俺、頑張る決意をする
街に戻った俺たちはクエストボードと書かれた大きい掲示板の前にいた。
「まずはクエストで経験値を稼ぐのが基本よ」
クエストは説明されたからなんとなくわかる。クエストはモンスターの退治が基本で、一定のモンスターを退治したら経験値がもらえるというものだ。
「でも、クエストを受けるにはお金がかかるじゃないか。だからあまりやってないけど」
「馬鹿じゃないの? お金くらいすぐに稼げるでしょうが」
何を言っているんだ。俺は現れた敵をちゃんと全部倒してドロップしたお金を全部拾ってるのだぞ。それでもお金が足りないのに馬鹿呼ばわりされるのは非常に不快だ。
「そうか? でも全然貯まってないぞ……」
「ケンタ君、ちゃんとミリピ宝石を売却してる?」
「え……あれって売るものなのか?」
「ちゃんと説明読みなよ……」
馬鹿呼ばわりされるのは当たり前だったのが今判明した。しかもリアルでは最下層にいる人間に馬鹿呼ばわりされたので俺のハートはズタズタである。
だけど俺は負けずに前へ進むぞ。
「まぁでも捨ててないんだったら問題ないわよ。さっそく売りなさい。あれは売る以外に使い道ないから」
「わかりました……」
「その金でそんな雑魚な武器を買い替え」
「雑魚……だと……?」
俺と苦楽を共にしてきた(約六時間)この長剣を雑魚呼ばわりだと……! この武器はキルニャさんがチュートリアルでくれた愛情たっぷりの大切な武器だぞ!
これ以上の強さの武器があるもんか!
「こっちのロングアルティナソードがいいぞ」
攻撃力5→10。
はい、こっちにします。キルニャさん、許してください……!
「あとはアディッションは慎重にやりな。一定の確率でエンデュランスが減るから」
アディッション? エンデュランス?
「ケンタって学校の成績はいいのにこういう事覚えないよね」
ぐっ……痛いところを突かれた。これでは学校で馬鹿にされるではないか。
「アディッションは武器に三つまで付けれる特殊能力の事。エンデュランスは武器の耐久値。エンデュランスがゼロになると使えなくなるの」
ふむふむ、わかりやすい説明だな。あやぴょんも勉強でこれくらいの理解力があればもっと上に居たのにな。(さっきの仕返し)
「ダイアダンジョンでもアディッションはドロップするけど持ってないの?」
「持ってないな」
「運まで悪いのね。残念」
くそ……。やはり運まで実力の中に入ってしまうのか。これは早くドロップして武器を強化しなければ。
「まぁ一つ上のギウダンジョンならドロップしやすいかもね。行ったことある?」
「いや」
ダイアダンジョンしか行ったことないな。ダイアダンジョンの主と呼ばれてもいいくらいダイアダンジョンしか行ってないな。
そう、次に進む自信がなかったんだな。
「じゃあ今から行くかー」
「是非頼む!」
「謙太!」
「!?」
俺はヘッドホン越しにドアの外からの怒号に気づいた。ようやくヘッドホンを外し「なに?」と応答する。
「もう一時よ! 理穂みたいに夜ふかししてないで、いい加減寝なさい!」
母の怒号であった。俺は「へーい」と適当な返事をしておいて、すぐにパソコンに向き直った。
「悪い、親が怒ってるからもうやめるわ」
「えー。まだ一時じゃーん。真面目かよー」
「あぁ真面目なんだよ」
「しゃーねーな。じゃあまた今度な、おやすみ」
「いろいろありがとう。おやすみ」
俺はメニュー画面からログアウトを選んで『クリスタルエイジ』を終了した。
今日だけで色々な収穫が出来た。これで理穂の救出にも一歩近づいた気がする。
よし、これから俺はゲームの鬼となってゲーム道を突き進んでやるぞ!
