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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第三章 やらずに後悔するよりも、やってけじめをつけると、次に進めるかもしれない。
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第一話 そして、事は進行 由紀乃

「由紀乃っ」

 教室へ入ろうとした時だった。後ろから呼び止められた。

 その声、知っている。ずっと避けてきた。メールにも電話にも出ないで、この一週間、過ごしてきた。

 今までずっと私の方から、そういう行動をしてきていたのに、彼のクラスに行って一日に一度は必ず、顔を見ていたのに、あの日を境にピタリとそういうことをしなくなっていた。竜介と出会ったからだ。

 さすがの豊和も変だと思ったのだろう。


 振り向くと彼はにっこり笑っていた。

「ごめんな。この間はさ、怒ってんのか?俺からのメール、届いてる?今日、放課後、お好み焼き、おごるよ」

 他のクラスメイトが、由紀乃と豊和をちらちら見ながら教室へ入っていく。いつもなら、豊和のことを怒っていても、この笑顔に許していた。けれども私はやけに冷静で、冷めていた。自分でも驚いている。豊和の顔を見たら、また許してしまう優柔不断な自分がいるのではないかと恐れていたからだった。それがまったくない、冷たいくらいの自分がいた。どうしちゃったんだろう。


「なっ、今日、部活が終わったらさ、二人でいつもの店へ行こう」

 私が急に連絡しなくなったから、少しは甘い顔をしないといけないと感じたのだろう。私は今まで豊和を一方的に追いかけすぎたみたいだ。

「悪いけど・・・・」

 やっと口を開いた私に、豊和がはっとした。

「私、今日は都合が悪いの。たぶん、今週中もだめ。もしかすると来週もむりかも。引っ越すの、じゃ」

と言って、何の未練もなく、くるりと背を向けた。さっさと教室へ入った。

「ゆきのっ」

 その直後、本鈴がなった。豊和もあわてて自分の教室へ戻って行ったようだ。少なからずほっとする。


 私自身もどうしていいかわからなかった。ただ今は、豊和よりも竜介が心の中を占めていて、他のことが考えられないでいる。

 教室へ入ると杏理が席から手を振ってくる。その後ろに座っている沙織はどことなく、元気がない。チラリと私を見て作り笑いをした。


 自分の席に着くと、隣には知明がいて「おはよう」と声をかけてくれた。

 久しぶりに見る知明だった。その顔を見るとドキリとする。すぐに竜介ではないと考え直す。よく見るとその表情は全く違っていた。

 笑い方も違うし、私を見る視線も違う。知明は穏やかだ。いつも観音様のような静かな笑みを浮かべている。竜介はエネルギッシュだ。感情はすぐ顔に出るし、文句も多い。すぐに突っ込みを入れるし、私をいじるし、お前って呼ぶし、黙っているときはへの字口だ。そんな欠点だらけに見える竜介の方に惹かれている。自分でも不思議で面白いと思う。


 知明はずっと休んでいた。この前に来ていたのはいつだったかと思ってしまう。今日の彼も顔色が悪く、疲れているように見える。

 しかし、知明はぐっと私に顔を近づけて、小さな声で言ってきた。

「ボクの分身に会ったんだって?」

「分身?あ、うん。竜介くんね。どうして知ってんの?」

 この二人は同じ家で暮らしていないからだ。

「竜とはメールでのやり取りをしてる。ボクは時間がたっぷりあるから長々と書くけど、竜はいつもすごく短いんだ。ボクのメールへの返事やコメントは、《あっそう》とか《いいんじゃねぇ》と、自分の近況は《部活、疲れた》とか、《もう寝る》とかだけ。」

 ああ、竜介らしいと苦笑する。

「でも、先週から長々と書いてきてびっくりした。そのほとんどが神宮字さんのことだったから」

「え?どんなこと書いてきたの」

 竜介が知明に書いた内容が気になった。知明がなにか言いかけた時、先生が入ってきた。その口は《後で》と言っていた。


 昼休み、食堂で定食をたいらげた私たちのグループは、そのまま座っておしゃべりに夢中になっていた。いつもは三、四人で行動するが、今日は他のグループと一緒に座り、十人の大人数だった。

