俺、この世界に降り立つ
二作目です。リアルとネットの行き来を心地よく書けたらいいなと思ってます。
「君が今日から軍隊に所属する新人ちゃんだね~?」
服は比較的軽い黒色の鎧、右手には切れ味が鋭そうで柄の部分が赤色のみで染まっている長剣、緑色の髪でシンプルなポニーテールの持ち主の少女が俺に向かってニコニコしながら話しかけてきた。何やらとてもワクワクしている様子なのが全面的に伝わってくる。
「なかなか見込みがありそうな新人ちゃんですな~。わからないことばかりだろうだから何でも私に聞いてね! あ、自己紹介がまだだったね。私は軍隊で新人の教育を担当しているキルニャって言うの。好きなように呼んでね~」
目の前の少女はとても元気ハツラツでこっちまで元気をもらえるような雰囲気が感じられた。恋人にするならこういう女の子にするべきだ、というかキルニャさんを恋人にするべきだ、という結論にたどり着いたので俺は若干キルニャさんに惚れてしまった。
仕事上の関係からプライベートな関係になってしまうのは正直気が引けるが、恋することは正義である、とか誰かが言っていたような気がしたから俺は恋をする。
「それじゃまずはこの世界の説明からしましょうかね~」
わざわざ世界の説明からしてくれるのか。親切にしてくれるものだな。いや、もしかしたら俺が相手だからこんなに親切にしてくれるのではないか? つまりキルニャさんは俺に気があって仲良くなりたい(性的に)という合図を必死に送っているというわけか……。
「この世界にはたくさんの怪物がいます。なので私たち国民は普段から怪物を恐れて生活を送ることを強いられていま~す」
ふむふむ。それは大変だ。
「そしてその怪物に立ち向かうべく作られたのが我ら軍隊なのです。我らは刀剣、弓、槍などの武器を使っての戦闘はもちろん、魔法を使って戦闘したり仲間を助けることも出来ます」
ふむふむ。それはおもしろそうだ。
「なので世界を救う鍵は君にかかっているかもしれない! というわけなので~す」
世界を救う、か。とても良い響きの言葉だな。世界救出は中学生男子だったら一度はやってみたいイベントランキングの堂々の第一位だもんな。
「とりあえず君には新人研修をいくつか受けてもらってから兵士として戦場で活躍してもらいま~す」
新人研修なんてかったるい事をさっさと済ませて早く戦場に出たいものだ。でも何事もチュートリアルは大事だ。チュートリアルに笑うやつはチュートリアルに泣く、なんてことわざは昔から言われてるからな。
「さて、まずはどの武器を使うか決めないとね~。君は何を使いたい?」
いきなり武器を選択するのか。これはどうしても迷ってしまうな。
「まぁ何か違うかな~って思ったらすぐに変えればいいから気楽に選びなよっ」
世界を救う(予定)の人間が気楽に武器を選んでいいものかね。まぁ確かに難しく考えても余計にわからなくなるだけだし、ここは直感で選ぶことにしよう。
「じゃあキルニャさんと同じやつで」
これでキルニャさんへの好感度アップだ、やったぜ。
「ほほぅ、長剣だね~。なかなかいいセンスしてるね」
やった、褒められた。俺の恋愛テクニックを駆使すればこんなもの当然だけどな。
「じゃあ早速トレーニングルームに行ってチュートリアルをしちゃいますよ~」
よし、俄然やる気になってきた。このまま戦闘も恋愛も極めてやるぞ!