チュンチュン。
小鳥が今日も鳴いている。とっても爽やかな朝が俺を迎えてくれている。俺はカーテンを開けて日光を浴びる。今日は雲ひとつない青空だ。
さて、今日も一日がんばるぞ。
「よし、遅刻だな」
時計の針はホームルームまであと五分の時刻を指していた。俺は冷静に遅刻とか言ったが内心はとても焦っている。いつもは早起きしてるから遅刻なんて縁がなかった。
そして遅刻することは確定した。だがしかし俺はあきらめない。あきらめなかったら奇跡が起きてホームルームの担任が階段の途中で転んでタイムロスして俺が先に教室に入れるかもしれない。
「うおぉおぉぉぉぉおお!」
即座に着替えて、即座に部屋を出て、即座に階段を駆け下りる。
そしてリビングに行って言っておかなければいけない一言を叫んでおく。
「母さん! なんで起こしてくれないんだよ!」
「夜ふかししてた謙太が悪いんでしょ!」
あっさり口喧嘩に負けた。用は済んだので俺はリビングを出ようとした。
「謙太、朝ごはん!」
「食べてる暇なんかあるか!」
「食べなかったら学校まで持って行くわよ……」
なんだその脅し。まぁ確かに遅刻は確定だしどうせ奇跡も起きないだろうから朝飯食べていくのも一理あるな。
「わかった、食べるから」
俺は母さんの押しに負けて、テーブルの前に座った。まぁ二時限目は体育だから、朝飯抜きだと倒れる可能性がある。だから俺はこうして仕方なく朝ごはんを食べるのだ、と言い聞かせていた。
ガチャ
またリビングの扉が開いた。
「……!?」
俺は驚いた。なぜ驚いた。それは単純な理由だ。
開けられたドアの前には制服姿のポニーテールの女の子。ちょっとツンとした表情をしていながらも内面から可愛さが溢れ出している。
そこに我が妹の理穂が立っていた。
「り、理穂」
よく考えてみると四、五日ぶりに理穂の姿を見た気がする。朝はいつも俺が早くて理穂は遅刻寸前だからすれ違うし、夜は理穂が引きこもってるから会わなくなっていた。
「……なに?」
数日ぶりの妹との会話。兄としてどんな会話をすればいいのだろうか。
ここはゲームばっかりしてないで勉強しろ、と言って問題を解決させてしまうのが正解か。いやそんな事で解決するはずがない、そんな事なら蓮花は本気で相談なんてしなかったはずだ。
ならば俺も『クリスタルエイジ』始めたんだって言って共通の話題を作るか。そうするとより一層問題解決から遠ざかってしまうような気がする。
じゃあどうすればいいんだ。おい、誰か教えてくれ。
「ぼぉーっとしてないでさっさと食べる!」
母さんの怒鳴り声でその場は収まった。
俺はさっさと朝飯を食べて、玄関から飛び出そうとしていた。後ろからドガドガと激しい物音が聞こえる。
本当にさっき起きたばかりの理穂は色々やることがあったので朝飯抜きでしたく支度しているらしい。
「じゃあいってくる」
俺は物音にかき消されるような声でそう言って外に出た。
俺は自転車通学だ。だから今朝も自転車のサドルにまたがる。そしてペダルに脚をかける。
「あ、待って!」
玄関のドアが激しく開けられると共にそんな声がしたので俺は動きを止めた。そこには支度をよほど急いでやったのか、若干服装が乱れている理穂がいた。一体なんなんだ。
「なんだよ。急いでるんだけど」
「後ろに乗せて」
「……は?」
理穂は自分を自転車の後ろに乗せろと言ってきた。理穂の通う中学校と俺の通う高校は距離で言うとなかなか離れているのだが、なぜそう言ってきたのだろう。
「いや、行く方向違うじゃん」
俺はその事を指摘した。
「だから私の中学校に行ってから兄貴の高校に行けばいいじゃん」
なんで俺は遅刻してるのにさらに妹を送っていかないといけないんだ! 俺はタクシーじゃないぞ!
「今週遅刻したらマジやばいのよ。今から全力で漕げば間に合うからさ、おねがい!」
「……ったく、仕方ないな。しっかり捕まっておけよ」
俺は可愛い妹のためなら自転車タクシーでもなんでもしてあげる兄貴の鑑だな。まぁ、理穂の受験に影響するなら一走りしてやっても構わないさ。
俺はしっかりと理穂を乗せてからペダルを思いっきり踏み込んで走り出した。