よし」

 突然そう呟いたミズノは、足元に横たわっている地に還った剣、もとい木の棒、もとい木の枝を、全力でそれでいて華麗に、それでいて高速に――踏み潰し始めた。

 もちろん、怒号と共に。

「もうなんなんだよ!さっきから意味わかんねぇんだよ!なんなんだよ一体!なんで俺は森の中で猪に襲われてんだよ!?なんで格好つけて背中にぶら下がってた剣を引き抜いたら木の枝なんだよ!?なんなんだよ!意味わかんねぇよ!もう殺せよ!一思いに殺せよ!!そんなに俺が嫌ならいっそ殺せよ!!こんな辱めを受けさせられるくらいなら死んだほうがマシだよ!!もうこんな俺なんか殺してしまえよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 あまりの仕打ちに、心が完全に壊れてしまった。

 無抵抗の木の枝に溜まったストレスをぶちまけ、その場で膝から崩れ落ちて一人オイオイと泣き出すミズノ。……惨めである。

 人間でもない猪にまで同情されて、ミズノの心はポッキリと折れてしまったのだった。……木の枝だけに。

 あれだけ格好つけて啖呵を切ったのが、今となってはただの恥辱の要因にしかならないことに絶望した。世界を呪うレベルである。

 地面に両膝を突いたことで完全に心が折れてしまっていた。

 しかし相手の猪が、そんなミズノの内心を知る由もないのは当然のことであり、そのことに気がついていれば、これは事前に阻止できたはずなのだ。

 目の前の猪。

 先ほどまで俺の滑稽な姿を、華麗にスルーしていた猪。

 それが突如――


 こちらに向かって突進してきたのだった。


「あ、」

 動かない。

 いきなりの出来事で反応出来ない。

 そもそも今のミズノは、地面に両膝を突いてしまっているのだ。この状況からすぐに動けるわけがない、感情論うんぬんの前に物理的に問題がある。

 正直、油断していたというのが嘘偽りのない正直な感想だった。

 中々こちらに向かってこない猪を見て、一人でいつの間にか警戒を解いてしまっていたのだ。

 さっきまでの馬鹿みたいな出来事のせいで、すっかり自分の中から緊迫感というか危機感というかそういうものが抜け落ちていたのだ。

 そうだ。

 冷静に考えれば、このモンスターがこちらを攻撃してくることなんてのは、当たり前のことだったはずなのに。何を一人で勝手に終わった気になっていたんだろう。いくらなんでも馬鹿にもほどがある。これでは馬鹿なのは、猪でも他の誰でもない、自分自身ではないか。

 ―――死んだ。

 そう思った。

 こちらに迫りくるモンスターを見て、何の感傷もなく無感情に思った。

 「死にたくない!」なんていう、アニメとかでよく見かけるような切迫感はまるでなかった。

 震えていた。

 空気が、

 地面が、

 何もかもが震えていた。

 もはや震えているのが死を前にした自分なのか、それとも外の方なのか、それさえもわからなかった。

 不意に猛烈な眩暈に襲われた。

 死の恐怖からなのか、それは奇しくも気絶する前兆だった。

 情けなかった。

 しかしそれももう今はどうでもいいことだった。

 ミズノは一人、薄れ行く世界に別れを告げ――


「危ない!!」


 一瞬だったと思う。

 何かに突き飛ばされた。

 正確にはただ単に横に突き飛ばされただけなのだが、少なくともその場からずれるくらいにはなった。

 体が倒れる。

 物理法則に逆らえないまま、それでも目だけは必死に動かして、衝撃のかかった原因があるはずの場所を見る。

 そこには、


 そこには髪の長い女の子がい―――


 鈍い、音がした。

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