「謙太! 御飯よー!」
「え、もうそんな時間かよ。いいところだったのになー」
俺、沼倉謙太は文句をタラタラと垂れながら、ノートパソコンにつながっているヘッドホンを両耳から外してパソコンの電源をつけっぱなしで部屋を出て行った。
部屋を出ると俺はなぜか隣りの部屋のドアを見つめていた。その部屋は我が妹の沼倉理穂の部屋である。
俺はこのドアが開いている光景をあまり目にしない。というか最近はこのドアはめったに開かない。一体何をしているのかはわかっているのであとで説明しよう。
一階のリビングに向かうため俺は階段を淡々と下りて行く。この階段を生まれて一六年、はたして何回往復したのだろうか、そんなバカな疑問が浮かんでいたころには俺はリビングのテーブルに座っていた。
「御飯が出来たって言ってるんだから早く来なさいよ。一体何してたのよ」
「あ、悪い。ヘッドホンで音楽聞くのに夢中になってた」
おふくろが湯気が出まくってる出来立てホカホカのカレーを俺の前にセットしながらそんな文句を言ってきた。
「そうかい。ほどほどにしなさいよ。ほどほどにね……」
おふくろが何か意味深な言い方をしていた。まぁ俺には意味がよくわかっているが。そんなことより俺は目の前にある旨そうなカレーをいち早く平らげたいのでスプーンを構えた。
「ふぅ、うまかった、うまかった」
カレーをペロリと平らげた俺は皿を台所に持って行って部屋に戻ろうとした。
「あ、謙太。これ持って行って」
そう言っておふくろから渡されたのはさっき俺が食べたものと同じカレーだった。俺はこれも食べてしまおうか、と思ったがそれはやめて素直に二階へと上がって行った。
カレーを持った俺がたどり着いたのは妹の部屋の前。
コンコン
空いている手でドアをノックする。返事は返ってこない、これも日常茶飯事である。そういうときはいつもこう言い残して立ち去る。
「晩飯のカレー、ここに置いておくから。冷めないうちに食べろよ」
やっぱり返事は返ってこなかった。
部屋に戻った俺はすかさずパソコンの前の椅子に座る。もちろんさっきの画面がまた見えてくる。
そろそろ俺のやっている事をサラっと説明しよう。
俺は今「クリスタルエイジ」というMMORPGをやっている。今日の昼間に始めたばかりの初心者だ。もともとネットゲームに縁がなかった俺なのでなかなか新鮮味があって面白い。というか面白すぎる。なんで今までこの存在を知らなかったのか後悔してるくらいだ。
この「クリスタルエイジ」は三年前にサービスを開始したゲームで未だに根強い人気があるそうだ。三年間ずっと大人気とかウソだろとかちょっと思っていたが、やってみたらその人気も納得できてしまう。
さらにアバターと呼ばれる自分の分身も細かく作れるらしくてとても綺麗なグラフィックが見られる。これでより俺に似たアバターが作れるってわけだ。やろうと思えば超巨乳のねーちゃんも作成可能ってわけだ。
おっと、ゲームの紹介はしておいて俺の紹介がまだだったな。
俺は沼倉謙太。地元の普通科高校に通う十六歳だ。部活は夏前まではバスケ部にいたが、練習の辛さに耐えきれずやめてしまった。まぁバスケやってればモテるだろ、という安易な考えで入部したのがそもそもの間違いだった。
俺の自己紹介はこんなもんでいいか。
そもそもネットゲームとは無縁な俺がこのクリスタルエイジを始めたのか。
その原因は100%、妹の理穂にあった。
それは一つの相談から始まった。
「理穂を、助けてあげてください!」
「???」
先週のことだ。家の近くのファミレスにて、俺は理穂の親友である武宮蓮花から相談を受けていた。
蓮花はいつもポニーテールで、お茶目というよりは落ち着いた性格なのだが何かスイッチが入るとおかしくなるらしい、と理穂がいつしか言っていた気がする。
世間一般から見ても俺から見ても、蓮花はカワイイ女の子の部類に入ると思う。こんなカワイイ子と昼間から二人きりで話してるなんて嬉しい限りである。
