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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
最終章 生きること、それは人とのしがらみを解くこと。
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第十話 知明の腎臓 

 正月も終わり、新学期が始まった。久しぶりに杏理たちの顔を見る。

 年末に聞いた話では知明は一月の終わりくらいには学校へ戻れるとのことだ。しかし、杏理が曇った表情で言った。

「知明くん、学校へ戻れるの、もう少し先になりそうなんだって」

「えっ、なんで?」


「検査の結果がよくないみたい。拒絶反応なんかの様子を見るんだって」

「へえ」

 知明は学校へ戻ることを楽しみにしていたはずだ。さぞかしがっかりしたと思う。でも、どうせ出席日数が足りないから、一緒に三年へは進級できないとわかっていた。昨年は透析のために学校を休み、腎臓移植手術まで受けたのだ。それらを乗り越えて、後は回復を待つだけだと思っていたのに。


「心配だね。パーティーの時はあんなに元気で嬉しそうにしてたよね」

 拒絶反応を抑える強い薬を飲んでいた知明は、別人のように顔がむくんでいた。でも、すぐに見慣れたし、何よりも本人が幸せいっぱいに笑っていたのだ。

 杏理の顔から心配そうな表情が消えない。

「うん、今度こそ一緒に帰れるねって言ってたのに」

 いつもならそんなかわいいことをいう杏理をからかうところが、今はそんな雰囲気ではなかった。


 家へ帰って竜介に聞いてみる。竜介ももう少し自宅療養をするということくらいしか聞いていないようだ。

「オレと違ってあいつは学校なんて妙なとこが好きだからな。よっぽどなんだろう」

とつぶやく竜介に、不謹慎ながら思わず吹きだしてしまった。


 その日、孝江が説明してくれた。

 腎臓移植後、免疫抑制薬の投与も受け、しばらくは感染症にかからないように、自宅療養を三か月から四か月するのが普通らしい。その後は腎臓機能も安定してくるから薬の量も減ってくる。維持期にはいると社会復帰や学校へ戻れるはずだった。

 しかし、一月の始めから知明の腎機能が少し低下してきていたらしい。


 それは何となく恐ろしい意味が含まれていると感じる。

「慢性拒絶反応かもしれない」

 孝江がぽつりと言った。

「慢性、拒絶反応、ですか」

 医療に疎い私には、そう聞いてもすぐには理解できない。


「そう、移植してすぐに拒絶反応を起こすなら、それに効く薬はあるけど、慢性っていうのはしばらくたってから起る。それは薬が効きにくい」

 竜介と私はそれを聞いて黙ってしまった。もし、知明がその慢性拒絶反応を起こしていたとしたらどうなるのか。怖くて聞けなかった。それは竜介も同じだろう。

 孝江はそれを悟ったかのように口にしていた。


「このまま腎機能が低下していったら、移植した腎臓を取り出さなきゃならない」


 その言葉には、まるで錘がついていたかのようにズンと胸に響いた。

「じゃ、また透析に戻るってことですか」

 孝江はうなずいた。

「仕方がないの。腎臓がちゃんと働いていないんだから。そのままだと尿毒症をおこしちゃう」

 私はかなり青くなっていたかもしれない。それに気づいた孝江が元気づけるかのように言う。

「大丈夫。取り出す手術は難しくないし、割とこういうことはあるんだよ。珍しいことじゃないんだ。だって他人の腎臓を移植したんだから」

 医療に携わっている孝江だから、そんなことが言えるんだと思う。素人には入院することですら、大事おおごとなのだ。


「知明、がっかりするだろうな」

 竜介がつぶやいた。

「ん、そうだね。これでやっと普通に生活に戻れるって安心した後だから、余計、がっかりするだろうね。中にはまた、病気の告知を受けた時のようにショックを受ける人もいる」

 孝江もそのことの方が心配なのだろう。珍しく浮かない顔をしている。父に聞いてもたぶん、同じ返事が返ってくると思う。



 そんな会話から一週間が過ぎた。

 孝江から知明のことを聞かされる。

 知明は二日前に入院し、緊急透析を受けていた。やはり腎臓の働きがよくないのだ。

 今日は竜介も孝江たちと共に病院へ行っていた。知明の母を説得するために。


 私は杏理と会っていた。杏理は直接知明からメールをもらっているから、情報が早かった。

 知明はもうすでに働きの悪くなった腎臓を取り出す決断をしていたらしい。しかし、母親が反対をしているのだという。せっかく大変な思いをして受けた手術だったのに、ダメになったからすぐに取り出すなんてひどい、無責任だ、なんとか治せないのかと医師たちに詰め寄ったらしい。

 私の胸も痛んだ。きっと主治医である父もその中にいたんだろうと思った。


「そんなお母さんを見て、知明くんは実感したらしいの。ああ、この人は僕が健康に産まれてこなかったことにすごく責任を感じているんだって。それが常に重い足かせのようになってるってね」

 そう言って杏理の顔がクシャㇼとなる。今にも泣き出しそうになっている。

「でも、知明くん、具合がよくないんでしょ。それに適した治療をしないと困るじゃない」

「お母さん、誰の言葉も聞こえないらしい。知明くんが一生懸命に説得しても納得しないらしいの。その姿をみて、つらいって・・・・・・。あの知明くんが、そんなこと言ったの。自分の存在の意味を深刻に考えてるみたい。どうしよう・・・・。私、なんて言っていいかわからない」 


 私はパーティーの時の知明の母の顔を思い出す。私達が楽しんでいるか、そしてなによりも知明が笑っているかを常に確かめていた気がする。彼の笑顔を見ることが何よりの幸せだという表情だった。あの時、もし竜介がいてもあの人はそういう目を向けないだろう。竜介はわかっているのだ。


 そんな母の関心をすべて引き受けている知明と、全く向けられない竜介とどっちが幸せだろう。どっちも苦しいに違いなかった。愛情と言っても執着に近いほど強いものだし、母親に目を向けてもらえないことも子供として悲しいと思う。


「知明くんのメールによると今日の検査結果で決断されるんだって。お医者さんがそういったらもうお母さんも反対できないはずだから。たぶん、摘出手術を受けるだろうって・・・・・・」

 杏理もつらそうだ。メールで愛情を深めている二人にとって、こんな話題になるなんて。


 私が杏理との食事を終えて、家に帰った時は誰もいなかった。別段珍しいことではないが、心に不安があるからだろうか、いつもよりガランとして見える。台所にメモがおいてあった。孝江の字で、《知明、今夜手術を受ける。遅くなるかもしれないから、心配しないで先に寝てて》と書かれていた。


 ああ、やはりそうなったんだ。摘出手術はそんなに時間がかからないらしいし、それほど危険性はないと言っていた。それでも落ち着かなかった。

 移植の時は心配もしたけど、これからはよくなるんだという期待があった。しかし今は失望のみだった。


 私は一人なので、シャワーを浴び、自分の部屋へ入った。家の中が静かすぎて怖いくらいだ。今までも一人の時もあったが、こんなに不気味なくらい静かだったかと思う。

 

 布団に入り、読みかけていた本を開く。しかし、目は活字を追っていてもその意味が全く頭に入ってこなかった。このままでは眠れないだろう。せっかく平和に落ち着きそうな世界がガタガタと崩れて行く、そんな感じだった。



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