 私は、こっそりその団体の中から抜け出した。まだ話の花が咲いているのに、その邪魔をしたくなかったからだ。隣の杏理にはそっと言う。

「図書の先生が、私の読みたかった本、戻ってきたって知らせてくれたの。ちょっと行って借りてくる」

 おとなしい杏理は、うんとそのままうなづいた。

 私が食堂を出るとき、その団体から賑やかな笑い声が起った。みんな楽しくやっている。


 ああいう賑やかさも嫌いじゃないけど、一人静かにしていて、ぼーっとしていることも好きな私。よく一人で図書室へ行って、本とにらめっこしていた。

 たくさんの本が並ぶ場所、新刊も毎週のように入ってくるが、私はその奥に眠っている誰も手に取らないような本も好きだ。

 今はバーコード制で、誰が借りたのかわからないが、昔の本はそのまま裏表紙に紙が張られ、借りた人の名前が書いてあった。中には一人とか誰も借りていない本も見つけた。そういう本を見つけ出して読むということも私自身への挑戦になっていた。


 私が図書室へ顔を出すと、管理している田中先生がにっこり笑った。この先生が私にメールをくれたのだ。

「早かったわね。本当にさっき、戻ってきたところなの」

 カウンター内にいる田中が、その本を渡してくれた。

 村田秀一の「あれから」という本だった。彼はずっと作家生活を休んでいたが、急にまた本を書き、それが話題になっていた。

 私はその本を買おうか迷ったが、引っ越しをするのに買うと、荷物も増えるし、発売日には新刊として図書に入ってくると言うので、待っていた。タッチの差で借りられていたと聞いて、いささか残念に思っていた。


「借りてた人、まだそこにいるわよ」

と田中先生が教えてくれた。

 明るい陽射しの入ってくる机に座って、本を広げているのは知明だった。

「あ、加藤くんだったんだ」

「知ってるの?」

「はい、クラスメイトです」

 早速その本を借りて、知明の前の椅子に座った。

 知明にしては、珍しく真剣な表情で、活字を目で追っていた。私が座っても気づかないでいる。本に集中しているみたいだ。

 私も邪魔をしないように、借りたばかりの本を広げた。それでも時々、上目づかいで彼を見た。


 知明は時代小説を読んでいた。今、ドラマで放送されている話題の原作本だった。他にも机の上に積み重ねてある本も歴史の資料本だったり、武将の伝記だったりする。

 知明が今、興味を持っているのは、歴史、しかも江戸時代らしい。

 そのままじっと見ていたら、やっと知明が目の前の私に気づいてくれた。びっくりしている。


「いつからそこに座ってたの?全然気づかなかった」

「うん、加藤くん、すごく集中してた」

と言って、自分の借りたばかりの本を見せた。

「加藤くんが借りてたんだね。この新刊が出るって聞いて、すぐに借りようとしたらもう遅かったの」

 知明の顔がほころぶ。

「ボクも待ってたんだ。買ってもよかったけど、国語の先生が入ってきたよって言ってくれて」

「へ~え」


 この図書室に集まる常連は、生徒のほか、先生もいる。本好きの先生たちは時間があれば、ここに集まって情報交換もしているのだ。しかし、その中に知明の顔を見たことはなかった。

 彼はそんな私の心を読むように言った。

「ボクは休みがちだから、ごっそり本を借りて家で読むんだ。国語の先生がボクの好きそうな本をピックアップしてくれていたりするし」

 へ~え、と思う。

「歴史とか時代小説ばかりだね。私もこういうの好き」



「ボクは、明日から入院するんだ」

 はっとして知明を見た。彼は本を語るのと同じ表情でそこには暗いものなどみじんもなかった。

「ボクの腎臓はいよいよだめらしい。それでも機能している間は、頑張ってもらってたけど、そろそろ別の手段を考えなくっちゃいけないらしいんだ。それで、そのためのちょっとした手術を受けることになっている」