さて、そんな前置きはここまでにして話に戻そう。
「理穂の様子がこの頃おかしいと思いませんか?」
「いや、普通に学校行って、普通に暮らしてるけど」
俺はアイスコーヒーにミルクをドバっと下品に投入しながら話を聞いていた。蓮花は何もいれずにブラックで飲んでいるのと比較すると俺は子供っぽいな、と感じてしまった。
「休日とかは何してるかわかりますか?」
「休日ねぇ……そういえばこの頃引きこもってるな」
俺は脳みそを限界までフル回転させて記憶をよみがえらせていた。すると最近の休日に理穂の部屋のドアがずっと閉まっていた事を思い出した。いつもなら休日は友達の家に行ってるか、街に出てショッピングやら何かしらしているから俺は不思議に思っていた。
「でも、それがどうしたって言うんだ?」
「理穂はハマってしまっているんですよ!」
蓮花は興奮気味に体を前のめりにして主張してくる。もう少し左に飛び出してたらアイスコーヒーに当たってこぼれてしまうから気を付けてほしい。
そして俺はいたって冷静に話を聞いていた。
「ハマったって何に? アイドルにか?」
「オンラインゲームです!」
蓮花が怒鳴るように言い放ってきた。別に俺たちは喧嘩してるわけじゃねぇんだから落ち着いてほしい。
つーか、今何て言った? おんらいんげーむ? 俺はなかなか横文字に弱いタイプだからちゃんと説明してほしい。
「この前の休み時間の事です。理穂は自分の席に座って携帯の画面にずっと夢中になっていたんです」
説明無しに次の話に進んでしまったので俺も仕方なくスルーする。
「それは今時の女子中学生なら普通じゃないか?」
「お兄さんの言うとおりです。それで私は興味本位に理穂がどんなサイトを見ているのか覗き見しました」
「お前、悪いやつだな」
蓮花は彼氏の携帯電話を隈なくチェックして監視していそうなタイプな気がしてきた。というか絶対そうだろうな、浮気とかしたらナイフとか持ち出しそうだ。
「これも親友のためです。それで理穂が見ていたサイトがですね……」
こいつ、妙に溜めやがってる。大体答えはわかってるんですけど。
「アダルトサイトだったんですよ!」
「ブッ!」
俺は思わず飲んでいたアイスコーヒーを盛大に吹いてしまった。そんな想定範囲外の答えが返ってくるとは思わなかった。
興奮状態の蓮花は雑ながらもハンカチを渡してくれた。
「あ、あだるとぉ!? ウソだろ!?」
「まぁウソですけどね!」
「なんでここでウソつくんだよ!」
「急にふざけたいと思っただけです!」
「急に思うな!」
「話を逸らさないでください!」
「お前から逸らしたんだろうが!」
俺と蓮花の会話劇があまりに長く続いたため二人は息切れしてしまい一旦休憩になった。案外しゃべり続けるのにも体力がいるんだな。
「本当は、オンラインゲームのサイトを見ていたんですよ」
「まぁ、文脈からするとそうだよな」
「それで私は気になって調べたんですよ、そのオンラインゲームを」
「ちょっといいか」
俺が会話を一方的に止めた。
「オンラインゲームってなに?」
「お兄さん、そんなことも知らないんですか? なかなか無知ですね」
蓮花が鼻で笑いながら俺を蔑む。こいつってこんなキャラだったっけか。成長期だと色々あるのかな。
「オンラインゲームとは、ネット上で多人数が同時にプレイできるゲームです」
「ふーん」
「それで理穂がハマっているゲームは『クリスタルエイジ』というものです」
「ふーん」
「このゲームはRPGとアクションの要素が融合した唯一無二のジャンルです。三年前にサービスを開始して、ユーザーは三百万人を突破しているようです」
「ふーん」
「ジョブが現在五十種類で、メインジョブとサブジョブで使い分けられるシステムです。ゲームの流れは怪物を狩りに行ってレベルを上げて、ユーザー同士の対戦でさらに腕をあげる感じです。ユーザー同士で公式大会なども開かれているようです」
「ふーん」
「……」
バン!
「いってぇ!」
俺はテーブルに置いてあった少し厚めのメニューで頭を思いっきり叩かれた。強すぎて何秒かクラクラしていた。こいつ、力加減下手くそなのか。それともただ単に戦闘力が高いのか。どっちでもいいがとりあえず痛い。
「何するんだ!」
「お兄さんが真面目に私の話を聞いていないからです!」
「分からない単語を連呼されたら『ふーん』としか返せねぇよ! 俺のネット音痴舐めるな!」
「それでももっと気を利かせた返し方をしてください!」
「なんでお前に気を利かせなきゃいけねぇんだ!」
「そんなんだから彼女の一人も出来ないんですよ!」
「余計なお世話だ!」
またまた会話がヒートアップしてきたので俺たちは一旦休憩する。この会話劇を傍から見たらおかしい二人組なんだろうな。
「とりあえずそんな感じのゲームなんです」
「それで理穂はゲームに夢中で友達付き合いが悪くなったってことか」
「それもありますが、それより大きな問題があるんですよ!」
「ん?」
「理穂の成績がガタ落ちなんですよ!」
「……そうか。あいつ今年は受験生だったな」
今更の説明で申し訳ないが、理穂と蓮花は中学三年生なので楽しい楽しい受験生として暮らしているのである。
「ゲームにハマってから理穂は授業中に居眠りばかりで、この前の模試で私に追いつかれてしまうくらい落ちてきてるんです!」
「お前がどれくらい頭が悪いのかわからないがそれは大問題だな」
「だから理穂をオンラインゲームから助け出してください! お兄さんにしか出来ないんです!」
蓮花がこういう時だけさっきとは別人のように乙女らしく頼み込んできやがった。こういう風に都合の良い女は好きではないが、理穂の親友なら仕方ない。ましてや今は理穂の危機であるのだから兄として断ることも出来ない。
「わかった。わかったけど具体的にどうすればいいんだよ」
「理穂はこのゲームを極めたらしくてユーザー間でも名が知れているそうです」
「マジかよ、すげえな」
理穂にそんな才能があるとは自分でも驚いた。あいつも俺もゲームとは無縁なまま生きてきたから意外性があると言った方がいいのか。潜在能力が開花でもしたのか。
「それで現在は全国有数の最強プレイヤーの仲間入りをしているそうです」
「……何か遠くに行ってしまった気分だ」
「だから」
「だから?」
蓮花がまた言葉を溜めてきた。だから怒鳴るように言ってくることはなんとなくわかった。
「だから、お兄さんが理穂を倒してください!」
「……ふぇ?」
「聞こえなかったんですか!? あなたが理穂を倒して救い出すのです!」
倒すって、リアルでですか? まぁ男と女の力の差は歴然としてるから勝てると言われれば勝てると思うけど。
「わかった、とりあえず殴るのは気が引けるからビンタでいいか?」
「……」
バン!
「いってぇ!」
また叩かれた。なんて不条理なんだこの女は。
「リアルで倒してどうするんですか! ゲーム内で倒すんですよ!」
「あぁ、そういうことか」
不条理なのは俺の方か。よく考えてみると暴力行使して妹を止めたらDVだと言われて訴えられそうだもんな。
「でも倒したらあいつはゲームから離れてくれるのか?」
こんなことせずに直接説得したほうがいいような気がするんだが。まぁ部屋から出てこないんじゃ説得も何もないか。
「理穂は今、自分の強さに浸っています。もしかしたらゲーマーとしてお金を稼ぐなどアホな事を言い出しかねません」
そうなったら末期だろうな。そこまで行く前に阻止せねばならないな。
「なので理穂には自分が弱いという事を知ってもらわないと事が進みません」
「そうか、それでうまく行くものかねぇ」
これまでの推論は全部蓮花のものだから勝手に妄想している可能性があるわけだ。でもこんな話を聞いておいて兄として放っておくわけにはいかない。
「それで、結局俺はどうすればいいんだ?」
「だから今から『クリスタルエイジ』をプレイして強くなってください」
「そんな無茶な。俺はやったことないんだぞ」
「理穂だってやったことなくて強くなったんです。最初からあきらめないでください!」
なんでこんな某テニスプレイヤーみたいな熱血指導を受けているのかわからなくなってきた。
「わかったよ、やれるだけやってみる……」
「お兄さんはもう少し頼りがいのある人だと思っていたんですが」
「人を見た目で判断しちゃいかんぞ」
また一つ蓮花に厳しい世の中を渡っていく教訓を教える事が出来た。俺は実にすばらしい人生の先輩だな。
「とにかくこれは真剣な相談事だということを忘れないでください」
「わかった。困ったら連絡するから」
こうしてドタバタな相談事はようやく幕を閉じた。
そして理穂を通常の受験生へと戻すために俺はこうして『クリスタルエイジ』をプレイしているのであった。果たしてどうなることやら。