「手術?」

 その言葉の重みを受ける。

「あ、別にお腹を切るとかじゃないし、大丈夫。そんな大げさな手術じゃないらしい」

「そう・・・・それならいいけど」

 私にはよくわからなかったが、知明も敢えてそれ以上、詳しく説明する気はないらしかった。

「だから、先生が本を十五冊くらい貸してくれるって。それで選んでる。病院へ届けてくれるって、助かる」

「どのくらい入院するの?」

「三週間くらいかな。その時の体調で長くも短くもなるし、だからその前に話題の本を読んでおきたかったってわけ」

「ああ・・・・」


 ずっと病気がちだった知明には、本は最適な娯楽だっただろう。静かにいつでも読めるし、持ち運びもできる。病室、待合室、どこでも。

「竜介のことだけど」

 いきなり知明が竜介の名前を出した。私は不意を突かれ、ドキッとした。

「危ないところを助けてくれたんだって?ボクからもお礼を言います。本当にどうもありがとうございました」

と、丁寧に頭まで下げてきた。そんな知明の姿に驚き、照れてしまう。

「いえ、そんな。助けたっていうか偶然だったの。ホント、ただ声をかけただけだから、大げさにしないで」

 一体竜介はどんな言い方をしたのだろうと思う。


「竜介とボクは魂を分け合った分身なんだよ。竜はボクの代わりに外へ出て、活発に行動してくれている。剣道、居合道、ボクもやりたかった。汗をかいて走り回るってこと、したことがないんだ。竜は、そういうこと、全部ボクの代わりにやってくれる。喧嘩も他のつらいことまで引き受けてくれてる」

と、観音スマイルで言う。

 その表情を見て、ふと思う。竜介が、今の知明と同じような物の言い方、表情になるには何年かかるだろうって。知明の言う通り、双子ながらに別々の目的を持って生まれてきたんだと実感した。

 どうの竜介しかできないこと、せいの知明にしかわからないこと。そして、二人の魂を合わせたらちょうどバランスがよくなる、そんな感じだった。


「知明くんだって、つらい思いをしているじゃない」

 竜介のつらい思いは親にかまってもらえず、離れて暮らしていることだ。知明は動けないこと、やりたいことを表に出てできないことだろう。

 知明は意外そうな顔を向けた。

「それってボクの病気のこと?ボクはね、この病気を大変だって思ったことはないんだよ。そりゃ外へ出ると熱が出る、疲れやすくなるけどさ。家で好きなことをしていても何も言われない。竜に比べたら、全然、どうってことないよ」

 でも・・・・と考えてしまう。

 いくら好きなことができるといっても、両親の目がずっと自分に向けられっぱなしなのだ。それはそれで負担になるだろう。まあ、この知明は絶対にそんな事を言わないと思うが。


 急に知明の目がいたずらっぽく光る。

「今、竜介には特定のガールフレンドはいない。神宮字さんは五組の平井くんとつきあってるんだよね」

「あ・・・・うん。よく知ってるね」 

 知明が吹きだした。

「だって、今朝、教室の入り口で話してた」

 あ、そうだった。豊和に捕まったのだ。

 なんで私はあんな不誠実な男とつきあっているんだろうと思う。

「竜がさ、あ、これ、絶対に言うなって言われてたけど。竜が、神宮字さんとそのボーイフレンドとの仲を探れって言うんだ。どれだけ仲がいいとか、喧嘩した様子はないかとか」

「ええっ、竜介くんたら、そんなことを知明くんに?」


 やだ、そんなプライベートなこと、知明に頼むなんて。豊和のことが気になるんだッたら、直接聞いてくれれば正直に答えるのに。

「竜はね。かなり神宮字さんに気があるみたいだよ。ボクの調査は今日しかできないから、今度は直接メールしてやって」

 私はうん、とうなづいた。


 知明から、竜介のメールアドレスをもらう。

 ついでにボクのもね、と知明は自分のメールも紙に書いてくれた。

「神宮字さんのは聞かないよ。そっちからメールしてくれたらわかるし」

 昼休み終了の鐘がなった。あと五分で授業が始まる。

 知明はまた、放課後に来て、本を選ぶという。先生に頼んで今持っている本を全部預けていた。


昔、高校の時、誰も借りていない本を見つけ出し、それを読むことをしていたのは私です。その代りにどんなジャンルの本でも完読するというのが、自分の決めたルールでした。そしてそこへ自分の名前を書き入れることが楽しかったですね。もちろん、新刊の最初に自分の名前を書くこともやっていました。

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